気紛れ貴婦人願望バーバの徒然草~カムイミンタラに憧れ、悠々自適人になりたい

ご訪問いただきありがとうございます。安政の探検家松浦武四郎足跡を訪ね、音楽と自然、いにしえのロマンを愛する旅人です。

№10 室蘭八景 金屏風

2014-05-30 22:08:11 | 旅行
名勝ピㇼカノカの「トッカリショ」と「地球岬」の間にある「室蘭八景」の一つ「金屏風」のビュースポットに来た。
松浦武四郎の資料には『ニヨモイ(小湾)』と記録されている。

金屏風の地名由来説明版には
『赤褐色を帯びた断崖に、太陽が映えるときは金屏風を立て連ねたように見えることからこの名を呼ぶようになった。
 金屏風の名称は昭和五年八月、室蘭外海奇景命名協議会が正式に名付けて、室蘭俯瞰図に収録したものが最初である。
金屏風付近には二オモイ、アトカニと呼ばれるところがあり、二オモイはちいさな入り江をなしており、時化(しけ)どきになると、おびただしい標流木がたまるのでそう呼んだといわれ、寄木湾という名もある。
後にかは「われら矢を射る所」という意味で、アイヌたちはこの難所を通るとき、魔除けのため、そこの崖や岩などに矢を射こむという府來るからの習慣があったらしい。
 トッカリショの夜空に二つの月が出た際、この後にか岩から銀の矢をあhなって虜の月を射落としたという伝説の場所である』室蘭市  と書かれている。
金屏風説明版

金屏風風景


№9 室蘭八景 名勝ピㇼカノカ国指定のトッカリショ浜

2014-05-30 15:20:39 | 旅行
測量山の観光道路から一度、室蘭市街地に出て、次の目的地に向かった。
「トッカリショ」という浜で、私が松浦武四郎の資料としている本(蝦夷日誌 上)には、
ホンチケウエ此の濱惣て鉛気有。又、石英の気有。土人取り来り、鑛(サカツキ)を焼て鉛を取り、鎭石(イワ)に作る也。アトカニ(岩)弓勢(ゆんぜい)を試みる義也。土人必ず舟より此岩を射て通りしとかや。
トカリショ(岩磯)鮭場也。ウクシハウシ(岩)、二ヨモイ(小磯)、べシホケ(沙地、漁や)高山の下、恐敷坂の義也。
イタンキ、椀のごとき岬有ゆえ故號。フンベシュマ(砂地)鯨頭の如き岩有故也。(※イタンキ浜の記録)』と安政時代蝦夷地探検したときの室蘭の記録。

地名由来版には「名勝ピㇼカノカ」について共通の説明があるが、前述しているのでので省略。
『絵鞆半島外海岸として国から指定された場所は4ケ所に分かれますが、その一つ、ここトッカリショ浜は元々アイヌ語ではトウカリショと呼ばれ、古くは松浦武四郎の文献などでも記載、これは「アザラシ岩という意味で、松浦は「鮭場」としたように漁場として使われていました。また、岬の先端付近にはアトウカ二「われら、矢を射る所」という地名が付けられ、舟から矢を射る風習があったことがうかがえます。
                   平成二五年十二月  室蘭市教育委員会』
松浦武四郎の資料の「アトカニ(岩)は地名由来を読むと、アザラシ岩ということになるか・・・。
トッカリショの説明板や「名勝ピㇼカノカ」の石碑がある展望台から奇岩や真下の海岸も見える。若干、嶮しい下り坂も見えていたので海岸へは降りて行けそう・・・。
トッカリショ看板設置場所から奇岩


真下の海岸風景

トッカリショで記念に(私は説明版の陰に

№8室蘭 測量山(松浦武四郎の文献にも名がある所)

