韓国で反日感情高まる「独立運動記念日」に“訪日韓国人”急増の理由、元駐韓大使が解説
全国建設労働組合がソウル市内で大規模集会
ソウル市内で2月28日と3月1日、全国民主労働組合総連盟(民主労総)傘下の全国建設労働組合が、市の中心部の世宗大路一帯で組合員4万6500人が参加する集会を開催した。
尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権は、「任期中に建設現場での喝取(「恐喝」の意)・暴力行為は必ず根絶したい」「建設現場における法治を確固たるものとして打ち立てるべきだ」「建設労組など既得権労組の違法行為は暴力団レベル」と非難しており、強力な取り締まりを指示している。
これに伴い、尹錫悦政権と建設労組は厳しい対立関係に入っており、日韓関係改善を進める尹錫悦政権に対応し、建設労組は3・1独立運動記念日に大規模集会を開催することにしたのであろう。
また、保守系政党の「自由統一党」も1日午後に市内で数万人規模の集会を開き、複数の保守団体によるデモ行進も行われた。
しかし、市内でこうしたデモが行われた以外、今年の3・1独立記念日の韓国の雰囲気は例年とは異なるものであった。
日本政府の水際対策緩和後
訪日韓国人が急増
日本政府が昨年10月、新型コロナウィルスの感染拡大以降約2年7カ月ぶりに水際対策を緩和してから、韓国人の訪日客はうなぎ上りに増加している。
10月は12万3000人、11月31万5000人、12月45万6000人、1月は56万5000人を超えた。韓国人は訪日外国人の37.7%を占めており、今後も増加が見込まれている。
韓国の独立運動記念日「三一節」である3月1日も、日本行きの航空便はほぼ満席状態である。
旅行大手、ハナツアーの関係者は「最近売れたパッケージツアーと航空券の3分の1が日本行きであり、独立運動記念日もほぼ同様」だという。
そのあおりを食ったのが済州島であり、格安航空会社(LCC)各社は済州行きの便を日本に回し始めたほどである。その影響で、済州島の高級ホテルやレンタカーの利用料金は急速に低下している。
韓国人にとって三一節は訪日を自粛する要因にはならないようだ。
日本を訪れる予定の会社員も、
「そのようなこと(日韓問題)のせいで日本に行かない人がいるだろうか」
「周りでも、近頃海外旅行をした10人中7人は日本に行った」
と述べたそうである。
2月25日には日本で「竹島の日」の記念行事が行われ、島根県で行われた式典には内閣府の和田政宗政務官が出席した。
韓国外交部は日本大使館の公使を呼びつけて記念行事開催に抗議した。
竹島問題は韓国の国民感情を最も刺激する問題である。
韓国政府はその時期に東京や大阪を訪問する韓国人に対し、右翼が韓国大使館前などで抗議活動を行うので、こうしたところには近づかないよう注意喚起をしていた。
しかし、そうした時期にも日本に旅行する韓国人が増えているのは過去とは異なる様相だという。
上の世代になるほど歴史・政治問題に敏感に反応するが、世代交代でそうした面はかなり薄れてきた。
20代の人は「政治問題のために日本旅行をためらったり、周囲を気にする人はほとんどいない」と述べている。
文在寅(ムン・ジェイン)政権時代の2019年、
日本政府が韓国への戦略物資である半導体素材の輸出を包括許可から個別許可に規制強化した際に、日本製品不買運動が起こり、訪日自粛ムードが広がったのとは好対照である。
特に若い世代では、日韓の政治問題に対し冷静であり、日本との交流を楽しむ姿が新鮮である。
日本への印象について「肯定的」が「否定的」の2倍超に
韓国の経済団体、全国経済人連合会(全経連)が20代、30代を対象に16日から21日までオンラインで実施した調査によれば、
日本に対する印象について「肯定的(ポジティブ)」が42.3%で、
「否定的(ネガティブ)」の17.4%の2.4倍となった。「普通」は40.3%であった。
日本を肯定的に感じる人が否定的に感じる人の2倍以上というのは、これまでの韓国の世論調査の常識を覆す結果である。
しかも、3月1日の独立運動記念日が間近に迫っている2月後半に、こうした結果が出たことは驚きである。
回答者の半数を超える51.3%に訪日歴があり、日本での体験が好印象の重要な要因のようである。日本に対する好感度は10点満点で平均5.7点であった。
さらに注目すべき点は、日韓関係改善に向けて優先的に考慮すべき価値としては「未来」(54.4%)が「過去」(45.6%)を上回ったことである。
それを反映するかのように、韓国政府が提案する徴用工問題の解決策である、日韓の民間・企業の自発的な寄付金で被害者に補償する案について、52.4%が「日韓関係に肯定的な影響を及ぼす」と評価している。
こうした結果は、韓国政府にとって解決案を推進していく強い後押し要因となろう。
