2011年9月9日、美幌博物館を後にして、松浦武四郎の足跡の道東の旅の途中、宿泊地、網走呼人にあるホテルに着いた。
私たちはアウトドア派なので何時も大きなザックを背負い、軽トレッキングシューズで見た目にも疲れた様子であったが、和服の素敵な女将さんが笑顔で「お疲れ様!」と温かいおしぼりを渡してくれた。その温かさに女将の心、おもてなしの心を感じ、良い印象でした。
東日本大震災で観光客、特に海外からの観光客が減っているとマスコミ報道のあった中ですが・・・原子力発電所の放射能汚染が福島県ばかりではなく、日本全体にも影響しているのでしょう・・・でも、旅人は温泉を楽しみ、ロビーコンサートで音楽に癒され、いろいろな人々はひと時を過ごしているように私には感じた。
網走は松浦武四郎も足跡を残している所であるが、石碑などはないようである。
松浦武四郎著、秋葉實解読「戊午東西蝦夷山川取調日誌 中」の中には・・・斜里から網走川を上り、網走湖。美幌を探検している。呼人入り江についてその日誌には『ユービトウ 其名義は沼よりまた、沼の如く入り江が有ると云う義也。此処まで岸山にして是より奥は皆平地也。沼の正面にヒン子シリ(雄阿寒岳)を見る也。此沼の前を二丁も差わたしの遺る也。ユービトウエンルム(呼人半島)一つの岬なり。ユービトウに有る岬と云義也。』・・・と書き記している。(以下略)
網走湖荘からの静寂な湖
ホテルのロビーコンサート(お琴と胡弓の演奏)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/71/5a/1393427a34b8cd034ee0a510285b3547.jpg)
網走湖荘の夕食
私たちはアウトドア派なので何時も大きなザックを背負い、軽トレッキングシューズで見た目にも疲れた様子であったが、和服の素敵な女将さんが笑顔で「お疲れ様!」と温かいおしぼりを渡してくれた。その温かさに女将の心、おもてなしの心を感じ、良い印象でした。
東日本大震災で観光客、特に海外からの観光客が減っているとマスコミ報道のあった中ですが・・・原子力発電所の放射能汚染が福島県ばかりではなく、日本全体にも影響しているのでしょう・・・でも、旅人は温泉を楽しみ、ロビーコンサートで音楽に癒され、いろいろな人々はひと時を過ごしているように私には感じた。
網走は松浦武四郎も足跡を残している所であるが、石碑などはないようである。
松浦武四郎著、秋葉實解読「戊午東西蝦夷山川取調日誌 中」の中には・・・斜里から網走川を上り、網走湖。美幌を探検している。呼人入り江についてその日誌には『ユービトウ 其名義は沼よりまた、沼の如く入り江が有ると云う義也。此処まで岸山にして是より奥は皆平地也。沼の正面にヒン子シリ(雄阿寒岳)を見る也。此沼の前を二丁も差わたしの遺る也。ユービトウエンルム(呼人半島)一つの岬なり。ユービトウに有る岬と云義也。』・・・と書き記している。(以下略)
網走湖荘からの静寂な湖
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2e/41/a68a279070e0f83ab9034b1da85cc1dd.jpg)
ホテルのロビーコンサート(お琴と胡弓の演奏)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/71/5a/1393427a34b8cd034ee0a510285b3547.jpg)
網走湖荘の夕食
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/64/9e/ed2796110d3af00e4d0722a8dc18bad6.jpg)