前略、ハイドン先生

没後200年を迎えたハイドン先生にお便りしています。
皆様からのお便り、コメントもお待ちしています。
(一服ざる)

お誕生日おめでとうございます~

2012-03-31 00:10:32 | つぶやき



3月31日はハイドン先生のお誕生日~おめでとうございます~

  はい、280歳になりました。

バッハ大先生は・・・どうしたんですか?

  私の誕生日もグレゴリオ歴では3月31日になるそうです。
  ですから私にも「いちごミルクパフェ」を食べる権利があるのです。
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『靉嘔 ふたたび虹のかなたに』 (東京都現代美術館)

2012-03-25 21:37:43 | 美術関係
東京都現代美術館で『靉嘔(AY-O)ふたたび虹のかなたに』を観てきました。

靉嘔さんは1931年、茨城県出身の日本の美術家です。
タイトル通り、虹色で描かれた作品が中心です。
背景から人物から、輪郭線を廃し、七色のグラデーションで表現されます。


最初に観たときは「虹そのものが芸術だ」と感じました。
しかし虹色で埋めつくされた絵を何枚も何枚も観ているうちに、次第に"苦痛"を感じてきました。

色が人の気分や精神に影響を与えることはよく知られています。
例えば、床・天井・壁が全て赤色の部屋に入れられると、イライラして攻撃的になったり、
逆に青色の部屋では心が落ち着いたり・・・。

同じ温度設定でも、赤(暖色系)の色の方が暖かく感じるとか・・・。


七色同時に、しかも大量に見続けたせいか、かなりの疲労感を覚えました。
作者は描いていて、精神に変調を来さなかったのでしょうか?

やはり「虹」は微かに、そしてごく稀にしか見られないからこそ美しいのでしょう。




初期の作品には、顔のない人形のような、オレンジ色の人物が描かれています。
一見すると、キース・ヘリングの絵に登場する人を彷彿とさせますが(年代的には靉嘔が先)、
大きく異なるのはキースの平面に対し、遠近感を強調していることです。

『田園』という作品は、腕を組み力強く行進する人々の姿が迫ってきます。
とても印象的な絵なのですが、後期になるとその絵までが虹色に・・・。

なんだか少し哀れな感じすらしました。


もっとも心惹かれたのは『風神雷神について』という作品です。
左右二枚ずつ四枚の襖に、箒やスコップ(だったと思います)など様々なものが
カラフルなスプレーで型抜きされています。

そこには最早、風袋を持つ風神の姿や天鼓を持つ雷神の姿はありません。
でも左右四枚という形式と『風神雷神図屏風』を知っている私たちは、
その絵に何がしかの意味を見出そうとします。


俵屋宗達に始まり、尾形光琳、酒井抱一と続く琳派の系譜と『風神雷神図屏風』。
(ちなみに私はやはり宗達の「風神雷神」が一番好きです)

靉嘔の『風神雷神について』は、その延長線上にあるわけではありませんが、
胸騒ぐものを感じずにいられませんでした。
(絵の裏面には黒のスプレーで描かれたもう一つの『風神雷神について』がありました)



同時開催していた企画展『田中敦子 - アート・オブ・コネクティング』や常設展も面白かったです。

常設展では、以前にも紹介した中村宏さんの作品が観られました。
一つ目のセーラー服の少女たち・・・一見してわかりました。やっぱり凄い!
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聖☆おにいさん (中村光)

2012-03-13 20:32:36 | 
中村光さんの『聖☆おにいさん』を読んでいます。
(「聖」は「セイント」です)

天界から下界へと降りてきた休暇中のイエスとブッダのお二人(聖人)は、
東京・立川にある安アパートをシェアして、バカンスを楽しんでいます。


はっきり言って、ずるい!ずる過ぎます!!