3月1日の独立運動記念日に、
抗日デモに参加するより、訪日を選んだ若者、
日本を肯定的に評価する若者、
こうした若者層を見ている限り、
従来の既得権世代の反日を叫ぶ声は聞こえない。
既得権世代の人々は、今年の「三一節」を見てどのように感じるのだろうか。
これまでは「周りが反日を叫ぶので自分も呼応しなければならない」との雰囲気があった。
今後は若者に引っ張られ、こうした雰囲気が失われていくことが望まれる。
今年の大統領演説は過去よりも未来志向
尹錫悦大統領は「三一節」で行った演説で、独立運動の精神の継承を強調した。
尹錫悦大統領は演説で、「104年前の三一万歳運動は、己未独立宣言書と臨時政府憲章に見られるように、国民が主の国、自由な民主国家を立てるための独立運動だった」と規定した。
さらに
「104年が過ぎた今日、われわれは世界史の変化にまともに準備できず国権を喪失して苦痛を受けた過去を振り返ってみる必要がある」
とし、
「われわれが変化する世界史の流れを正確に読めず、未来を準備できなければ、過去の不幸が繰り返されるのは自明」と述べ、世界史の流れを正確に読み、未来を準備することの重要性を強調した。
その背景には、文在寅前政権が現実を無視し、北朝鮮の脅威に適切に立ち向かわなかったことがあるのだろう。
文在寅政権は、北朝鮮の核ミサイルの脅威を極小化し、偽りの平和を宣伝して韓国の安全を脅かしてきた。
北朝鮮の核ミサイルの脅威によって、韓国は北朝鮮に従属する国になりかねない危険性を直視する必要がある。
尹錫悦大統領は、それを国権の回復を目指した三一節に合わせて指摘したものと考える。
日本については
「三一運動から1世紀が過ぎた今、日本は過去の軍国主義侵略者から、われわれと普遍的価値を共有して安保と経済、そしてグローバルアジェンダで協力するパートナーになった」
とし
「特に複合危機と深刻な北の核の脅威など安保危機を克服するための韓日米3カ国協力が(今まで以上に)重要になった」
と強調し、日本とのパートナーシップを前面に打ち出した。
演説では徴用工問題や慰安婦問題などの懸案には触れず、日本に対して謝罪や反省を要求していると捉えられるような言及もなかった。
尹錫悦大統領の演説を、文在寅前大統領が2018年に行った三一節の演説と比べれば、後者は独立運動について詳細に述べ、「加害者」「反人倫的人権犯罪」などの表現を用いて日本に反省を促したのと対照的である。
高麗大学政治外交学科の朴鴻圭(イ・ホンギュ)教授は、三一独立運動の始まりとなった独立運動宣言は、「古い時代の遺物である侵略主義と強権主義が支配する世界観を抜け出し、人道主義と正義が実現される世界観を提示し、日本を包容する知的勇気を発揮した。輝かしい文化知性の灯の下、彼らが先に日本に向かって腕を広げ、その結果、武断統治から文化統治へと転換を引き出した」ものであると指摘する。
三一独立運動の精神が、尹錫悦大統領に近いか、文在寅前大統領に近いか、朴教授の説明を聞けば自明である。
また、尹錫悦大統領の精神は、日韓関係で優先すべきものは「過去」ではなく「未来」だとする、前述の全経連調査に表れた若者の認識とも一致する。
尹錫悦大統領になって以降、過去のしがらみから抜け出し新しい韓国を志向しようという雰囲気が出始めている。
尹錫悦大統領が目指すのは
首脳会談による日韓関係の全面的修復
尹錫悦大統領が三一節の演説で日本との協力を前面に打ち出したことは、早期に日韓首脳会談を開催し、日韓を緊密な協力関係に引き上げたいとの思惑がにじみ出たものと考えられる。
日韓首脳会談は、徴用工問題の解決にめどがついた時点で開催されるだろう。
5月にはG7広島サミットがあり、北朝鮮の核問題が討議されるので尹錫悦大統領も招かれ、日米韓首脳会談が開かれると思われる。
したがって尹錫悦大統領としては、G7以前に日本を訪問、徴用工問題にけりをつけるシナリオを描いていると思われる。
韓国国内では、2月28日に朴振(パク・チン)外相が元徴用工の遺族と面談、これまでの日韓の協議について説明した。遺族からは肯定的・否定的双方の意見が聞かれたという。
しかし、2月28日は個人面談でなく、集団での面会だった。それでは、韓国企業などから集められたお金を受け取って終わりにしたいと考える元徴用工とその遺族の本音は聞けないだろう。
前述の通り、全経連が若者を対象に行った調査でも、政府の解決策について52.4%が日韓関係に肯定的な影響があると評価している。
韓国政府としても、元徴用工の手前、「ぎりぎりまで交渉した」との体裁を繕う必要があるが、解決策の最終的とりまとめに近づいているように思う。
今年の3・1独立運動記念日は、新しい日韓関係の創造に向けた大きなステップだったように思われる。
(元駐韓国特命全権大使 武藤正敏)