2023年03月13日 15時50分PRESIDENT Online
プーチン氏 露の実力見誤る?
2023年03月12日 13時15分PRESIDENT Online
ウクライナ北東部ハリコフ近郊の村で、破壊されたロシア軍の戦車を見る住民(=2022年05月15日、ウクライナ) - 写真=AFP/時事通信フォト
■主力戦車T-72のおよそ半数を失った
ロシアのウクライナ侵攻が始まって1年が経過した。この間にロシアは保有する主力戦車の最大半数を失った、と海外情報機関が分析結果を公表している。
英シンクタンクの国際戦略研究所など複数の海外機関は、ロシアが主力戦車T-72のおよそ半数を失ったとするリポートを公開した。
米ワシントン・ポスト紙は同機関によるリポートを取り上げ、もともと2000両あったロシアの主力戦車T-72のうち、約50%が失われたと報じている。同紙はT-72を「ロシアの戦車の中で圧倒的に多く使われている戦車」だと指摘する。
国際戦略研究所の分析によると、これ以外の型式を含めても、戦車全体の40%近くをロシアが喪失した可能性があるという。同研究所はリポートを通じ、開戦からの過去1年間でロシアの兵器庫が「著しく」変化したと指摘している。
■調査報道グループの分析も同様の結果に
英経済誌のエコノミストは、調査報道グループ「ベリングキャット」から派生したオープンソースの防衛分析サイト「オリックス」による分析を基に、ロシア側が1700両の損失を記録したと報じた。ウクライナ発表の3250両には及ばないが、それでも目を見張る数字だ。
オリックスは、ネット上などに公開されている写真や動画を基に情勢を分析するオシント(OSINT:オープンソース・インテリジェンス)の手法を活用し、昨年2月24日の侵攻以来、ウクライナで確認されたロシア軍の損失を分析している。
米CNNは同サイトによるリポートを取り上げ、少なくとも1000両の損失が明確に確認されたと報じている。このほか、ロシア戦車544両がウクライナに鹵獲(ろかく)され、79両が部分的に損傷し、65両が放棄された。
同サイトに寄稿する軍事アナリストのヤクブ・ヤノフスキ氏は、この数はオリックスが映像から確認できたものだけを計上したものであり、実際の損失は2000両に近いとの推察を明らかにしている。
ヤフノスキ氏は「ロシアは開戦時、稼働できる戦車を約3000両保有していたことから、その半数を失った可能性が高い」と指摘した。
大規模な喪失により、ロシアの攻撃ペースが鈍化するのではないかとの読みも出ている。同誌は、「ウクライナ戦で優位の確保に失敗したロシアの戦車だが、装甲車両による満足な支援なしには、ロシア軍が再び大規模な攻勢をかけることは困難となるだろう」との見通しを示している。
■ロシア紙「月20両しか戦車を作れない」
ただしこの事態は、ロシアが直ちに戦闘不能になることを意味するものではない。ワシントン・ポスト紙は、「喪失にもかかわらず、ロシアは相当な数の旧型戦車を保有しているため、戦力を維持することが可能とみられる」と分析している。
とはいえこのままでは在庫は尽きる。戦闘継続のためには戦車の増産が欠かせないが、経済制裁下のロシアは自動車の製造にも困窮している。戦車の製造ペースは思うように向上しないのが現状だ。
ワシントン・ポスト紙は国際戦略研究所のジョン・チップマンCEOの発言を引用し、「工業生産は継続しているものの依然ペースが遅く、ロシアは消耗を補塡(ほてん)するために、代わりに古い貯蔵兵器に頼らざるを得ない」と説明している。
エコノミスト誌は、ロシアで稼働中の戦車工場は一つしかないと報じている。旧式戦車を改造して戦場に送り出すケースが増えているという。
同誌によると、1930年代に建設されたこの巨大工場は、資金難で近代化が遅れている。労働者たちは「戦車を手で組み立てている」と冗談を言い合うほどだという。
ロシアの独立紙『ノーヴァヤ・ガゼータ』は、同工場の生産能力が月産20両にすぎないと報じた。西側関係者はエコノミスト誌に対し、ロシアでは戦車の需要が供給を10倍も上回っていると語っている。
■旧式戦車を改造して戦場に送り出す
ロシアではT-72戦車に最新機材を導入したT-90などを採用しているが、前述のように、これら新型の新造が間に合っていない。そのため、旧式を改良したT-72B3戦車などを多く製造してその場を凌(しの)いでいる。
T-72B3は数十年前のT-72をベースに、より射程の長い大砲や、攻撃の貫通を避けるための爆発反応装甲、通信設備のデジタル化などを盛り込んで強化を図ったものだ。
エコノミスト誌はロシアメディアによる報道を基に、戦車製造のウラルヴァゴンザヴォド社がこうした古い戦車を月間8両のペースで再整備しているほか、その他の修理工場で17両を再生していると報じている。
今後数カ月で間に合わせの修理工場がさらに2つ稼働予定となっているが、とくに半導体チップの不足を受け、生産は難航する見通しだ。同誌は新工場が稼働したとしても、毎月150両のペースで失われているのに対し、供給はこれに満たない月間90両少々のペースにとどまるだろうと指摘する。
■1両を失うだけで大ダメージになる
これは第2次世界大戦中の旧ソ連とは対照的だ。ドイツ軍の猛攻を受けたソ連は8万両の戦車を失ったが、持ち前の工業力を大いに発揮し、終戦時にはむしろ開戦時より多くの戦車を保有していた。
