6月14日の天候は小雨、石垣山は無理かな・・・と思いながらも早朝にホテルを出発し、高速浮島ICから愛別ICまで長いトンネルを通過、ところどころ激しい大雨、上川近くになり路面が乾いているところもあり、場所によっては雨は降らなかったのか・・・石垣山登山口のある発電所やキャンプ場の案内を目標に進んだ。
田植えなどの作業をしている中の通りを行って、発電所の建物のあるところへ着いた。
松浦武四郎著、秋葉實解読の「丁巳東西蝦夷山川取調日誌 上」を参考に調べて、『閏五月四日(陽暦6月25日)当麻より愛別 イチラシケ(注釈 愛別)と云う川筋に出るなり。(中略) 小川 此の川はイチラシケの上なり。こへて左は本川すじの方、右少し高山有。是も下草は茅・薄にして、樹柏簇々と立ちたる九折をのぼり、凡七八丁にて上に上がる此処左の方にシュトマトナイの間に当たりて、馬の背の様峯々と多たるを行成。凡此峯一里も行に、向は 卯 石狩岳、左は本川すじ、右の方にチクベツ岳等(※ 中愛別・・・と解読が付いている)波涛の如く相見えたり」。しばし行に箬原に出る。此処を分け下ること五六丁此辺の向方ハンケメヌフトに当たる。箬に葡萄蔓まき附て甚分下り悪しく成りたり。下りて 小川 此の処イチラシケの源になるよし(愛別)(中略)此の処大石ショウ嶫(ギョウ)として甚難渋まりけり。下りて平地、箬原をまた弐三丁も行て本川筋へ出る。
サンケソマナイ なるべし(石垣川)(中略)むかし文化七年間宮林蔵も此サンケソマナイ迄来り、此処より帰りしとかや。其節案内を致せしものの名を聞きに、此ヒヤテキ不ㇾ知よしと申て一切不ㇾ答。』の記載がある。しかし、宿泊はどう云う処かは、この日誌には書かれていなかった。(アイヌのヒヤテキは間宮林蔵を案内したということを松浦武四郎はクーチンコロに当時の案内人の事を訊ねている。私たちは2012年8月に旭川嵐山公園内の上川アイヌの大酋長であるクーチンコロの碑を訪ねている。)
間宮林蔵は1810年に石垣へ来ている。
登山口からは送水溝を通り、鬱蒼とした登山道になり、岩がごろごろした道。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/43/aa/a2b3e6fe89ac3c4620480a89a0092288.jpg)
途中、「石垣山八十八箇所」の石柱があった。道端にサイハイランが咲いていた。
最初に見えた岸壁やモアイ像の横顔に見える岸壁、ロッククライミングの人の登山ポストがついている岸壁もある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/73/8f/1714133d47886a7917a006625aefe8d0.jpg)
岸壁に金属製のポストが付けられている。ロッククライムの登攀届らしい。
岸壁の下の登山道は路肩が弱く落ちそうになって岩にしがみついた。柱状節理の岸壁を見ていると足元が危ない!!
桂岩がある。岩に挟まれたような所から桂の木が伸びている。高いので首が・・・
相愛の岩が9合目と書かれている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/47/d2/6d18df122d03aa2460f205bc8ce22a50.jpg)
9合目だからもう少し・・・と頑張れるような気がして、登りの道を歩いた。平坦なところに着いた。
小岩に何か書いている。よく見たら・・・木の板に「奥の院 中愛別の碑」と書いてある。此の山はアイヌ古戦場跡でもあり、信仰の山として地域にとって大切な山なのだ。その少し行った所に立派な石碑があった「希望と石垣山」と書かれている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/38/d2/754c683416cabcf82eaf567026e9df0d.jpg)
この石碑のあるところが頂上。見張り岩![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/38/b9/ffbfb33e5ce7c55ba8e460bef15c9384.jpg)
絶壁断崖から町が見えるが近寄れない。めまいがしそう。断崖の少し下がったところからカメラ
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/42/03/454e5dd4e1813c65c6b2ab0da9fac6bf.jpg)
中愛別の道路などが見える。
しかし、松浦武四郎の宿泊したという洞窟を探すが、洞窟に行く分岐が見当たらない。ブッシュになって踏み跡がないのです。
洞窟は数か所あり、写真は撮ったが・・・こんな洞窟ではない
さらに「希望と石垣山」の石碑から下れる道があったので、少し行って観たが、古戦場の防空壕的な雰囲気と自分流に思って、ひきかえった。
しかし、松浦武四郎の足跡である「サンケソマナイ」に辿り着いたことは私にとっては満足であった。
国道から見えた石垣山(車走行中・・・助手席から、ピンボケではあるが、柱状節理の岸壁が確認できた。)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/22/bb/8e9f78c5c54d360f087634d910d9090e.jpg)