2014-05-29 13:08:54 | 旅行
室蘭の測量山は以前にも訪ねたことがある。ライトアップされたり、頂上にはテレビ局のアンテナ群がある。私の持っている松浦武四郎著「蝦夷日誌 上」の「ムロラン」編を読んでいると測量山のアイヌ語「ホシケサンベ」という名が記録にある。
概要はマシュエチセ(測量山に来る途中のあるマスイチ)の次にヲエナオシ(遠見番所)のことがあり、続いて『其上に山有、形ち富士の如し。△ 「ホシケサンベ」と云。名義、雲より下りし義也。一説に、沖へ漁に行帰る時に此山を見始める故、針が立てるが如しと云山也(地名考)。また、扞(ならびて)少し小さく△ヨシサンベの此山第二番に見ゆる故號ると云り。二峰聳へたり。』と書き残している。測量山にも松浦武四郎の記録があるのはフアンとしては嬉しい。

展望台への入り口

測量山の説明と与謝野鉄幹・晶子の歌碑
説明看板

『● 海抜 一九九、六三m
 ● 一等三角点補点 明治三三年(一九〇〇年)陸軍陸地測量部による一等三角点測量が行われ、一等三角点補点として   設置されました。
 ● 測量山周辺、面積一一九、五haの緑地内には、植物が五〇〇種、動物、野鳥の中継地になっており、四季折々野鳥   の観察ができ、市街地に隣り合わせでもあり身近かの自然林として市民に親しまれています。
 ● アイヌ語「ホシケサンベ」最初に見えてくる山」という意味で、昔、アイヌの漁師がこの山を目印としていました。
 ● 明治五年(一八七二年)、「札幌本道」を作る時、当時、陸地測量道路等造長の米人ワーフィールドが、この山に登   って見当をつけたことから「見当山」と呼ばれ、後に「測量山」と改められました。 』
 説明版の左に与謝野夫妻の歌が書かれている。
      我立てる 即涼山の頂の 
            草のみ青き 雲の上かな    鉄幹
      灯台の霧 笛ひびきし 淋しけれ
            即涼山の 木の下の路     晶子

                         天候は霧もよう
             
モニュメント「はばたき」

 モニュメントの正面の台座には「測量山」と刻まれている。製作者は「高橋 昭五郎」
頂上公園整備の際、勲4等元道議会委員の徳中祐満の遺族から200万円の寄贈があり、市が故人の遺徳をしのび、その功績を称えるため、この寄贈金をもとに昭和41年度に施行したものである。昭和43年3月31日 室蘭市長 高薄豊次郎

測量
山からの後方羊蹄山や白鳥大橋をバックに


№7 室蘭 ローソク岩と松浦武四郎の蝦夷日誌にもあるマスイチ浜

2014-05-28 20:03:47 | 旅行
室蘭の絵鞆岬展望台から車を進めると、ハルカラモイを過ぎて、測量山観光道路沿いに「ローソク岩看板」が見える。
観光道路

ローソク岩看板

ローソク岩風景

ローソク岩を見て、そこを過ぎ、「増市浜」の地名由来説明版の場所に着いた。

「名勝ピㇼカノカ」の石碑がある。
安政の探検家で、北海道命名者の三重県出身の松浦武四郎の蝦夷日誌(上)「ムロラン」編で、マスイチに関して次のように記録している。マシュエチセ(岩平)黒く嘴と蹼(みずかき)が赤き鳥が住む故號くと云。又、鷗が留る穴があるといへり。』と記録されている。

