住吉大社
鎮座地:大阪市住吉区2丁目9-18
そこつつのおのみこと ・ なかつつのおのみこと ・ うわつつのおのみこと
御祭神:第一本宮 底筒男命・第二本宮 中筒男命・第三本宮 表筒男命
第四本宮 息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)【神功皇后】
底筒男命、中筒男命、表筒男命の三神を総称して住吉大神と申し上げます。
住吉大社の祭神は、伊弉諾尊が檍原(おはぎはら)に禊除(みそぎはらい)せられた際に海中より出現された底筒男命・中筒男命・表筒男命の三神、そして当社鎮斎の神功皇后を祭神とします。仁徳天皇の住吉津の開港以来、遣隋使・遣唐使に代表される航海の守護神として崇敬をあつめ、また、王朝時代には和歌・文学の神として、あるいは現実に姿を現される神としての信仰もあり、禊祓・産業・貿易・外交の祖神と仰がれています。
御由緒:住吉大社は、第十四代仲哀天皇の后である神功皇后 (じんぐうこうごう) の新羅遠征(三韓遠征)と深い関わりがあります。神功皇后は、住吉大神の加護を得て強大な新羅を平定せられ無事帰還を果たされます。この凱旋の途中、住吉大神の神託によって現在の住吉の地に鎮斎されました。のちに、神功皇后も併せ祀られ、住吉四社大明神として称えられ、延喜の制では名神大社、二十二社の一社、摂津国一之宮、官幣大社に列せられています。
住吉大神御神影
仙台からピーチ航空に乗り大阪は関西空港へ
何故か仙台空港には、名古屋城の鯱が展示してありました。
飛行機は、国際線も国内線も相当乗りましたが、やはり想像以上に窮屈な感じでしたね。
しかし安価ですから、そこは我慢ですね。
目的は、別にあったのですが、それまで時間があったので、近場の大坂見物・・・・
堺駅付近に宿泊し、そこから電車ですぐ。 住吉大社に向かいました。
神館
次は、路面電車で天王寺に向かいました。
鎮座地:大阪市住吉区2丁目9-18
そこつつのおのみこと ・ なかつつのおのみこと ・ うわつつのおのみこと
御祭神:第一本宮 底筒男命・第二本宮 中筒男命・第三本宮 表筒男命
第四本宮 息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)【神功皇后】
底筒男命、中筒男命、表筒男命の三神を総称して住吉大神と申し上げます。
住吉大社の祭神は、伊弉諾尊が檍原(おはぎはら)に禊除(みそぎはらい)せられた際に海中より出現された底筒男命・中筒男命・表筒男命の三神、そして当社鎮斎の神功皇后を祭神とします。仁徳天皇の住吉津の開港以来、遣隋使・遣唐使に代表される航海の守護神として崇敬をあつめ、また、王朝時代には和歌・文学の神として、あるいは現実に姿を現される神としての信仰もあり、禊祓・産業・貿易・外交の祖神と仰がれています。
御由緒:住吉大社は、第十四代仲哀天皇の后である神功皇后 (じんぐうこうごう) の新羅遠征(三韓遠征)と深い関わりがあります。神功皇后は、住吉大神の加護を得て強大な新羅を平定せられ無事帰還を果たされます。この凱旋の途中、住吉大神の神託によって現在の住吉の地に鎮斎されました。のちに、神功皇后も併せ祀られ、住吉四社大明神として称えられ、延喜の制では名神大社、二十二社の一社、摂津国一之宮、官幣大社に列せられています。
住吉大神御神影
仙台からピーチ航空に乗り大阪は関西空港へ
何故か仙台空港には、名古屋城の鯱が展示してありました。
飛行機は、国際線も国内線も相当乗りましたが、やはり想像以上に窮屈な感じでしたね。
しかし安価ですから、そこは我慢ですね。
目的は、別にあったのですが、それまで時間があったので、近場の大坂見物・・・・
堺駅付近に宿泊し、そこから電車ですぐ。 住吉大社に向かいました。
神館
次は、路面電車で天王寺に向かいました。
我々はメインが電車で住吉さんはおまけでしたが。
京都奈良はもちろんですが、大阪を含めた関西の神社仏閣は、歴史が違いますね。
地元の方々との関わりの深さも、関東とは異なるような気がします。
住吉駅の路線が分岐する辺りに、親子でカメラを構えた鉄道ファンを見かけませんでしたか?
息子たちは仙台の路面電車が廃止になったことを、今になっても恨んでいます。
仙台も路面電車は維持するべきだったと思いますよ。
自動車は、あんな遠くで無いところにバイパスを造り、新潟のように信号無しの立体交差にすれば混雑は、緩和されたでしょう。 やはり田中角栄のような総理大臣を地元から出さないとだめなんですね。 まぁ、今では遅すぎですがね。
やはり奈良の都に近いし、古墳も沢山ありますからね。 この辺りが中心地だった事は明らかにわかります。
一品親王とは天皇家の親族で天皇以外で一番上の役職??ですが、オリオンと合わせていると言う事は八幡様と関りがあるのかも知れません。
仙台では東北大学の農学部の敷地と友人の神社に住吉三神が祀られています。特に友人の神社に祀られているのは、色々考えさせられます。
ひーさんはいい時期に行ったのでは?
そう奈良との接点ではあの地はとても大事な地だったはずですよね。スミノエというと色々思う所です。
港ですもん。
一度行きましたけど、もう一回行かないといけないと思っている場所です。少なくても陸運よりも水運が大事だった頃の重要な地、ひーさん行った事で神様も喜んでいるでしょうね。
網永さん、ご先祖は関西?家紋気になりますね。
うちの家紋はつまらない家紋です。ありきたりで・・・
奈良や飛鳥は、いずれ行きたいと思っています。
若いころ奈良は行きましたが、全く興味が無かったので・・・
櫻が終りかけでしたが、とてもいい陽気でした。
、、、スミの江(湊)
大和川を遡れば奈良の都は指股の間の要所。
夏至の日没方向には神戸市東灘区の元住吉神社(JR住吉駅の西隣)~弓弦羽神社(式内社)
冬至の日没方向には洲本市の古茂江/菰江(温泉旅館街)の岩礁に鎮座の住吉神社。
この洲本の住吉神社の縁起は、
昔ある時、突然長い白髪、長い白髯に白衣を纏った仙人風のご老人が村人の前に現れて曰く
「吾は住吉明神である。これよりこの地に鎮座する故、汝ら宜しく祭るべし云々」と言って忽然と消えた。
との謂れがあります。
突然下車して行った神社でしたので、予備知識も無く向いました。
情報、ありがとうございます。