ヒーメロス通信


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ボードレール『悪の花』から「読者へ」の訳詩・小林稔

2013年03月20日 | ボードレール研究

ボードレール『悪の花』から「読者へ」の翻訳詩

小林稔

 

7 読者へ AU  LECTEUR

 

愚かさ、過誤、罪、吝嗇、それらは

われらの精神にどっぷり居座り、われらの身体を弄ぶ。

われらは愛すべき悔恨を養っているのだ、

乞食たちが蚤、虱を養い育てるように。

 

われらの罪は堅固で、悔悛はだらしない。

気前よく告白を支払ったつもりにでもなって

ぬかるんだ道を喜んで、もとのところに引き返す

すべての穢れを卑しい涙で洗い流せると信じて。

 

悪の枕辺で、魅入るわれらの精神を

いつまでも揺するのは、まさしく魔王トリスメジスト。

そして、われらの意志である豊富な金属は、

博学の化学者によって蒸発させられ、煙を立ち上げている。

 

そいつは「悪魔」だ、われらを引き寄せる糸を握るのは!

ぞっとするような物にわれらは魅惑を見つけ出し、

日々、われらは地獄の方へ一歩また一歩と、

悪臭放つ闇から闇を、怖れることなく墜ちてゆく。

 

昔の、虐げられた売春婦の乳房に

口づけし、齧りつく貧しい放蕩者のように

われらは秘密の快楽をゆきずりに盗みとる、

しなびたオレンジを力まかせに搾り取るように。

 

百万の蛔虫さながら、われらの脳髄のなかで

押されひしめく魔物の大群が騒ぎ立てる。

息をする度に、「死」は眼に見えぬ大河になって、

鈍い嘆きの音を立て、われらの肺のなかへ流れ落ちる。

 

強姦、毒薬、短刀、放火、それらの楽しい図柄を

われらの惨めな運命の画布にいまだ縫い取っていない

というのであれば、それはわれらの魂が

ああ! 大胆さをまだ十分に持っていなからだ。

 

とはいえ、金狼、豹、牝狼

猿、蠍、禿鷹、蛇、それらのなかで

鋭い声で鳴き、吠え、唸り、這い廻る、

われらの悪徳という卑劣な動物園のなかにいる、

 

いっそう醜く、いっそう邪悪で、いっそう胸糞悪い者が一匹いる!

大きな身振りも、大きな叫びも立てないが、

好んで大地を廃墟にするであろう奴、

ひと欠伸しただけで、この世を呑み込んでしまうそいつ、

 

それが「倦怠」というものだ! 心ならずも涙に覆われた眼をして、

そいつは水パイプを燻(くゆ)らせながら、死刑台の夢を夢見ている。

読者であるきみよ、知っているかい、この繊細な怪物を。

――偽善者の読者よ、――私の同類よ、――私の兄弟よ!



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