平和エッセイ

スピリチュアルな視点から平和について考える

中国人の苦悶(1989年6月)

2005年04月17日 | バックナンバー
中国では反日暴動が各地に飛び火しつつあるようです。

私は、この反日暴動は1989年6月4日に起こった天安門事件に端を発していると考えています。お若い人の中には、天安門事件が何かということを知らない人もいると思いますので、まずそのとき書いたバックナンバーを紹介します。

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 天安門の虐殺――より公正な政治と腐敗の追放を求める中国の学生や市民の民主化の要求は、銃と戦車によって無惨に踏みにじられた。この報道に接した世界各国の人々は、一様に深い悲しみと憤りにおそわれた。それ以上に、自由で豊かな将来を夢みていた中国の若者は、言いようのない絶望を感じたことだろう。

 最近読んだ『中国人の苦悶』(カッパ・ブックス)という本は、中国のジャーナリストが自国の病状を客観的に抉り出したレポートであるが、そこには若い人たちが国を捨てて外国に逃げる事情や、暗躍する闇屋の姿や、猛烈な住宅難など、一般大衆の悲惨な生活が赤裸々に描かれている。この本を読むと、学生たちが改革の要求をするのも当然という気がする。

 この本はまた、「中国人は、法律が自分の生活をどう保障しているのか、自分がどんな権利を持っているのか知らない。……一人の人間の人生が、指導者のツルの一声や政変で、一瞬にして無になるというのは、悲惨なことである。中国人は過去、このような事態の再発を常に恐れてきた。というのも、中国にはそのような事態の再現を防ぐ法律がないからである」と指摘している。この文章はまさに天安門広場の事件を予言していたとも言える。

 しかし、一部指導層や特権階級がどれほど自分たちの立場を守ろうとしても、国民大衆の自由な生活への要求は抑えきれないだろう。なぜなら、中国はもう自由主義諸国との接触を行ない、将来の指導者層を形成することになる知識人はすでに外の世界を見てしまっているからである。日本や欧米などの先進諸国と比べれば、自国の立ち後れは歴然としたものがある。中国の近代化のためには、先進諸国の援助が必要であることは、頑迷な老人たちでさえ知っている。今回の事件によって、中国の民主化と自由化は何年も遅れてしまったことは確かだが、より自由で、より開かれた社会への動きは、とどめることのできない歴史の流れであろう。

 ソ連でもペレストロイカが開始されたのは、革命後七十年もたってからのことだった。中国の民主化にも時間が必要なのだろう。だが、人間は本来神の分霊として、自由な存在、自由に生きたいと願う存在である。そういう人間の本然の欲求を抑圧する社会体制は決して長続きするはずがない。私たちは、隣人である中国の人々が、一日も早く平和と自由の中で生きられるよう、世界平和の祈りとともに中国の平和と天命の全うを祈り続けている。
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天安門の若者たちの民主化要求は、戦車によって弾圧されました。

私は、1990年の初めに、学会で北京に行きましたが、そのとき天安門広場の観光が許されました。広場中央の記念碑には生々しい弾痕が残っていました。

中国共産党指導部は、このようなことが二度と起こらないように、思想教育を徹底することにしました。そのために導入されたのが、愛国教育=反日教育です。

中国の歴史教科書では、4分の1が日本の侵略戦争の学習に当てられているそうです。異常です。中国各地には、1990年代半ばから抗日記念館が100カ所以上建設され、そこでは、偽造写真、絵、人形などによって、鬼のような日本人兵士が、中国人を虐殺する場面を描いています。生徒たちはそこで日本に対する憎悪をかき立てられます。

そうやって育てられたのが、いま反日暴動を起こしている若者たちです。

中国共産党がなぜ反日教育が必要か、もうおわかりですね。自分たちに向けられる民衆の怒りをそらせるスケープゴートが日本なのです。反日教育なくして、中国共産党の権力は維持できないのです。

しかし、このような卑劣なやり方がいつまでも続けられるはずがありません。日本に向けられている憎悪は、いずれ共産党に向けられるでしょう。自分の発したものは自分に返ってくるのが、宇宙の理法です。

私たちは、真実を知らされていない一般の中国人が反日洗脳から一日も早く目覚めるよう、無限なる愛の祈りを送り続けましょう。

中国が平和でありますように
中国人即神也