goo blog サービス終了のお知らせ 

害虫屋の雑記帳(ブログ人の保存版)

ブログ人のサービス停止に伴い、gooに過去記事を保管させてもらうことにした。

毒虫を捕らえてみれば毛玉なり

2014-03-31 23:58:00 | 自然観察

Dscn4646

 

Dscn4639

皮膚の異状。その原因は、体表をはい回る感じがするので何かの生きものとしか思えない。生きもの自体は小さくてよく見えないが、見えたものは粘着テープにくっつけて捕まえることができる。
ところがせっかく捕まえたものも、皮膚科の医師や害虫駆除業者にみせると「ただのゴミ」扱いされる。

こういう状況に陥って、底知れぬ不安を感じる人がたまにいる。40-70歳くらいの範囲で、女性に多い傾向があるようだ。

ムシでないものが害虫のように見えるという相談事例は、うちのような小規模な会社においても毎年10数件程度ある。私がダニ検査を学び始めた1980年頃から、この問題は珍しいものではなかった。

この問題に悩まされている人は、個々により認識のされ方に差異があるが、だいたい以下のようなパターンがみられる。
1. 皮膚の上や頭髪の中をはい回るが、なかなか捕まえられない。
2. 目に見えるか見えないかくらいのかすかなものがいる。
3. かすかなものは体表をはう。体の周囲を緩やかに飛び回ることもある。
4. 微細なものを捕獲できることがある。かなりたくさん集められることがある。
5. かすかなものは特定の部屋に多い。入ったとたん、たくさん体にくっつく感じがすることがある。
6. やたらと人に移る。外出先で自分の周りに体を掻くしぐさをする人が増えていく。
7. 皮膚の症状は、外観上は分からなかったり不明瞭な発疹であることが多いが、目立つ傷になっていることもある。
8. 症状の外観に関係なく、痒みはひどい。夜寝られず、朦朧としてくる。
9. 殺虫剤(燻煙タイプなど)を使用するとしばらくマシだが、すぐ増える。

害虫駆除業者は、捕獲されたとされる微細なものを調べたり、室内塵検査をおこなったりというあたりで関わるのだが、依頼者が集めた微細なものを同定してみると、多くの場合、糸くずや毛玉といった布製品由来の繊維片の集合物である。他に雑草の種子や食品由来の植物片、コクヌストモドキなどの貯穀害虫の破片、依頼者の皮膚から落ちたカサブタや凝固した血液なども含まれている。

私の経験では、依頼者に有害な生きものが検出されなかった旨を伝えても、安心して納得される人は半数に満たない。むしろ、問題解決への方向を見失い、途方にくれている人のほうが多いように思う。

害虫の存在を否定できないでいる人は、こう考えるだろう。
気のせいであるはずがない。何かがいることはハッキリ感じられる。他人から頭がヘンなように思われているかもしれないが、今までに精神的におかしくなったことなんてないし、論理的な考え方もできる。医者や害虫駆除屋が認識できない未知のものに悩まされているに違いない、等々と。
こうして、新たな微細物を見つけたり、自分が見落としていた問題になりそうな場所の室内塵検査を追加依頼したりということを、さらに続けることになる。

だが、いくら続けても痒みの原因は不明なままで、事態が進展することはない。
いい加減つきあうことにウンザリしてきた医師や害虫駆除業者に心ないことをいわれて、さらに傷ついて落ち込む人もいる。
ムシを他人に伝染させてしまうと思い込み引きこもる人、鬱状態に陥って死にたいという言葉を繰り返す人。
インターネット上に流布する疑似科学に傾倒する人。

この原因も症状もとらえどころのない害虫問題は、周囲には予想もつかないほど深刻な事態になっていくことがある。

 


米国では日本と似たような、いやもっと存在感のある状況で、謎の生きものが問題になることがある。
それは多数の人々からMorgellons と呼ばれているものだ。
Unexplained Dermopathy (原因不明の皮膚症)とか、delusional parasitosis(寄生虫妄想)などの、微妙に視点のことなる方向から研究対象とされている。
皮膚科学の分野においては、Morgellons にたいする大多数の研究者の扱いはほぼ固まっているようで、2009-2012年頃の米国やドイツの研究に基づき、delusional infestation (思い込みによる有害生物蔓延)に含まれるべきものであろうと結論づけられている。毛玉も詳細に分析され、セルロース繊維が主体となっていて、未知の特殊な生物が関与する証拠は得られていない。

