道南から早朝に出発して、支笏湖美笛峠経由で、千歳のアウトレットモールでショッピングをし、一泊。長沼のマオイの丘に寄り道したりし、芦別美瑛線から美馬牛、上富良野の深山峠へ向かった。ここにはトリックアート美術館などの見どころもあるが、私たちは「松浦武四郎顕彰碑」を探した。富良野や美瑛には何度かラベンダーを見たり、観光に来ていたが、此の地に彼の碑があることが分かり、訪ねた。
顕彰碑は深山峠の木柱の横側にある小公園の中にあった。
説明には
『松浦武四郎顕彰之碑』建立 昭和48年10月
『松浦武四郎は安政5年(1858)に幕府の命を受け、和人で初めて上川から上富良野を経由し、十勝を越え、踏査探検し、地図作成に貢献した。「北海道」の名付親であるが、上富良野を探検したことを記念し、松浦武四郎顕彰之碑建立期成会によって建立された。題字は当時の北海道知事動堂垣内尚弘の書によるものである』上富良野教育委員会・・・と記載されている。
深山峠 顕彰碑
顕彰碑を見て、白銀温泉に向かった。
途中、十勝岳登山口の望岳台付近に散策できる道があったと思ったが、橋が壊れていて、ロープが張られていた。散策を断念して、青い池が人気スポットとなってきていたので寄り道、ブルーリバー・・・とか、白ひげの滝も再訪。白ひげの滝を見てから、ドーム型の屋根つきの階段を上って、防砂センターに着き、館内見学をした。
十勝岳火山砂防情報センター 望岳台
青い池 白ひげの滝
白金温泉に1泊し、翌日、新栄の丘や四季彩の丘の花畑をゆっくり散策し、
中富良野の畑の真ん中の「あぜ道 寄り道」というフレッシュ野菜の美味しいレストランで昼食
「フラヌイ温泉」に宿泊して帰路に着いた。
顕彰碑は深山峠の木柱の横側にある小公園の中にあった。
説明には
『松浦武四郎顕彰之碑』建立 昭和48年10月
『松浦武四郎は安政5年(1858)に幕府の命を受け、和人で初めて上川から上富良野を経由し、十勝を越え、踏査探検し、地図作成に貢献した。「北海道」の名付親であるが、上富良野を探検したことを記念し、松浦武四郎顕彰之碑建立期成会によって建立された。題字は当時の北海道知事動堂垣内尚弘の書によるものである』上富良野教育委員会・・・と記載されている。
深山峠 顕彰碑
顕彰碑を見て、白銀温泉に向かった。
途中、十勝岳登山口の望岳台付近に散策できる道があったと思ったが、橋が壊れていて、ロープが張られていた。散策を断念して、青い池が人気スポットとなってきていたので寄り道、ブルーリバー・・・とか、白ひげの滝も再訪。白ひげの滝を見てから、ドーム型の屋根つきの階段を上って、防砂センターに着き、館内見学をした。
十勝岳火山砂防情報センター 望岳台
青い池 白ひげの滝
白金温泉に1泊し、翌日、新栄の丘や四季彩の丘の花畑をゆっくり散策し、
中富良野の畑の真ん中の「あぜ道 寄り道」というフレッシュ野菜の美味しいレストランで昼食
「フラヌイ温泉」に宿泊して帰路に着いた。