害虫屋の雑記帳(ブログ人の保存版)

ブログ人のサービス停止に伴い、gooに過去記事を保管させてもらうことにした。

ケナガコナダニ属を調べてみた(2)

2013-04-22 23:58:48 | 自然観察

暖かくなって、業務対象のムシたちが活躍してきているが、ケナガコナダニ類の観察は断続的に実施中。

ケナガコナダニ Tyrophagus putrescentiae は、とても小さくて柔らかく、ドコが害虫なのか分からないくらい弱々しい。
刺すわけでもないし咬むこともない。アレルゲンっていっても、一般的な日本の住環境であれば、一時的にしか発生しないので、医学的な問題の原因として重要ってコトもない。
それでも、過去には人体内から検出例が多かったり(そのほとんどは検査器具の汚染と今では考えられているけど)、鉄筋コンクリート集合住宅が流行りだした昭和時代後期には、畳が動くコナで覆われるなんて問題が続出したので、旧厚生省が昭和63年に殺ダニ剤の供試虫として通知を出したりしている。つまり、衛生害虫として公認されたのは割と最近である。

ダニ類はプレパラートにしないと特徴が観察できないけれど、薄膜の袋に脚と毛が生えて歩いているみたいな種が多いので、処理の仕方しだいで色や形がずいぶん変化してしまう。
不出来な標本になってしまうと、まったくナゾの生物に見えたりする。何でもない種をコレは珍しい種か!などと勘違いしたりして始末が悪い。
偉い先生の記載でもシノニムが多かったりするのが、ケナガコナダニの特徴の一つになっている。

そういうわけで、オオスズメバチの巣から現れた(らしい)ケナガコナダニ属の一種(以下ケナガsp.と称する)が、どこか違って見えたという件も、我ながらきわめて疑わしいといわざるを得ない。
そもそも、なにを根拠に違ってるなんて思ったのかというと、脚が暗い色をしているような・・・というくらいのとても曖昧模糊とした印象があっただけだ。

さてケナガコナダニ属の種までの検索は、
1.眼斑(胴体の先端近くの背面側方に一対ある暗色の丸い模様)の有無、
2.背中側の毛の長さ
3.一番前にある脚にある第1感覚毛(ω1)というチョット変わった毛の形
・・・etc.
というあたりで区別するようになっているので、それらの特徴を確認してみた。

とりあえず、背中の毛の長さを測ってみた。ナガコナダニ属の場合は、特に第2背剛毛(d2)が第1背剛毛(d1)の何倍くらいかということが区別点として重視されている。
写真を撮って、定番フリーソフトのImageJを使用して、背中の毛をカチカチと地味にマウスでなぞっていくという作業。
ケナガsp.の雄はこんな感じ。
Tsp_d1d2
ケナガコナダニにソックリというと、オンシツケナガコナダニT. neiswanderiがいて、d1とd2の比が 1.4-2.1らしい。ケナガコナダニは1.9-3.4。
ケナガsp.は2個体計ったが2.8-3.5だった。ケナガコナダニの範囲内。

念のためにケナガコナダニの雄も1個体計ってみた。
D1d2
だいたい3.0くらいで、ちゃんとケナガコナダニだ。コレが変だったら、過去におこなった生物試験は何だったのかってコトになるので、ホッとした。

他の形質も順次みていくことにしよう。


ケナガコナダニ属を調べてみた(1)

2013-04-16 23:58:27 | 自然観察

活動中のスズメバチの巣盤は、高度に清潔な状態が保たれている。どの働きバチも掃除が大好きみたいだ。妙な侵入者が入り込まないように警戒も怠りない。

ウチのヨメも家の中の掃除が大好きだ。掃除機の音が迫ってきたら、他の家族たちは捨てられなくないものを握りしめて逃げ惑う。
そして、いかなる微小な昆虫の侵入についても、ためらいなく無慈悲な攻撃を加えるあたりは、巣に刺激が加えられたときの怒れる働き蜂をホウフツとさせる。

ということは、スズメバチの巣の中というのは、数百個体のウチのヨメが活動しているような環境といえるだろう。
住みたくねー・・・スズメバチの巣・・・。

他種属への不寛容さにおいて、ムシ嫌いなヒトの女性と、社会性昆虫の労働・兵隊階級の個体が示す奇妙な類似性については、稿を改めて論じるかもしれないし、論じたくないかもしれない。