神経心理学の分野で扱われるべき事柄だろうというのは、当事者以外(まれに当事者も)は、最初からだれもが考えていたことだろう。それにもかかわらず、荒唐無稽に思われるような事象に対して、たくさんの事例を集め、データを収集して論文にするなんて大変な意思と労力が必要だと思う。普通なら冷笑を浮かべつつスルーだろう。

1980年頃、大阪の大学関係者や公的研究機関の専門家に、毛玉について聞いてみたことがあるけれど、その当時に、重要な問題としてとらえている人に会ったことはなかった。

検査しても害虫が検出されないような物件は、われわれ駆除業者には対処のしようがなく、それでも虫で困っているという人は、やはり他の分野の専門家の領分ということにはなるのだろう。
強迫性障害、微細物恐怖症、感応精神病、エクボム症候群などの用語で説明されるような世界では、少なくとも殺虫剤の出る幕はないだろう。


しかしどうだろう。米国のMorgellons 問題に関するネット上の掲示板を見る限り、精神科医などの活躍により沈静化していくような気配はちっとも感じられない。
最終的には抗うつ剤の処方という流れに、どの人も飽き飽きしているようなのだ。悩みを抱える人々の、CDCの結論に対する激しい反感がこもった多数の書き込みを目にすると、綿ゴミなんぞ知ったことではないとして背を向ける医学関係者の側にも、相談者への対応にどこか不適切なところがあったのではという気がしてならない。

みずからMorgellons研究財団をつくり、精神病とラベルされた引き出しにしまい込まれることに抵抗しているメアリー・レイタオさんだって、かかりつけの医者に笑われたりしなければ、生物学の専門知識を持っておられたとのことだし、問題への取り組み方が違っていたかも・・・しれない。


ウチの会社にも、今年3月に入ってから毛玉の相談が相次いだ。どのお客さんも皮膚科の医師にはつっけんどんな対応をされたという。

いわく、あなたが持ってきたものはただのゴミだ、痒いのは虫刺されだろうけれど何の虫かは知らん、部屋がダニだらけなんじゃないかなどなど。

害虫駆除業者の需要を作ってくれているのが、お医者様という点には感謝を惜しまないのだが、診察を受ける方々へ、もっとなにか違った語りかけ方がなかったのだろうかという点でワダカマリが残る。
害虫駆除業者にしても、お客さんちで有害な生物が検出されないとなると、「医者がダニだと診断したのにおかしい」とか「どっちを信用すればいいのか」という厄介なことになりがちだ。

ずっと心の隅で以前から疑っていたことだが、テレビCMとお医者さまが「思い込み」型のダニ被害者を増加させ、さらに害虫駆除業者が、不適切な対応による精神的+経済的なダメージの追い打ちをかけることで、苦しんでいる人々がより閉塞的な状態になることに手を貸してやしないだろうか。

などと批判めいたことをいってみても、私だってなにも役に立つようなことはできない。せいぜい毛玉について、少しばかり丁寧に説明するように心がけている程度だ。

お客さんが一所懸命に採集された毛玉を、いかにちゃんと調べたかということ。
毛玉が生きもののように見えることは、昔から多くの人によくあることで別に不思議ではないこと。
顔を近づけて毛玉を見ていると、気づかないうちに繊維に息がかかり吸湿し形を変えて動いたように見えることがあること。
一般の人が対処できないような生きものが町にはびこってくれれば、害虫駆除業界には慶賀のいたりであるが、残念ながらそんなことはなく、ウチの会社も鳴かず飛ばずであるなんてことを交えながら、人は勘違いを起こしやすい動物であることを繰り返し説いてみたりしている。

痒いということについては、皮膚科などの医師に相談を続けていただくしかない。
暮らし方を少し変えてみるだけで、痒みの改善が期待できることもある。
たとえば、寝る前に寝具に数分でいいので軽く掃除機で吸引清掃すること、洗濯に使用している洗剤・柔軟剤・漂白剤などを変えたり不使用にすること、ウォーキングをすすめるなどといった簡単なアドバイスでも、楽になったといって喜んでもらえることがある。


自分があたりまえのように確信している物事を、それがなんであろうと周囲から否定されるというのは、とてもやりきれないものだ。
あんなに不安な時間とともに見つめ続けていたものが、ただの毛玉だといわれても、それをすぐには納得しかねるだろうということは理解できる。

