前略、ハイドン先生

没後200年を迎えたハイドン先生にお便りしています。
皆様からのお便り、コメントもお待ちしています。
(一服ざる)

残念な結果・・・(あるいは「コレジャナイ・キリスト」)

2012-08-31 22:30:27 | 美術関係
普段、頻繁に使うわけではないが、かといって目新しいわけでもない。
そんな何気ない言葉が、これほど微妙で切ない想いを帯びて響くとは・・・。

 「残念な結果」

2012年8月を境に、この言葉は本来の意味を逸脱して、
どこか(笑)を含んだ言葉として使わざるを得なくなるでしょう。


すでに皆さんご存知のとおり、スペインの教会でおきたフレスコ画の件です。
近年稀に見る、美術界の"大事件"です。


修復前

これが・・・

修復?後

これに!

なんということでしょう!
まさに「劇的!ビフォー・アフター」


専門家の手で、再度修復する(元に戻す?)との報道もありますが、
「断固、このまま残すべき」と思うのは私だけではありません。

今こそ我が日本は、その持てる最先端科学技術と神のごとき職人技を結集させて、
この、新たに誕生した「マスターピース」の永久保存に尽力すべきでしょう。


なにせ日本は、
グッドデザイン賞に輝いた傑作「コレジャナイロボ」を生み出した国です。


コレジャナイロボ(有限会社ザリガニワークス)

「欲しかったのはこれじゃなーい!!」


改めてこれ!


「欲しかったキリストはこれじゃなーい!!」


いえ、我々はこれを待ち望んでいたのです。
我々の"集合的無意識"が、この"奇跡"を誕生させたのです!

映画 『プロメテウス 3D』 (リドリー・スコット監督)

2012-08-26 19:02:20 | 舞台・映画など
六本木ヒルズの「TOHOシネマズ」で映画『プロメテウス 3D』を観てきました。

実は3Dの映画を観るのは今回が初めてです。
(映像としても「つくば科学万博」以来!)

3Dにもいろいろな方式があるようですが、TOHOシネマズの『プロメテウス』は
「RealD(リアルディー)」という方式でした。
といっても他の方式と"観え方"がどう違うのか比較はできないのですが。

正直「え?こんなもん?」という感じです。
こちら側(客席側)に飛んでくる物体を、思わずよけようとして身体を捩る、
といったこともなく、途中からすっかり忘れてました。


で、肝心の作品、『プロメテウス』ですが(これ以降、若干ネタバレを含みます)、
テレビでの宣伝文句「人類の起源」云々は、ちょっと的外れかも。

同じくリドリー・スコットが監督した「エイリアン」の前日譚
という部分はまあ合ってますので、そっちメインに宣伝すべきでは・・・と。
でないと、少々肩透かしを喰いますので。


1979年に公開された「エイリアン」の世界よりも前の時代なわけですが、
どうしても作品内の「テクノロジー」に"逆転現象"が起きてしまいます。
(つまり「エイリアン」世界よりもテクノロジーが遥かに進んでる感じ)

現実世界の現時点での最新テクノロジーから未来のテクノロジーを"予想"するので
致し方ないのですが・・・。

でも「エイリアン エピソードZERO」としては、まあまあ面白かったです。
124分ですが飽きずに観られました。


ところで「エイリアン」シリーズでは、
ご存知のとおり、圧倒的にリドリー・スコットの第一作の評価が高いのですが、
エイリアン関連?の作品として、実は私が大好きなのが
「エイリアン VS プレデター」です。

  余命幾許もない大富豪が大金を投じて調査隊を編成
  人類の文明全ての元となる遺跡を発見
  
という始まり方というか設定も、ちょっと似てるんじゃないの?


制作費でいえば「エイリアン VS プレデター」は『プロメテウス』の約半分ですが、
監督・脚本は「バイオハザード」シリーズのポール・W・S・アンダーソン
(ミラ・ジョヴォヴィッチの旦那さん)ですので、
決してB級映画という訳ではないのですが・・・(でも微妙なパチモン感が)。

まあ、多分に「パラレルワールド化」していますが、超大作『プロメテウス』を観て、
「エイリアン VS プレデター」の面白さを再確認・・・ということになりました。


「エイリアン VS プレデター」オススメです!




しかし何度も観ていると、だんだん子供のエイリアン(幼生?)とか
可愛く見えてくるんですよね。

↑は、プレデターと大人のエイリアンです。二頭身は何でも可愛くなる!

アートアクアリウム展2012 ~江戸・金魚の涼~

2012-08-19 13:11:11 | 美術関係
日本橋三井ホールで『アートアクアリウム展2012 ~江戸・金魚の涼~』
を観てきました。

「金魚を使った動くアート・動くオブジェ」といったところでしょうか。


会場入口付近には、普段あまり目にすることのない
(といっても逆に知ってるのは、夜店の金魚くらいですが)
変わった金魚が、水族館の水槽のように並んでいました。

出目金の突然変異で、目が上向きに飛び出た「頂天眼」(←かわいい)や、
フグのように体がまん丸の「ピンポンパール」(←これもかわいい)などなど。
こんなの家で飼ったらさぞかし楽しいだろうな、と思います。


先に進むと、巨大な水槽や金魚鉢の中で泳ぐ多数の金魚が
幻想的にライトアップされてます。


「花魁」というタイトルの巨大金魚鉢


また、背景に四季の映像が映し出される障子や、屏風の形をした水槽も。


「水中四季絵巻」背景は四季折々の映像に変わります。





こちらは「Byoburium(ビョウブリウム)」。屏風型の水槽です。
中央の黒っぽい影のようなものは、尾形光琳「紅白梅図屏風」の流水を
模したのでしょうか?美しい。


