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害虫屋の雑記帳(ブログ人の保存版)

ブログ人のサービス停止に伴い、gooに過去記事を保管させてもらうことにした。

飛ばない小さなムシ

2013-11-18 21:06:00 | 自然観察

何のタメに誰のタメになのか、やってるうちにだんだん分からなくなることも多いけれど、ムシを標本にするとき、図鑑や専門紙の図版にあるようなカタチに近づけるようにできるだけ心がけている。
脚を左右対称に広げて、触角は伸ばした状態にすることで、少なくとも図版との絵合わせはしやすくなる。

甲虫の場合は図鑑によって脚の広げ方が異なっていることがあり、なにやら流派のようなものがあるようだ。
ムシの標本自体、一般的には不快の念をもってみられがちではあるが、かような世界にも生け花か何ぞのような様式美があると私には感じられる。

伝統的様式美に忠実であることはドえらく七面倒なので、つい「もうええやん」モードで標本をつくることも多くなってしまう。イイカゲンに台紙に並べられた微小甲虫たちは、あたかも干からびて丸まったクモのごとき様相を呈することになる。

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2週間前ほどに豊岡市の国道脇で、枯れ草叩きで採集した小さな甲虫も、自然に干からびた死骸のまま標本にするつもりだった。ケシマキムシの一種とヒメクビボソハネカクシの一種である。
勉強中のグループなので、やはり交尾器を観察できるように抜いておかないと先に進めないし、脚も整えとこうと考え直した。Sp01




普通、小さな甲虫の体内組織から交尾器を取り出すのに、専門家は水酸化カリウムの水溶液を使用することが多い。
今回は、タンパク質分解酵素を使用することにした。酵素といっても洗濯用の粉石けんを溶かした上澄みに過ぎない。
「アメリカ版 大学生物学の教科書 第1巻」によると年間500トン以上のプロテアーゼが洗濯用洗剤に添加されているとのことなので、そんなに生産されているものなら、ムシごときに使うなどモッタイナイと目くじらを立てるひとはいないだろう。
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タンパク質分解酵素は死骸の関節がとても柔軟になるけれど、体内の柔らかい組織が溶出しすぎることが問題。たとえば複眼とか前胸が透明になりすぎることがあり、なにやらカッコ悪い標本になりやすい。
トロトロに溶かしても節間膜(体のつなぎ目)はしっかりしているので、脚を引っ張って、濡れティッシュの上で死骸の姿勢を整える。このときに一度水で体表の溶出物を除去しておかないと、ティッシュに糊付けされたようになってしまい外れなくなる。乾燥したらティッシュから台紙に移すという段取りである。

ケシマキムシ不明種には、交尾器を取り出すためにバラバラになってもらった。柄付き針2本を相互にハサミのようにこすり合わせて、腹背板の片側を切断してめくり、内部の交尾器を取り出した。

ヒメクビボソハネカクシ不明種の交尾器は、エイリアンの頭部のような形状で体外に一部が露出しており、交尾器腹面側の小さな穴に針先を引っかけて引っ張るとスルリと外れた。
Sp01_2


標本にしてから分かったことだけれども、今回標本にした微小甲虫は、みんな後ろばねが小さくて飛べない種だった。つまりライトトラップに飛んでくる仲間ではないので、害虫管理的な業務との接点が少ない標本ってことになる。

現時点で入手できた日本産ケシマキムシ類の資料には、建物の灯火にも飛来することがある種が主に記録されていて、後翅の発達が弱い小型種というものは見つけられなかった。

ヒメクビボソハネカクシ不明種の後ろばねも面白い。
Scopaeus_sp02


ハネをたたんでカクしているけれど、それは実は飛べないハネ。
そんな後ろばねには、さらにいろんな秘密が隠れている気がする。


カメカメ波

2013-11-04 23:50:29 | 自然観察
Photo
 
日だまりになった家の壁に、ぽつぽつとマルカメムシとかクサギカメムシがとまっているのをみかけるコトが多くなった。冬ごもりにいそしむムシの姿は、深まる秋の風情といえなくもないが、カメムシの臭気のことを思うと少々憂鬱な光景だ。
 