また、室蘭市で設置した地名由来板には
『名勝ピㇼカノカ絵鞆半島外海岸  増市浜』
                 指定年月日
                  平成二四年一月二四日
『名勝ピㇼカノカとはアイヌ語で「美しい・形」を意味し、優秀な景勝地群を総称するものです。絵鞆半島の外海岸は急峻な断崖や小さな入り江が連続しており、そこには数多くのアイヌ語による地名が残されています。
 アイヌ文化では、現地の風景や産物、あるいわアイヌの人たちがそれをぞのように捉えていたかを、そのまま地名として名づける特徴があります。
 北海道内にはアイヌ語の地名は数多く残されていますが、地名の指し示す地形や自然環境がそのまま保存されている土地は必ずしも多くなく、地名に示されたアイヌ文化の精神性を今もよく感じ取れる景勝地、いわば「生きた地名」の土地として、ここが道内7番目の名勝ピㇼカノカに指定されました。
 絵鞆半島外海岸として国から指定された場合4ケ所に分かれますが、その一つ、ここ増市浜は元々アイヌ語ではマスイチセ(マシュイチセ)と呼ばれていました。
 これは「海猫(の)・家」という意味で海鳥がたくさん巣をつくる場所を言い習わした地名になります。
 このほか湾や磯ごとにも地名が付けられていますが、マスイチセと呼ばれたのは、岬の先にある白い岩のことで、洋上や追直(おいなおし)のMランドからよく見ることができます。
  平成二五年十二月 室蘭市教育委員会』と書かれてます。
(※ 調べたら・・・Mはローマ字で室蘭の頭文字を使ったもの。追直漁港の沖合に人工島のことをMランドと云うようです。最近完成したとのこと・・・)
マスイチ地名由来説明版と石碑

説明版と石碑、右側に歌碑がある(草書で読めない・・・)。展望台への階段がある。
歌碑は読み取れるところで・・・「室蘭は海に抱かれ(毎か?)・・・恋人たち  いま増市に岩肌 居て」

マスイチ浜の風景(尖った岩の遠くに追直漁港と人工島(Mランド)が望める。

ここから測量山へと向かった。

№6 室蘭 松浦武四郎の文献にもあるハルカラモイ(絵鞆半島外海岸)

2014-05-26 21:24:08 | 旅行
このハルカラモイから時々「名勝ピㇼカノカ 絵鞆半島外海岸」という石碑が設置されている。
『ピㇼカノカとは、アイヌ語で「美しい・形」を意味し、アイヌ物語や伝承・祈りの場・言語に彩られた優秀な景勝地群を総称するものです』と刻まれている。
ハルカラモイ説明板

名勝ピㇼカノカ石碑・説明板全景で

崖風景

室蘭市のホームページによると((概略ですが・・・)「北海道にはアイヌ文化に由来する景勝地が数多く残されており、国では、こうした景勝地を名勝ピㇼカノカという名前で文化財指定し、保護する取り組みを進めている。平成24年1月24日に国の名勝に指定された。(室蘭には)ハルカラモイ・増市浜・地球岬・トッカリショ浜が入っている。
松浦武四郎著の「蝦夷日誌上(東蝦夷日誌)には
ハルカラモイ(小彎)何魚にても取に宜き湾の義也。ケソラツフムイ(崖)美敷平(崩平)平に鳥の巣が昔有しと云り。マタカエリ(岩岬)冬海獱(らっこ)が寄る義也と。』 
説明文の概略・・・
『ハルカラモイは元々アイヌ語ではハルカㇽモイと呼ばれ、古くは松浦武四郎の文献などにも記載されている地名です。これは「食料・とる・入り江」という意味で、名前のとおり、崖を降りた先に見えている小さな湾に対してつけられた地名です。地名からは、漁労活動によく使われていた場所だったことがうかがえます。』
                             平成二十六年一月 室蘭市教育委員会 
その他、北海道内には「名勝ピㇼカノカ」に指定された所として
 九度山(クトゥンヌプリ)・・・名寄市
 黄金山(ピンネタイオルシぺ)・・・石狩市
 神威岬(カムイエトウ)・・・神恵内村(積丹半島)
 襟裳岬(オンネエンルム)・・・えりも町
 瞰望岩(インカルシ)遠軽町
 カムイチャシ・・・豊浦町
 絵鞆半島外海岸・・・室蘭市
 十勝幌尻岳(ポロシリ)・・・日高