「現代テクノロジーと古き良き江戸情緒を漂わせる金魚のコラボレーション」
ということで、なかなか見ごたえがありましたが、
正直、「新明解国語辞典」の語釈が頭をよぎりました・・・。


 「新明解国語辞典第4版」(三省堂)より
 【動物園】
  生態を公衆に見せ、かたわら保護を加えるためと称し、
  捕らえて来た多くの鳥獣・魚虫などに対し、狭い空間での生活を余儀無くし、
  飼い殺しにする、人間中心の施設。


楽しかったんですけどね。

バーン=ジョーンズ展 (三菱一号館美術館)

2012-08-12 18:09:26 | 美術関係
三菱一号館美術館で『バーン=ジョーンズ展』を観てきました。

ロセッティ、アーツ・アンド・クラフツ、ラファエル前派・・・
という"キーワード"は前々から好きでしたが、特に詳しい知識もなく、
バーン=ジョーンズの作品をまとめて観たのも初めてでした。


ちなみに物識りの"wikipediaさん"の説明によると、ラファエル前派とは

  中世や初期ルネサンスの芸術を範とし、(略)主題としては中世の伝説や文学、
  さらに同時代の文学にも取材している点が新しい。
  また従来のキリスト教主題を扱うにしても、伝統的な図像を無視する場合が多い。
  画風は、初期ルネサンスや15世紀の北方美術を真似て、明暗の弱い明るい画面、
  鮮やかな色彩、そして細密描写に特色がある・・・。

というものです。


ギリシャ神話を題材とした作品などは、構図や色調など古い宗教画を思わせますが、
同時に強烈な現代性も感じさせます。
ポスターにも使われた「ペルセウス」などは、CGで描かれた(現代の)作品だったとしても
違和感を感じません。


(1882年頃、今から130年前の作品です)

日本でいうと江戸末期から明治にかけて活躍した方ですが、
神話世界などをモチーフにしたゲームやアニメが人気の今の方が、
好まれそうですね(すでに人気があるのかな?)。


聖書を題材にした作品もありましたが、会場内の解説には
「聖書の世界もロマンとしてみていたのでは・・・」とありました。

確かにキリスト教の教えを説く、というより美の題材として描かれている
という印象を受けました。
故に、ギリシャ神話を題材とした作品と並列に観ても違和感がない。
(バーン=ジョーンズ自身はかつては聖職者をめざし神学を学んだそうですが)

あと、美術史の流れとしては直接関係ないのかもしれませんが、
この世界観がクリムトなどの世紀末ウィーンの芸術(ウィーン分離派)へと
繋がっていったのかな、という感じも受けました。


そしてもう一つ、改めて強く印象に残ったことがあります。
これはバーン=ジョーンズだけでなく、
ロセッティの作品やジョン・エヴァレット・ミレーの「オフィーリア」など
以前からラファエル前派の作品全般に感じていたことなのですが、
女性の(特に顔の)描き方の特異性です。

中性的というか(誤解を恐れずにいえば男性が女装したような顔立ち)、
男性が描く(思い描く)"(自分がそうなりたい)美人"というか。
もっといってしまえば、現代のマンガ・アニメ的、「二次元キャラ」的というか。
(萌えカワではないですけど)


こんな感じ・・・

絵の題材へのこだわり(神話・中世オタク?)といい、女性キャラ?といい
「元祖オタク芸術」などといったら、怒られるでしょうか。




ポストカードを買いました(ちなみに「自画像」です)。

フランク 『ヴァイオリン・ソナタ (ピアノ独奏版)』

2012-08-05 11:04:12 | セザール君の作品
名ピアニスト、アルフレッド・コルトーがピアノ独奏用に編曲した
フランクのヴァイオリン・ソナタを聴きました。

併録は同じくフランクの

  前奏曲、アリアと終曲
  前奏曲、フーガと変奏曲(原曲はオルガン曲です) 

ピアノ独奏は永井幸枝さんです。

存在自体は知っていて名編曲だとの噂でしたが、ようやくCDを入手することができました。


フランクのヴァイオリン・ソナタは「ヴァイオリニストに愛されている名曲」ですが、
と同時にピアノも同等に活躍する、ピアニストにとっても名曲です。

コルトーが「ピアノだけで弾きたい」と考えたのもそういう理由からでしょうか。


第一楽章はピアノの短い序奏のあと、
いつもならヴァイオリンで奏でられる漂うような旋律が、
(当たり前ですが)同じピアノで出てくるので、
分かっていても、最初はちょっとびっくりというか軽い違和感を覚えます。
(ただ二回目に聴いたときはもう普通に耳に馴染んでますが)

第二、第三楽章は元々ピアノが活躍する楽章ですので、全く不自然さを感じない、
というか最初からこういう曲だったと錯覚する程です。

終楽章はカノンですので、さすがにこれは違う楽器(音色)で
「追っかけっこ」した方が聴きやすい部分はありますが、
でも全体を通して、原曲の良さを損なわない素晴らしい編曲です。


「古今のヴァイオリン・ソナタの最高峰」と評される名曲ですが、
ピアノ独奏に編曲して、これだけ聴きごたえのあるヴァイオリン・ソナタは
他にないでしょう。

編曲物としては、ヴァイオリンをチェロやフルートに置き換えた版もありますが、
このピアノ独奏版も、もっと演奏されてよいと感じます。


ところでフランクがこのヴァイオリン・ソナタを作曲したとき(1886年)、
コルトーもすでに生まれてるんですよね(1877年生まれ、コルトー9才!)。
この事実にもちょっと驚きです。