気紛れ貴婦人願望バーバの徒然草~カムイミンタラに憧れ、悠々自適人になりたい

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菅江真澄の蝦夷地第一歩の地と函館市戸井町での歌

2018-01-16 21:47:25 | 旅行
2016年、4月、道南の歴史の旅をし、松前町の沖の口などで菅江真澄の道第一歩を訪ねた。
菅江真澄は1754年(宝暦4)三河に生れ、1827年秋田で没している国学者。
三河にいた頃から蝦夷が島、アイヌ文化などにも興味を持っていたという。彼は青森県三厩から津軽海峡を渡って松前町の「沖の口役所」についたと記録にある。
彼の第一歩:沖の口に記念の木柱が建立されている。
木柱には「菅江真澄の道」と書かれ、一方には
『松前滞在四年余、第十三世道広公の継母文子方に重用され、文子や藩の重臣たちと歌会の日々を過ごした。重臣の家族にも和歌を教え、尊敬され慕われた。「えぞのてぶり」「えみしのさえき」など五作品をこの地で書いた』と説明がある。
木柱写真

沖の口広場の石灯篭(常夜灯か?)

沖の口の門

松前にしばらく滞在し、原口・小砂子・上ノ国・江差などを旅し、太田神社から再び松前に戻り、その後道南東側の戸井・恵山・有珠方面に行っていき、数々の歌を残している。
旅の順ではないが、彼の歌碑がある所はその場所に行けたが、地元である函館市戸井町でも歌を4首のこしてあるが、歌碑はない。
戸井町支所の教育委員会の方にお逢いし、いただいた「郷土の歴史文学散歩」のパンフレットに載っている。

彼は戸井町の日浦金剛、絶景の柱状節理の風景に感動して切り立つ崖に咲く撫来の花に見惚れて
一首目
『さけにけり こや蝦夷ならで 祈る人も なみよるきしの 撫子の花』

二首目
恵山の七つ岩のところで
七つ岩の群がる鷲に驚いて
『あら磯の いわばに ぬるる わしの羽に 妙なる 文字やはみのかくらん』

三首目
恵山の水無海浜温泉の付近か?赤兀にて、鵜の雛鳥に目を向ける
『嶋つ鳥 親のをしえを 居ならびて ひなもはねします 蝦夷の磯山』

四首目
日浦海岸の柱状節理の絶壁に息をのむ。
『身よせて 見るも及ばぬ いやたかさ いわおの末に かかるしら雲』

柱状節理



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