駆除業務で回収してきたコガタスズメバチや、キイロスズメバチの巣盤は、洗浄して洗い水を濾してダニを探したりすることがあるが、稀にマヨイダニ科が出てくるくらいで、奇妙に思えるくらいダニが少ない。
放棄されてハチがいない状態の巣になると、ようやくカビを食べるホコリダニなどが現れるが、それでも特異なダニを見かけることはない。

オオスズメバチの放棄された巣は、いろいろなコナダニ類がみつかるが、これは湿度が保たれやすい土の中にあるためだろう。
通常みられるのは、ミズコナダニ属Schwiebeaやツキナシダニ属Acotyledon。ツキナシダニ属とはあまり聞き慣れないが、「ダニ学の進歩」(大島司郎 ,1977)で使用されていた和名で、以前、当ブログでムクロコナダニ属とかっていいかげんに呼んでいたのと同じ属。完全に見落としてたので、今後はツキナシダニと呼ぶ。

先日、ツヤムネハネカクシの一種が羽化してきたオオススメバチの廃巣には、ケナガコナダニ属もたくさん発生していた。ただ、これは部屋の中に湿った小汚いモノを置いておくと、いつの間にか湧いてくるいつものヤツだろうと思って重要視していなかった。
つまり、もともと室内にいるダニに汚染されたのだろうと考えていた。
しかし、実体顕微鏡で歩き回っているところをみていると、なんとなく違和感がある。

このムシ屋の直感的なモノは大切にすべきという研究者もいるが、残念ながら、私に関しては「ただの気のせい」であることが多い。

ケナガコナダニ?な種をプレパラートにしてみた。
やはりどことなく、ただのケナガコナダニTyrophagus putrescentiae と違うような気がする。
このダニの形態を詳しく観察してみることにした。今後、何回かにわたってブログのネタにしてみる。
Tyrophagus_sp


コンテナの堀

2013-04-15 09:11:26 | インポート

ケナガコナダニ属 Tyrophagus のダニは、あっという間に増える。
近頃は住宅で問題になる事例が減ったが、今でも、のっぴきならない事情で急設されたコンクリート住宅などでは、畳にカビが生じたあとにケナガコナダニが現れる。
私は、納品されたときの畳に非はないと考えているので、尻ぬぐいを押しつけられがちな畳屋さんには同情を禁じ得ない。
この問題は、建物の工期、住まう人の生活方法、湿気に弱い床材や内装材といった要因が不幸な出会い方をしたということにつきる。

住宅内でみられるケナガコナダニ属は、いくつかの種が報告されているが、私はケナガコナダニTyrophagus putrescentiae 以外の種を確認したことはない。
同定が困難な近似種がいくつかあって、文献を読んでもよく分からない。分類学の世界にも「バカの壁」というものが存在していて、私に越えられない線がありそうな気がする。

ちなみに職場で飼育している個体群は、25年前に某大手製薬会社から分与された由緒正しいもの。当時に作成したガムクロ封入標本は、今見直すとやはり長期保存はできないという悪い見本となっていた。結晶世界・・・。
Tp

あっという間に増えるという属性は、調べる上で標本に不自由しないという利点もあるが、野外のダニ類を調べるとき、室内にいるダニと混じったりしないかという心配のタネにもなる。

野外からの採集品、たとえばハチの廃巣や、枯れ草などを室内に保管して、コナダニ類を集めるときは、「実験汚染」に十分に注意しなければいけない。ケナガコナダニは室内塵などで普通に検出されるので、カビの生えた資料を保管して観察していると、いつの間にやら部屋の隅にいたヤツが、飼育容器に侵入してしまい大発生なんてことが起こりがち。

そこで、容易に外部からダニ類がやってきて、採集品で増えたりしないように工夫が必要になる。
小さなものであれば、ビニール袋に入れて口を堅く縛っておけばいい。
大きなものを保管するときは、二重容器を準備して中箱と外箱の間に水を浅く流し込み、中性洗剤を数滴混ぜておくというやり方もある。
Photo

こうしておくことで、野外からの採集物からコナダニが現れた場合は野外種と考えることができる。
最近頂いたオオスズメバチの廃巣のケナガコナダニは、この辺の配慮がされていなかったので悩むところだが、どう考えても野外で増殖していたという気がするので標本を作って確認中。