世界で最も有名な方々(の内のお二人)ですので、エピソード(ネタ?)には事欠きません。
その上お二人ともキャラがたってるし・・・。

もっともその「ネタ」をどう「輪廻」させるかが作者の腕の見せ所なのですが。


まずは第1ラウンド。
イエスさんの悲鳴を聞きつけて飛んでくる天使達の「迫害されてませんでした?!」
で出鼻をくじかれました。

  その後も的確なジャブやフックで確実にダメージを受けます。
  (手塚治虫の『ブッダ』に感涙するブッダさんとか・・・)

続く第2ラウンド。
クレーンゲームの「カンダタ」!!!(←勘のいい人ならどんな場面か想像つくでしょう)

  ダウンするも辛うじてカウント9で立ち上がりファイティングポーズ。

そして魔の第5ラウンド。
不審者に間違われたイエスさんの身元確認をしようとした警察からの電話を
振り込めサギと疑ったペテロの一言。
「『知らない』って3回言ってニワトリが鳴いたら本物じゃね?」

  まさに"狙いすました"カミソリアッパーであっけなくKO・・・。
  (私が無知で気付いていない"パンチ"も多数あると思われます。)


かつてカール・リヒターが指揮した、バッハ大先生の「マタイ受難曲」について
  「この場面(ペテロの否認)を聴いて涙がこぼれない人は音楽を聴く資格がない」
とおっしゃった評論家がいたとか。

ならば今、こう言わねばならない。
  「この場面を読んで(別の意味での)涙がこぼれない人はマンガを読む資格がない」
と。


こういうマンガは日本でしか描かれないでしょう。きっと。

宗教を信じる・信じない(頼る・頼らない)は個人の自由です。
でも、天界からこんな「聖人たち」に見守られている、と考えるとなんだか救われますね。
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ジャクソン・ポロック展 (東京国立近代美術館)

2012-03-12 20:38:04 | 美術関係
東京国立近代美術館で『生誕100年ジャクソン・ポロック展』を観てきました。

期待していた程では・・・と、予想していなかったけど・・・が半々という感じです。


本展覧会のポスターにも使われている、なぐり書き?したような絵は、
「ポーリング」、「ドリッピング」と呼ばれる技法のようで、
絵画史に残る画期的な作品とのことです。

  ちなみにポスターは『インディアンレッドの地の壁画』という作品で
  最新の保険評価額は200億円とのことです。

発表当初は批評家からは「カオスだ」と批判されたようですが、
決してデタラメに描いているのではなく、
彼なりの美意識に基づき計算されて描かれているとのこと。


・・・のようです・・・とのことです。と歯切れが悪いのは、
それらの作品が「私」には、それほど「衝撃的」でも「美しい」ものでもなかったからです。
(観て感動する、というより自分でも塗料をぶちまけてみたくなる・・・という感じ)

抽象絵画は好きなのですが、これは単に好みの問題で如何ともし難いものです。
これが「期待していた程では・・」の理由です。


初期の作品は、宗教画を思わせるような色合いで、むしろそちらに惹かれました。
また後期・晩年の作品は、色も黒一色で余白も多く、水墨画、墨絵のような趣です。

床にキャンバスを置いて描くことについてポロックは
「東洋(アジア?)では昔から行われている」というよなことを言ったようですが、
そういった"描き方"も作風に影響を及ぼしたのかもしれません。
これらが「予想していなかったけど・・・」の理由です。


30年前(小、中学生時代)の多感な時期でしたら、
ポロックとは違った出会い方をしていたかもしれません。




展示会場出口にポロックのアトリエが再現されていました。
塗料の飛び散った床面です。


<追記>
東京国立近代美術館はさすがに常設作品も充実していますね。
こちらも十分楽しめます。
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マタイ受難曲 ペテロの否認 3月11日

2012-03-11 10:42:32 | クラシック音楽
『聖☆おにいさん』(中村光著)を読んでいます。
第5巻で「ペテロ(ペトロ)の否認」が出てきました。

奇しくも今日、3月11日はメンデルスゾーンによって
バッハ大先生の『マタイ受難曲』の復活上演が行われた日(1829年3月11日)です。

今、カール・リヒター指揮ミュンヘン・バッハ管弦楽団のDVDを観ています。


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