もし自分が熱心にやっていることが、すべて勘違いであると他人からいわれたらどんな気がするだろうか。
たとえば、ハチを捕まえてモンスズメバチだなとかいいながら標本にしていると、「あなたは分類病にかかっているのですよ。そのムシの分類は無脊椎動物域の昆虫類でいいのです。それ以上分類しようとするのは、前頭葉の生理学的異常に過ぎませんから。」などと診断されて、医者っぽいヒトから治療されようとしたら・・・。私だったら絶対暴れると思う。



 

*1682年の「Ouvrage des Savans publiez à Leipsik l'année」に描かれている微小生物。病原性があるらしく、学名が記載されていた。
Comedonibus_infantium01

長細いのはタダの繊維屑だろうし、右側に3つ描かれているのは古いニクダニ類の死骸だろうと思う。ようやく魔女狩りが下火になった17世紀終わり頃だし・・・しゃーないですわな。

会社からダニ検査の研修を受けさせられていた頃、ダニの破片発見!といって指導の先生にみせる度に、どれもこれもカーペットのラテックスの微少な破片とかフケだったりしてへこんだ日々を思い出した。


フタヅメシラミダニのなかま

2014-02-23 15:32:42 | 自然観察
落ち葉の中から、コウセンマルケシガムシというとても小さなコウチュウを取り出してみていたら、さやばねの下に「ダニ玉」をみつけた。
Photo
体長約0.16mmの微小なダニが、球状に密集して付着していた。ダニ玉は約60個体で成っていて、個体ごとの胴体の膨れ方は様々だが、みんなメスだった。
Pavania_sp01
前体部が細く、後体部が太くて丸いので、コナダニ団 Astigmatina(ササラダニ目)のようにもみえるけど、ムシツキダニ団 Heterostigmatina(ケダニ目)のフタヅメシラミダニ科 Dolichocybidaeという馴染みのないグループに含まれる。
第I脚からIV脚の各基節板に3対ずつの剛毛があり、III脚とIV脚には脛節のソレニジオン(感覚毛)を欠く、前体部はその幅より長さが少し上回るなどの特徴があれば、Pavaniaという属になる。旧北区において本属は、タマオシコガネ類とかセンチコガネ類などから数種が知られている。日本産の種に関しては、まったく整理されていない模様。
Pavania_sp02
小さなガムシから見つかった種は、II脚基節板の剛毛が2対だが、他の特徴は合致するので Pavania sp. と考えた。ダニが付着していたガムシの腹背板は、わずかに変色したスポットがみられたので、これは寄生といえるのではないだろうか。
昆虫に付着するダニは、面白いものが多いと思う。「A Manual of Acarology」第3版の図で見ただけだが、フタヅメシラミダニ科に近縁ながら、カンブリア紀のアヤシイ動物みたいなカタチで、とてもダニには見えない種もいる。
ソイツはクロタロモルファ科といって,マメゴモクムシみたいなのに寄生してるらしいって話なのだが、ホントのところはエディアカラ砂岩から抜け出してきたナメクジの仲間に過ぎないだろうと密かに思っている。
Photo_2

南米産乾燥ミズゴケを篩にかけてみた

2014-02-07 23:59:00 | 自然観察

異国のカメムシの死骸が付着していた乾燥ミズゴケ。他にもなにかいないか調べてみた。
篩にかけてみるとおびただしいササラダニ類の死骸に混じって、カメムシっぽい若虫の死骸が3つ、脱皮殻が6つほど落ちてきた。成虫は翅1枚だけしか追加できなかった。

無論、この仲間を直接みたのは初めてで、確信を持っていえるはずもないが、ペロリディウムの若虫だと思う。鞘吻群の簡単な解説なら、『昆虫の分類』(素木得一, 1972)や、『昆虫分類学』(平嶋他,1989)などで読むことができるが、短い文章なのに私には理解できなかった。

実際に見たほうが早そうなので、鞘吻群とはいかなるカメムシであるのか、拡大して少々観察してみた。

体長2mmの若虫。薬品処理で中身を溶かしている。ペラペラに薄いムシで異質な雰囲気があるとはいえ、背面から眺めているだけでは、わざわざヨコバイ亜目やカメムシ亜目から分けるほどの違いは分からない。
Peloridium_01





体長2.5mmの脱皮殻。短い触角は3節で頭部の下面に隠れている。脚も短かくて。ツメは小さい。
Peloridium_02
Peloridium_03

腹面から口吻をみると、カメムシ亜科と同様な形に見えるが、よく見ると変。細い口針は頭部から伸びているのに、口針を支える口吻のほうは、前胸腹板 から生じているようだ。頭部と胸部がちゃんと分離しているのに、その双方から口器を構成している器官が発達するという点は、やはり独特である。脱皮直後の口針がどんなふうに鞘におさまるのか見てみたいものだ。