エコノミスト誌は、当時に対して現在では、戦車1両あたりの性能と価格が向上しており、そもそも配備されている戦車の数がかなり減少していると指摘する。1両ごとの喪失のダメージは以前よりも重くのしかかるようになっており、製造ペースの鈍化に悩むロシアにとって苦しい状況が続いている。
生産ペースについても同様だ。1940年代であれば月産1000両以上のペースを達成していた旧ソ連だが、現代の戦車は暗視スコープや照準器、そして弾道補正のための風速センサーなど、精密な電子部品を多く必要としている。単純に人手を投入してペースを上げることが難しくなっている。
また、40年代であれば戦時統制の下、一般の生産工場を転用して戦車の量産に舵を切ることが容易だった。だが現代では、精密部品を搭載した戦車を一般の工場で製造することは非常に困難だ。
■欧米の戦車で戦力を保つウクライナ
保有戦車の喪失が続くのは、ウクライナ側も同じだ。ワシントン・ポスト紙は、「ウクライナの兵器庫にもまた変化があり、(元来ロシアよりも)著しく少ない戦車の車隊に昨年、喪失が続いた」と振り返る。
ただし、ウクライナ場合は国際的な支援の恩恵を受けている。各国からの戦車の供与により、戦闘をより安定して実施できる可能性がある。同紙は「こうした損失の一部は、ウクライナがポーランドなどの同盟国から確保したソ連時代の戦車によって相殺されている」と指摘する。
ウクライナからの度重なる要請を受け、アメリカはM1エイブラムス、ポーランドはドイツ製レオパルト2、イギリスはチャレンジャー2といったように、それぞれ戦車の供与を決定している。こうした供給網が、ウクライナにとっては戦力維持の「鍵」になるのではないかとワシントン・ポスト紙はみる。
もっとも、戦車の生産体制に悩んでいるのは、ウクライナ側も同様だ。エコノミスト誌は、ウクライナ唯一の戦車工場であったハリコフ近郊の拠点が、戦争のごく初期に破壊されたと指摘している。
支援を申し出た欧米諸国での製産も軒並み遅れがちとなっており、必ずしもロシア側のみが一方的に戦車不足に苛(さいな)まれているわけではない。
■砲塔がびっくり箱のように飛び出る
ただしエコノミスト誌は、一般論として攻撃側が防衛側よりも多くの戦車を必要とすると論じている。紛争の長期化で戦車の在庫が問題視されるようになったいま、ロシア側がより厳しい状況に置かれる展開はありそうだ。
また、西側からの供与に加え、ウクライナ領内で鹵獲したロシア戦車もウクライナ軍の戦車数を補塡している。CNNはオリックスの発表を基に、ウクライナが500両以上のロシア戦車を鹵獲していることから、これはウクライナが失った459両を補って余りあると報じている。
ロシアの戦車については、数だけでなく質の問題も指摘されている。
開戦後の早い段階で、被弾時に砲塔が飛び出してしまう「ジャック・イン・ザ・ボックス(びっくり箱)」と呼ばれる欠陥があることが知られるようになった。これは対戦車兵器の攻撃を受けた際、内部に搭載した弾薬が誘爆し、砲塔がびっくり箱のように上部に完全に飛び出してしまうというものだ。
■衛生兵が戦車を操縦するほどの兵士不足
軍事情報サイトの「ソフリプ」は昨年5月、「かつて世界最高の軍隊と謳(うた)われたロシア軍だが、隣国によって深刻な弱点と欠陥があることが露呈した」と報じている。
通信の不手際、杜撰(ずさん)な計画、兵站(へいたん)の問題と並び、ロシア軍の「もうひとつのアキレス腱(けん)」になっていると同記事は指摘する。
記事は「ロシアは戦車を設計する際、砲塔部分に弾薬を配置するという悪い癖がある」とし、内部の設計に不備があると指摘した。ウクライナ側は当時からこの弱点を認識し、攻撃に活用していたという。
兵士の不足から、運用面でも限界が来ているようだ。ニューヨーク・タイムズ紙は今年3月1日、精鋭部隊の多くが「壊滅的な打撃」を受け、知識のない専門外の兵士がその欠員を埋めていると報じた。
ウクライナ側が戦車を捕らえたところ、運転席に座っていたのは、配置転換された衛生兵だったという。このように「専門性の欠如がロシア軍を苦しめるようになった」と同紙は指摘する。
■世界から見放されたプーチンの誤算
西側諸国の支援を得てウクライナが反転攻勢に出ている現状、地上戦の主力となる戦車の不足はロシア側にとって大きな痛手だ。
戦車は攻勢を強めるだけの存在ではなく、獲得した領土の維持にも欠かすことができない。レオパルト2などの供与を受けたウクライナは春から攻勢を強めるとの観測があり、ロシア側はこれを迎え撃つのに従来よりも苦慮する可能性があるだろう。
侵略に対抗するウクライナ側も相当な苦境にあることは確かだが、唯一の戦車工場が月産20両と頼りないロシアとは異なり、国際的な支援の恩恵を受けている。戦車の確保という観点では、一定の優位を確保したと言えるだろう。
一方でロシアは、自ら仕掛けた戦争で苦汁をなめ、その軍隊は衛生兵に戦車の操縦を委ねるほどの混乱に陥っている。大量に抱えた旧型戦車の在庫に依存しながら当面は急場を乗り切ることが予想されるが、もはやキーウ攻略と言える状況ではなくなってきている。
じりじりと追いやられる現状を見るに、プーチン大統領は、自ら描いた未来予想図とは遠い地点に妥協を迫られる展開となりそうだ。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)