ケナガコナダニの文献を渉猟中、学名の経緯を確認するために古文書が保管されてる Biodiversity Heritage Libraryのサイトものぞいてみた。

1781年にケナガコナダニT. putrescentiaeを記載したSchrankという方の図版は、ものすごくテキトーだ。とても画力が高かった人らしいが、見えてないモノをムリに描いているフシがある。もーなんかまるで分からない生き物だ。
Schrank_02

時代が時代なんだからしょうがないだろうけど、さらに古い時代の1693年に、レーウェンフックが、家のなかには何かワカランが変なのがいるなーって面白がって描いたスケッチは、驚くほどリアルでどうみてもケナガコナダニっぽい。
Leeuwenhoek1693

黎明期の顕微鏡は意外とよく見えたらしい。多分、Schrankはレーウェンフックの顕微鏡を使っていないのだろう。もしも記載に、もっと細密な図版が残されていれば、後世の分類学的な混乱は幾分マシになっていたに違いない。

Schrankさんの英語版ウィキに載っているお顔は、あまり親しみが持てない。
https://en.wikipedia.org/wiki/Franz_von_Paula_Schrank
「ワシの絵を見て分からんヤツは説明しても分からんわっ!」なんていってそう。


暴風雨の合間

2013-04-06 23:58:44 | 自然観察

雨が途絶えたので慌てて帰宅。
仕事が溜まっているが、電車が止まるとかなわない。
公園を横切るとき、濡れたアスファルト一面に散った桜の花びらがなんとも幻想的だった。

Dsc0027b

帰宅後、Biodiversity Heritage Libraryのサイトでダニのことを調べていて、ひょっとしてハネカクシの古典もあるのではと思い、調べてみるといろいろあった。
Wilhelm Ferdinand Erichsonという超有名(らしい)な学者が執筆して、1840年に出版された「Genera et species Staphylinorum insectorum coleopterorum familiae」 を閲覧してみた。

チビニセユミセミゾハネカクシの古い名前をたどるとTrogophloeusという属のところに載っていた。
19 T. exiguus: Subcylindricus , niger, subtilissime cinereo -pubescens,
antennis palpisque concoloribus, pedum geniculis tarsisque piceis, thorace oblongo, basin versus angustato, convexo, dorso obsolete foveolato.
? Long. 2/3 lin.

ラテン語で書いてある・・・。グーグル翻訳してみる。

「19 T.小さい、やや円筒形の、黒、グレー思春期、微妙に、
バックobsoletely foveolato MATCHING palpisqueヤード、足、膝tarsisqueトウヒ、胸部、楕円形、基部に向かって先細り、凸。
  - ロング。 2月3日停止します。」

グレー思春期ってのがなにか心に響く。混沌としたやり場のない何かなんだろうなきっと。


ハネカクシぐるぐる

2013-04-05 23:59:00 | 自然観察

ここのところ捕虫器などで捕れたハネカクシ類の標本を眺めていることが多かったが、結局のところ解明できたコトはとても少なかった。もとより、極めてお粗末なコレクションと、断片的な文献しかない状態で、まともな結論が得られようはずもない。

とはいえ観察することと、採集すること、標本を作ることを続けていれば、ある日突然、ピッタリはまるパズルのピースも少しくらいはでてくるだろう。

気持ちを新たにハネカクシ類に向かい合ってみるが、あいかわらずドコにはまるのかまったく分からないピースばかりと。

数日前からAcleris氏が採集したオオスズメバチの廃巣(底部のゴミ堆積部分)より、どんどんハネカクシが羽化してきた。
ツヤムネハネカクシの一種Quedius sp. とした。
頭部が大きいのと、普通な感じの2タイプあって、雄と雌としか思えない。この属ってこんな性差があったのか?ナゾだ・・・。
(2014年6月9日追記:この記事に掲載した標本は、ある専門家のもとに全てお送りした。日本のハネカクシ相解明に微塵でもお役に立つようであれば、大変喜ばしいのだが・・・)

おおあごの歯は左右不対称。幼少期にクワガタからムシの趣味に入った者としては、おおあごはグバアァァという感じで広げて標本にしておきたい。
メッチャ喧嘩っ早くて、すぐお互いのふ節などを食いちぎり合う。飼育は私にはムリっぽい。

Dscn0312

写真ひどすぎなので、雄だけ撮り直し。

Quedius_vespa_nest01_2

こりゃみんな、ふ節がなくなるわ。
Quedius_vespa_nest02

雄の交尾器はトングのような形で何かをはさむ構造になっていた。
Quedius_vespa_nest05