ミズゴケからナンキョクブナと思われる枯葉も出てきた。ひょっとしたら自然豊かな場所で、大規模にミズゴケを採集しているのかも知れない。ウチの近所の酸性湿地などでは、ミズゴケが剥がされた場所はなかなか元に戻らないけれど大丈夫なんだろうか?そういえば、ミズゴケってそこら中の観賞用植物の鉢とかにやたらとみかけるので、世界中での需要は大変なものなのだろう。

Nothofagus

ペロリディウムは、南米大陸南端に位置するチリ領ティエラ・デル・フェゴのナバリノ島で採集された標本に基づいて記載されている。
ティエラ・デル・フェゴといえば、ダーウィンの『ビーグル号航海記』を思い出した。ダーウィンが嫌悪感と哀れみの目で見ていた先住民の土地である。日本人と似た風貌で親近感がわくヤーガン族だが、その後の彼らの悲惨な運命は、よく知られるところだ。

ミズゴケを取り巻く世界について、様々な想像をした。
子供を学校に通わす金をつくるために、ミズゴケを集めているお父さんたち。
赤ちゃんの天然使い捨ておむつとして、乾燥ミズゴケのカタチを整えるお母さんたち。
ミズゴケを圧縮加工している工場。
山積みの乾燥ミズゴケブロックを運ぶオンボロ・トラック。
ラン栽培業者がミズゴケを栽培プランターに敷き込んだりしている世界中の温室。
温室から出荷されたコチョウランを頭につけて、幸せそうに笑ってる結婚式場の新婦さん。
先進諸国の華やかな場所の片隅に置かれたフラワーポットの中で、ミズゴケに付着したまま沈黙しつつ肥料と化すたくさんのペロリディウム。
減少するミズゴケ群落。でもコケなんて無限に生えてるのだから問題ないだろうと思ってるお父さんたち。
でも、来年あたりはもう少し遠くに行かないといけないかもしれない。
etc・・・。


園芸店で南半球のカメムシを買う

2014-02-02 13:27:14 | 自然観察

園芸店に、花の鉢を買いにいって思わぬムシと対面した。

南米産のミズゴケ乾燥ブロックをなんとなく眺めていたら、ポリ袋の隅にある3mmほどの暗褐色のゴミが目に止まった。
カタチが虫っぽいと思って、ポケットからルーペを出してのぞいてみた。
ものすごくアヤシイおっさん・・・。

「コケのカメムシ」ファンとしてはウレシイことに、ネットで画像を何度かみかけたことのある変わったカメムシのボロい死骸だった。袋の向きを変えて、ゴミを動かしてしまうと、二度と確認できなくなりそうな位置に挟まっていた。

袋の端にあるゴミが動かないようにしながら、ミズゴケをレジにしずしずと持っていって購入した。もちろん、ミズゴケを使う予定なんかまったくありはしない。異物欲しさに商品を買うという状況は、どう考えてもオカシイがしょうがない。
「袋いりません。テープだけで結構。」と会計をするときにも、商品を受け取ろうとするレジの女性に、手渡さないで抵抗しつつ頑張った。もうただの不審者。

Peloridium_2

南半球の「コケのカメムシ moss bug」については、いくつかの専門サイトやデータベースでの情報がかなり多い。「Coleorrhyncha Species File (Version 5.0/5.0)」や「Wikipedia」で文献をたどると、どうやらこの個体は Peloridium hammoniorum Breddin, 1897 の短翅型のようだということが分かった。
P. hammoniorumは、この仲間にしては珍しく長翅型の飛べる個体もいるとのことなので、たぶん普通種なのだろう。

ウィキとかの文献にある新しい高次分類はよく分からないものもある。Heteropterodea (= Prosorrhyncha;日本語では何?)を亜目とすると、その下に鞘吻下目(Coleorrhyncha)とカメムシ下目(Heteroptera)がくるということになるのだろうか・・・。なんだかややこしい。

ミズゴケのほうは、時間を作って少しばかり篩にかけてみようと思っている。ひょっとしたら、面白いダニとかが出てくるかも知れない。
あとは、さらにニュジーランド産のミズゴケをネットショッピングとかでポチったりしないように気をつけなければ。