下山後、協和温泉に向かった。時間があったので、愛別ダムに行ったが、ダム湖は見えず、町方向へ戻る。途中、石碑を見つけて立ち寄る。木造の協和小学校の教育資料館とタイムカプセルの石版があった。2005年に埋め、2020年に取り出すとのこと。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/eb/d451abbb4b30e5c324958bc99340b087.jpg)
お世話になった協和温泉。源泉は炭酸を含んだ良い泉質のもの。貴重な源泉を大切に使用している。宿の主の心が伝わる。夕食は食べきれないほどの鍋ものや新鮮なキノコの里の料理をいただく。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3e/bb/0c55da8a3e4fdbdb33e212af2f5b933f.jpg)
器もきのこ![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/03/02/76bfb02af2add3e157afc46366abd6ad.jpg)
6月15日(天候は雨)
協和温泉から旭川方面に向かう。
国道237号線を南下、美瑛の道の駅により、その後コマーシャルで有名になった「嵐の五本の木」があるかんのファームに寄ってみた。雨降りとまだラベンダーには早いので訪れる人は2~3組。嵐の木はどれかな~
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6e/e1/7d2b9e6b8609d2e27fbf6fc143f3bbc1.jpg)
私道なので近くへは行けないというネット情報があるが・・・有名なマイルドセブンの丘やケンとメリーの木など近くで見れるので・・・今後嵐の木が見れることを期待したいと密やかに思った。
昼食は中富良野のファームレストラン「あぜ道 より道」カレーが美味しい。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/53/ea/0efa2e39a57ae0292e9042a382ff5647.jpg)
田植えなどの作業をしている中の通りを行って、発電所の建物のあるところへ着いた。
松浦武四郎著、秋葉實解読の「丁巳東西蝦夷山川取調日誌 上」を参考に調べて、『閏五月四日(陽暦6月25日)当麻より愛別 イチラシケ(注釈 愛別)と云う川筋に出るなり。(中略) 小川 此の川はイチラシケの上なり。こへて左は本川すじの方、右少し高山有。是も下草は茅・薄にして、樹柏簇々と立ちたる九折をのぼり、凡七八丁にて上に上がる此処左の方にシュトマトナイの間に当たりて、馬の背の様峯々と多たるを行成。凡此峯一里も行に、向は 卯 石狩岳、左は本川すじ、右の方にチクベツ岳等(※ 中愛別・・・と解読が付いている)波涛の如く相見えたり」。しばし行に箬原に出る。此処を分け下ること五六丁此辺の向方ハンケメヌフトに当たる。箬に葡萄蔓まき附て甚分下り悪しく成りたり。下りて 小川 此の処イチラシケの源になるよし(愛別)(中略)此の処大石ショウ嶫(ギョウ)として甚難渋まりけり。下りて平地、箬原をまた弐三丁も行て本川筋へ出る。
サンケソマナイ なるべし(石垣川)(中略)むかし文化七年間宮林蔵も此サンケソマナイ迄来り、此処より帰りしとかや。其節案内を致せしものの名を聞きに、此ヒヤテキ不ㇾ知よしと申て一切不ㇾ答。』の記載がある。しかし、宿泊はどう云う処かは、この日誌には書かれていなかった。(アイヌのヒヤテキは間宮林蔵を案内したということを松浦武四郎はクーチンコロに当時の案内人の事を訊ねている。私たちは2012年8月に旭川嵐山公園内の上川アイヌの大酋長であるクーチンコロの碑を訪ねている。)
間宮林蔵は1810年に石垣へ来ている。
登山口からは送水溝を通り、鬱蒼とした登山道になり、岩がごろごろした道。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2c/da/744f6117df0d9f62c18c7d2ab5361c8b.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/43/aa/a2b3e6fe89ac3c4620480a89a0092288.jpg)
途中、「石垣山八十八箇所」の石柱があった。道端にサイハイランが咲いていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6b/f2/3d621d94399c85f226e9384af29fe430.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/72/17/4220227c18274b77ba20b6af381fb478.jpg)
最初に見えた岸壁やモアイ像の横顔に見える岸壁、ロッククライミングの人の登山ポストがついている岸壁もある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/66/a0/63610b14f72ef61da62fea32e6a90184.jpg)
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/73/8f/1714133d47886a7917a006625aefe8d0.jpg)
岸壁に金属製のポストが付けられている。ロッククライムの登攀届らしい。
岸壁の下の登山道は路肩が弱く落ちそうになって岩にしがみついた。柱状節理の岸壁を見ていると足元が危ない!!
