国家と言うものはどのようにしてできあがるか。
実はこれは簡単なものであります。
「うち国家です」と言えばよい。
ただ、それまで支配していた権力政府は、それを武力で持って鎮圧するのである。
「そんなものは許さない。非合法である。わが国は法治国家である。」と言い出す。
いや独立したい・・・と言って暴れる・・・テロ活動を始める。政府はそれを警察権力や軍事を用いて排除しようとする。
だけれどもその権力政府は、いかにしてその権力の座にあるか。。
実は、彼らもテロや武力革命によってその権力を得ているのである。
権力政府は、独立しようとしている者たちをテロ活動家として非難するが、彼らもまたテロからスタートさせて、今日では権力政府側の論理によって「合法化」された軍隊と警察を持っているのである。
http://blogs.yahoo.co.jp/heiwaparty/26307739.html
こちらで紹介したように、警察とは国家権力を維持するために存在するのであって、市民の治安を守るのは国家の威信を守るためであります。
第二次世界大戦終了後、国連加盟国とはどのような基準においてなされたか。
その当時に、「国家である」と何の定義もなしに、なんとはなしに、思われている夢想の「国家」が加盟したのである。
国家とは、自然の法則に基づかない、人間が勝手に解釈して作られたものである。
空を飛びまわる渡り鳥や、大海洋を移動している魚たちにとっては、人間が勝手に決めた国境線など全く無関係に存在している。大気も水も土もしかりだ。
台風が動くのに、「あ、こっからはフィリピンだ、韓国だ、日本だ」などという意識はない。
これに惑わされているのは、近代西洋を常識とした現代人類だけである。
では、なぜこれに惑わされるのか。
独立しようとする地域・民族・宗派を鎮圧する必要性とは何か。
それは権力の維持であるが、権力の維持とは、「民から富を収奪する」あるいは「その地からの天然資源を我がものとする」ところから始まってきている。
なぜ縄文時代や、狩猟採集民族に、戦争というものがないのか。彼らにとっての武力とは、人間同士が殺しあうことではなくて、狩りをしたり、山を登ったり、川を下ったり、自然に対しての克服に向けられている。彼らにとっての勇ましさとは、他人をなきものにするのではなく、自然の万物を尊び、己の肉体を研磨し、仲間同士の調和を図るところにある。
現代ではこれらを原始的と呼び、他人から収奪するシステムで殺りく行為をなすことを進歩と呼んでいるようである。これがゆえ、近代国家論が肯定される。
平和党はここにメスをいれようとしている。すなわち資源の争奪、国民からの徴税、こうしたものがなければ救われる。そのためには経済制度を改める必要がある。
お金というものは、商品そのものよりも力を持っている。だからお金の力をモノに劣らせることでこれは解決する。だが、現在のところ、この当たり前のことに対して、疑問を持つものが多く存在する。彼らと多く討論してきたが、彼らの共通性とは、これまでの経済学に縛られているために、どうしても、平和党の提唱する自然主義経済が理解できないのある。
こういう人たちに対して、われわれは切り刻むのではなくて、己の重心を崩し、相手の攻撃をそのまま流れおとさせる必要がある。
流れは必ず、資本主義崩壊に行きつくのは自明の理であって、この資本主義に対して真っ向から否定すると、自然主義経済は実現不可能なものとなる。
我々の政治活動とは、この新たな政策を切り開くことにある。未開拓のことをするには、以前から存在するものとの合流が必要だ。
狩猟採集をやめて農耕民族になると、富が貯蓄できる。富が貯蓄できるということは、実際に労働せずに他の労働の収穫をもらうことができる。さらに泥棒が発生する。その泥棒から身を守るために、生産に携わらない「武器をもった用心棒」なり武士が必要となってくる。以上が今日までの流れであり、ここから流れ全体の方向を徐々に転換させる必要がある。
今までの社会システムはストック経済が生み出したものである。したがって世界の民族紛争・独立運動は資源の争奪・民の搾取からいかに自立するかということから、争いが生まれている。
ようはこの要因を取り除き、フローこそが価値を持つ社会システムを作り、そしてそれこそが「企業優先の拝金主義」から「地域優先の調和主義」にとってかわるものであり、その最終兵器が自然主義経済だ。
具体的には、我が党賛助党員による『「減価する通貨」が導く近代超克への道』ブログで、"「お金」を人と自然に優しいものに変える方法:減価通貨による地域エコ経済システム運営"として提示された。
http://blog.goo.ne.jp/banabuna/e/fa76fe260b42462bee53973113151764
地方自治によって大きな変わり目を今後作り出すだろう。
http://heiwatou.web.fc2.com
実はこれは簡単なものであります。