冬の夜に部屋を歩くクモ

2014-01-04 23:19:09 | 自然観察
昨年末のコト。夜中の1時頃、自宅で寝床にはいり眠りかけていると、枕元でかすかな音がしたような気がした。
そっと起き上がって電灯を点けると、けっこう大きめのクモが歩いていたので捕獲した。
Coelotes_insidiosus
実はこの種類のクモ、2~3年に1回くらい、決まって冬の夜、部屋の中で見かける。
Syokusi_2 
調べてみると、シモフリヤチグモの雄のようだ。保育社の原色日本クモ類図鑑にも、雄は家屋の中に入ってくることがあると、ちゃんと書かれていた。
なんでまた、家の中なんかに入ってくるのだろう?
異物検査でも、トタテグモの仲間の雄をみたことがあるので、雄が放浪するクモは珍しくないのかもしれない。
予測できない遭遇をしやすいというのは、クモを不快たらしめている理由の一つといえるかも知れないが、クモの方もヒトなんかと遭いたくは無かろう。
ウチの娘も小学生低学年の頃、何の警戒もせずに歩いていた通学路の途中で、いつのまにか陣取っていたジョロウグモの巣にひっかかり、振り払っても振り払っても頭に登ってこようとするジョロウグモにパニックを起こしてしまったそうだ。以来、どんなに小さなクモもダメになってしまったといっている。

ホラー映画でも、クモが重要な役回りになっている作品はやたらと多い。「ホビット」には恐ろしい敵として登場するし、時代劇でも焼津の半次がクモ嫌いとか、フィクションとクモの関係を語り出すと切りがない。クモ登場作品の多さは、世界はクモ嫌いで満ちているということの反映なのだろう。

心理学者や神経生理学者にとっても、「クモ恐怖症」は興味深い研究テーマとして研究例が多いようで、昨年もどこかの大学がクモ嫌いな少女を募集していて話題を集めていた。
6本脚の昆虫をあつかう研究者でさえ、脚が2本増えただけのクモを嫌いな人が多いという研究*がある。アメリカの昆虫学者41人へのアンケート結果をまとめて、クモへの不快感は何に起因するのかが考察されている。
古くからいわれている、脊椎動物なら感情移入できるが、体構造が異なり過ぎる生物には感情移入できないので不快とする説明は、少なくとも昆虫学者には当てはまらないようだ。幼少期の原体験とか、いろいろな説明が試みられているが、クモへの嫌悪感は結局不可解なところがあるとしている。
*Vetter, R. S. 2013. Arachnophobic Entomologists: When Two More Legs Makes a Big Difference. Amer. Entomol. 59: 168-175.
(この論文は無料で読める)
著者が提示した無脊椎動物と脊椎動物を取り混ぜた動物30種類についての好感度ランキングは、少し可笑しい結果になっていた。
1.チョウ,2.トンボ,3.テントウムシ,4.イルカ,5.ミツバチ,
6.イモムシ,7.イヌ,8.カエル,9.ウマ,10.トラ,11,ライオン,
12.ウサギ,13.ネコ,14.タコ,15.クマ,16.リス,17.ミミズ,
18.ヘビ,19.ハツカネズミ,20.ハサミムシ,21.ウナギ,22.サメ,
23.ナメクジ,24.ゴキブリ,25.ウジ,26.サソリ,27.ドブネズミ
28.カ,29.クモ,30.マダニ
愛らしい昆虫の代名詞みたいなテントウムシが3位で、2位がトンボって何?(日本人の昆虫学者の著書で、欧米ではトンボは魔女の縫い針とかって呼ばれて嫌われてるという話を読んだことがあるので意外)
信じがたいのが6位のイモムシ。アメリカでポケモンのキャタピーが人気ってきいたことがあるけれど、本当かも。
クモが29位で、マダニが最下位なのは順当だろう。
チョウが1位で、不快さが少ないというのは、逆にナゼなんだろうという気がした。
「生き物の不快さ」について、生物学者の視点から分析を試みている研究は少ないと思うので、この問題を常日頃考えることが多い害虫屋にはとても興味深い話だった。

個人的には、クモを十把一絡げに好きとか嫌いとかいえない。
ハエトリグモ類はみんなカワイイ。
アシダカグモは嫌いだ。
芸術的アニメ「くもとちゅうりっぷ」のクモに、同情を感じない虫屋はいないだろう。
クモなんて平気といいつつも、心の深いところで違和感のようなものを感じることもある。その違和感が大きくなれば、きっと不快になるのだろう。不快感のメカニズムには、とても興味があるけれど、もしも脳内で分泌されている物質によるエラーみたいなものだなんて結論になったりでもすれば、脳に対して著しい不快感を感じることになりそうだ。
Photo