 
カメムシ臭にはオヤジ臭と共通成分があるといっても、私はカメムシの集団に加わりたくはないし、一つ屋根の下で仲良く越冬したくもない。
 
 
日中盛んに飛来する成虫は、建物にたどり着くと暗い隙間に潜りこもうとする。このため食品工場などでは、カメムシ類が異物混入の原因になることさえある。
 
 
仕事上でも、異物として問題になったヒメナガカメムシの一種(Nysius sp.)と、何度か出くわしたことがある。
 
ヒメナガカメムシ属 Nysius は、市街地の草むらなどでも普通にいて、場所によっては個体数がずいぶん多いけれど、種までの分類となると私にはムリ。
 
 
それでも、今じゃ日本原色カメムシ図鑑第3巻(2012)のおかげで、どういうポイントで見分けたらいいのか分かるようになった。ありがたいことだ。
 
 
 
先日、食品工場(兵庫県豊岡市)の換気扇防塵ネットに付着していた個体は、体長3.5mmで前翅革質部前縁が淡色なので、ヒメナガカメムシ Nysius plebeius だろうと思う。
 
Nysius_sp01


3巻でちょっと気になったのが、plebeius がミッドウェーにも分布するって記述のあたりだけど、Ashlock(1963)の palorの記載とか、その後のNishida & Beardsley(2002)によるミッドウェーの昆虫リストなどをみると、plebeiusの分布については否定的なカンジだ。
Wikipediaによると、Nysius属は世界に約106種いて、その約4分の1にあたる26種がハワイ諸島に生息しているらしい。
特にスゴイと思う種は、ハワイ島の標高4000mを越える溶岩のガレ場にいる2種のNysius(無翅種)、英名はwekiu bug(テッペンカメムシと訳したい)。
休火山のマウナ・ケアには N. wekiuicola がいて、生命の存在を許さないような活火山のマウナ・ ロアでも N. aa(あーあーと読むみたい)が近年発見された。
ハネのないヒメナガカメムシが、草も生えないガレ場でナニを食べてるのかというと、上昇気流とともに運ばれてきて力尽きた昆虫類を主な食物にしているそうだ。日本産の同属の種は、イネ科雑草の種子から吸汁してる姿しか知らないから意外。

マウナ・ケア山頂は、カッコエー天文観測施設が建ち並んでたり、観光地化が著しくて生息環境はヤバイらしい。最近は、追い打ちをかけるように移入種のゴミムシが2種入りこんでるという研究もあり、将来どんな昆虫相になるのやらって心配されている。

日食とかになると、テレビに国立天文台ハワイ観測所が映るけど、背景の岩陰にいるようなチビこいカメムシに思いを馳せる視聴者はいないだろう。
でも、日本が作った科学発展のための建物が、貴重な生物にどんな影響を与えることになったのかってコトは、多少なりとも関心を持つべきかも知れない。

なついてくるハエ

2013-09-21 23:26:00 | 自然観察

ツメダニなんか決して落ちてこないと分かっていても、死んだ小猿を抱える母猿のごとく、採集してきた枯れ草のカタマリを未練たらたらイジっていると、体長5mmくらいのハエがふわっと草の中から現れた。

どの虫も明るい窓側へ飛んで逃げるのに、ソイツは暗い側に立つ私の腕に止まった。
繰り返し追い払っても、戻ってきて腕に止まる。
人間になつくとは、変わったハエである。
一瞬、人と虫のユウジョウ!とか考えた。
でも室内を飛び回られると他の部署から苦情がでるので、カワイソウだが毒ビン行きだ。

死んだ個体を同定してみると、インドサシバエ Stomoxys indicus Picard, 1908 だった。神戸市北区有野町にも、こんなハエがいるのか。
腐った枯れ草で発生するとは知らなかった。カラダがかたまってなかったので、乾くとヘロヘロな標本になった。
このハエが人を刺すのなら、貴重な体験を逃してしまったことになる。Stomoxys_indicus_01


Stomoxys_indicus_02_2

参考文献:原色ペストコントロール図説第Ⅲ集(1990)


コウチュウはどこへ飛んでいくのか?