「うち国家です」と言えばよい。
ただ、それまで支配していた権力政府は、それを武力で持って鎮圧するのである。
「そんなものは許さない。非合法である。わが国は法治国家である。」と言い出す。
いや独立したい・・・と言って暴れる・・・テロ活動を始める。政府はそれを警察権力や軍事を用いて排除しようとする。
だけれどもその権力政府は、いかにしてその権力の座にあるか。。
実は、彼らもテロや武力革命によってその権力を得ているのである。
権力政府は、独立しようとしている者たちをテロ活動家として非難するが、彼らもまたテロからスタートさせて、今日では権力政府側の論理によって「合法化」された軍隊と警察を持っているのである。
http://blogs.yahoo.co.jp/heiwaparty/26307739.html
こちらで紹介したように、警察とは国家権力を維持するために存在するのであって、市民の治安を守るのは国家の威信を守るためであります。
第二次世界大戦終了後、国連加盟国とはどのような基準においてなされたか。
その当時に、「国家である」と何の定義もなしに、なんとはなしに、思われている夢想の「国家」が加盟したのである。
国家とは、自然の法則に基づかない、人間が勝手に解釈して作られたものである。
空を飛びまわる渡り鳥や、大海洋を移動している魚たちにとっては、人間が勝手に決めた国境線など全く無関係に存在している。大気も水も土もしかりだ。
台風が動くのに、「あ、こっからはフィリピンだ、韓国だ、日本だ」などという意識はない。
これに惑わされているのは、近代西洋を常識とした現代人類だけである。
では、なぜこれに惑わされるのか。
独立しようとする地域・民族・宗派を鎮圧する必要性とは何か。
それは権力の維持であるが、権力の維持とは、「民から富を収奪する」あるいは「その地からの天然資源を我がものとする」ところから始まってきている。
なぜ縄文時代や、狩猟採集民族に、戦争というものがないのか。彼らにとっての武力とは、人間同士が殺しあうことではなくて、狩りをしたり、山を登ったり、川を下ったり、自然に対しての克服に向けられている。彼らにとっての勇ましさとは、他人をなきものにするのではなく、自然の万物を尊び、己の肉体を研磨し、仲間同士の調和を図るところにある。
現代ではこれらを原始的と呼び、他人から収奪するシステムで殺りく行為をなすことを進歩と呼んでいるようである。これがゆえ、近代国家論が肯定される。
平和党はここにメスをいれようとしている。すなわち資源の争奪、国民からの徴税、こうしたものがなければ救われる。そのためには経済制度を改める必要がある。
お金というものは、商品そのものよりも力を持っている。だからお金の力をモノに劣らせることでこれは解決する。だが、現在のところ、この当たり前のことに対して、疑問を持つものが多く存在する。彼らと多く討論してきたが、彼らの共通性とは、これまでの経済学に縛られているために、どうしても、平和党の提唱する自然主義経済が理解できないのある。
こういう人たちに対して、われわれは切り刻むのではなくて、己の重心を崩し、相手の攻撃をそのまま流れおとさせる必要がある。
流れは必ず、資本主義崩壊に行きつくのは自明の理であって、この資本主義に対して真っ向から否定すると、自然主義経済は実現不可能なものとなる。
我々の政治活動とは、この新たな政策を切り開くことにある。未開拓のことをするには、以前から存在するものとの合流が必要だ。
狩猟採集をやめて農耕民族になると、富が貯蓄できる。富が貯蓄できるということは、実際に労働せずに他の労働の収穫をもらうことができる。さらに泥棒が発生する。その泥棒から身を守るために、生産に携わらない「武器をもった用心棒」なり武士が必要となってくる。以上が今日までの流れであり、ここから流れ全体の方向を徐々に転換させる必要がある。
今までの社会システムはストック経済が生み出したものである。したがって世界の民族紛争・独立運動は資源の争奪・民の搾取からいかに自立するかということから、争いが生まれている。
ようはこの要因を取り除き、フローこそが価値を持つ社会システムを作り、そしてそれこそが「企業優先の拝金主義」から「地域優先の調和主義」にとってかわるものであり、その最終兵器が自然主義経済だ。
具体的には、我が党賛助党員による『「減価する通貨」が導く近代超克への道』ブログで、"「お金」を人と自然に優しいものに変える方法:減価通貨による地域エコ経済システム運営"として提示された。
http://blog.goo.ne.jp/banabuna/e/fa76fe260b42462bee53973113151764
地方自治によって大きな変わり目を今後作り出すだろう。
http://heiwatou.web.fc2.com
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