気紛れ貴婦人願望バーバの徒然草~カムイミンタラに憧れ、悠々自適人になりたい

ご訪問いただきありがとうございます。安政の探検家松浦武四郎足跡を訪ね、音楽と自然、いにしえのロマンを愛する旅人です。

北広島市:島松沢のクラーク博士ゆかりの史跡を訪ねる

2016-06-21 21:18:10 | 旅行
占冠から高速に入り、恵庭インターで降りた。北海道農学校のクラーク博士が学生たちと別れたところにある史跡を訪ねるため国道36号線を走ったが、島松沢に入る道を間違い不明の道を進んでしまった。国道に戻り、役所から出てきた真摯に「クラーク博士の所に行く道は・・・」と訪ねると、直ぐに「この道を進んで分岐点で左折して少し進むとありますよ・・・。」とニコニコして、直ぐに教えてくださったのでもしかして、北海道大学の卒業の方かな?と思った。(違うかな?・・・)
クラーク記念碑は、隣接する「旧島松駅逓所」があるので同じ広場に「寒冷地稲作 此の地に始まる」という記念碑と2基設立されている。(訪問日2015年10月1日)
円柱の記念碑にはクラーク博士のレリーフとあの有名なことば
『青年よ 大志を 懐け』と『BOYS BE AMBITIOUS』
   W.S.CLARK 1877.4.10
横にある記念碑には
『明治十年四月十六日、札幌農学校教頭ウイリアム スミス クラークが島松駅逓所(中山久蔵宅)における学生及び職員と訣別した地を記念し、昭和二十五年十一月 クラーク奨学会(発起人代表 宮部 金吾)により記念碑がたてられた。
クラークは開拓使の招きにより、明治九年六月 ペニハロー・オイラーの二教師と共に着任し、七月札幌へ赴任、同年九月札幌農学校教頭となり翌年四月までの八ケ月間在任しました。
訣別に際し、青年よ 大志を 懐けの含蓄ある言葉を残したのは現在でも有名であり、塔央のクラーク彫像の下にはボーイズ ビー アンビシャスとその言葉が彫られている(村史要約)、』と刻まれ、クラークの年譜が書かれていた。
クラーク記念碑
「寒地稲作この地に始まるの碑(拡大)

クラーク年譜碑
北海道大学構内にあるクラーク銅像(以前に撮影したもの)


蛇足ですが
日本が鎖国をしていた時代、箱館から密航(と言っていいのか・・・)アメリカに渡った新島襄(同志社大学の創立者)はクラーク教授が勤めていたアマストカレッジで講義を受けているという縁がある。
箱館から渡航の記念碑

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