2013-09-20 23:55:00 | 自然観察
簡易ツルグレンにはいらない虫も落ち続ける。
腐った枯れ草からこんなに多くの甲虫が落ちてくるとは思わなかった。
 
ただ、ほとんどは幼虫で、ハネカクシ、ミジンムシ、キスイムシ、ホソヒラタムシなどなど。
 
ひとつひとつの幼虫を記録しつつ全部を育ててみたら、さぞや興味深い資料ができることだろう。甲虫の幼虫の研究は、一部の分類群を除いて多くない。
 
ムクゲキノコムシの一種の成虫は、水盤に落ちて少しとろけた感じになっていたので、分解して後胸背板と後ろばねだけを取り出して標本にしてみた。
Ptiliidae_sp01_3
後ろばねには縁毛が発達していて、膜構造ではなくなっていることは有名だから知っていたけれど、透過光観察してみたのは初めてだった。
 
思ってもいない構造が随所にあり、ハエの縁毛みたいなのを想像していたが、見事に予想外な形態だった。
 
未熟な成虫では、さやばね越しに後ろバネが黒く透けてみえる。
 
キレイにたためているわけだ。どうやってたたんだのだろう?毛と毛が水分でくっついたり、からまったりしたらどうする気なのだろう?
Ptiliidae_sp

Ptiliidae_sp03_2
造形美。
Ptiliidae_sp02_2
Ptiliidae_sp04_2
翅の基部の可動部も、説明できないけれど面白い。羽ばたくときピンと伸びるような複雑な仕組みが隠れている。

微小昆虫ではこういった羽毛状の翅がよくみられるとはいうけれど、同じサイズで普通の膜状のハネを持っている昆虫だって少なくない。
あたかも、有用な構造を発達させる進化エンジンがあるようにさえみえるけれど、いったい実際のところどういうコトなんだろう?
 

甲虫は、おそろしく種分化が進んでいて、学者たちはあらん限りの知性でもって分類やらなんやらしているわけだけれど、本当に我々の科学の力でコイツらの勝手し放題な存在の仕方に、説明がつくのかどうか少し不安。ソーゾー説とかに走る気もないけど。

ヒメツメダニ属の最普通種

2013-09-17 00:32:10 | 自然観察

大阪や兵庫の野外で、もっとも普通にみつかるツメダニの一種を同定してみた。
野外にしかいないと思っていたけれど、食品工場内でも採集できたので真剣に調べる気になった。

Cheletomimus_gracilis_01

Cheletomimus (Hemicheyletia) gracilis Fain, Bochkov and Corpuz-Raros, 2002 と同定した。小型(0.35mm前後)で背中にワヤワヤした剛毛がある種。

この属に含まれる種は、みな似たような外観なので本当にややこしい。幸いにも住宅室内で多発生することはなく、害虫相談業務において同定が必要となったことは今までなかった。
日本産土壌動物(1999)では、Hemicheyletia にヒメツメダニ属の和名があてられている。
いまのところ、日本で記録されている ヒメツメダニ属 Cheletomimusは、以下の2種だけ。でも今後もっと種数が増えるはず。
ウロコツメダニ Cheletomimus (H.) bakeri (EHARA, 1962)
ハマベツメダニ Cheletomimus (H.) wellsi (BAKER, 1949)


wellsiとgracilis は、体型や胴背板の内側にワヤワヤ剛毛が並んでいる点などでよく似ている。wellsiは、第I脛節の剛毛が4本(うち2本が扇状毛)で、gracilis は5本(うち3本が扇状毛)という違いがある。さらに、C. gracilisには 肛門付近の毛(a3)が扇状であるという特徴がある。この仲間は若虫と成虫の体表毛の形状が違っていたり、オス成虫の形態は多型的だったりするので、基本的に分類にはメス成虫しか使えない。
Cheletomimus_gracilis_02



Cheletomimus_gracilis_03

C. gracilisのタイプ標本はハワイでタマネギ(日本産)から採集されたらしい。
記載文では、本種の分布に日本を含めていなかった。今のところ、ハワイ、フィリピン、ペルー、ブラジルで記録されている。
採集の仕方に問題があるのかもしれないが、私が野外で採集できるのはコレばっかりで、枯れたタケやササ、ヨシの立ち枯れ茎からみつかる。ずっと前に書いたブログ記事でハマベツメダニとしていたのも実は本種だった。

参考文献(ネットで無料閲覧可能):
Fain A, Bochkov AV, Corpuz-Rarus LA. 2002. A revision of the
Hemicheyletia generic group (Acari: Cheyletidae). Bull Inst
Roy Sci Nat. 72:27?66.