桂岩がある。岩に挟まれたような所から桂の木が伸びている。高いので首が・・・
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3a/d6/9b060da691a85b1e75acc2cfe78d4b3a.jpg)
相愛の岩が9合目と書かれている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/47/d2/6d18df122d03aa2460f205bc8ce22a50.jpg)
9合目だからもう少し・・・と頑張れるような気がして、登りの道を歩いた。平坦なところに着いた。
小岩に何か書いている。よく見たら・・・木の板に「奥の院 中愛別の碑」と書いてある。此の山はアイヌ古戦場跡でもあり、信仰の山として地域にとって大切な山なのだ。その少し行った所に立派な石碑があった「希望と石垣山」と書かれている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/52/ea/649a23e958d90190fbfbbaf25e916bb6.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/38/d2/754c683416cabcf82eaf567026e9df0d.jpg)
この石碑のあるところが頂上。見張り岩
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/38/b9/ffbfb33e5ce7c55ba8e460bef15c9384.jpg)
絶壁断崖から町が見えるが近寄れない。めまいがしそう。断崖の少し下がったところからカメラ
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/42/03/454e5dd4e1813c65c6b2ab0da9fac6bf.jpg)
中愛別の道路などが見える。
しかし、松浦武四郎の宿泊したという洞窟を探すが、洞窟に行く分岐が見当たらない。ブッシュになって踏み跡がないのです。
洞窟は数か所あり、写真は撮ったが・・・こんな洞窟ではない
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/15/63/c65e6fb9495f45f382840c7ace7d4e44.jpg)
しかし、松浦武四郎の足跡である「サンケソマナイ」に辿り着いたことは私にとっては満足であった。
国道から見えた石垣山(車走行中・・・助手席から、ピンボケではあるが、柱状節理の岸壁が確認できた。)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/22/bb/8e9f78c5c54d360f087634d910d9090e.jpg)
下山後、協和温泉に向かった。時間があったので、愛別ダムに行ったが、ダム湖は見えず、町方向へ戻る。途中、石碑を見つけて立ち寄る。木造の協和小学校の教育資料館とタイムカプセルの石版があった。2005年に埋め、2020年に取り出すとのこと。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/55/35/174bd932008c84f006ff7b5abfe541e7.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/eb/d451abbb4b30e5c324958bc99340b087.jpg)
お世話になった協和温泉。源泉は炭酸を含んだ良い泉質のもの。貴重な源泉を大切に使用している。宿の主の心が伝わる。夕食は食べきれないほどの鍋ものや新鮮なキノコの里の料理をいただく。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/35/cb/a4a63fb48c0b65286036814d88c6e18a.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3e/bb/0c55da8a3e4fdbdb33e212af2f5b933f.jpg)
器もきのこ
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/03/02/76bfb02af2add3e157afc46366abd6ad.jpg)
6月15日(天候は雨)
協和温泉から旭川方面に向かう。
国道237号線を南下、美瑛の道の駅により、その後コマーシャルで有名になった「嵐の五本の木」があるかんのファームに寄ってみた。雨降りとまだラベンダーには早いので訪れる人は2~3組。嵐の木はどれかな~
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/17/7c/892eb89f6881b3940e95a21ef0f0c588.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6e/e1/7d2b9e6b8609d2e27fbf6fc143f3bbc1.jpg)
私道なので近くへは行けないというネット情報があるが・・・有名なマイルドセブンの丘やケンとメリーの木など近くで見れるので・・・今後嵐の木が見れることを期待したいと密やかに思った。
昼食は中富良野のファームレストラン「あぜ道 より道」カレーが美味しい。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/53/ea/0efa2e39a57ae0292e9042a382ff5647.jpg)