昨年は行けなかった能生祭り。2年ぶりの訪問だ。天気が下り坂で、心配された。祭りの「お上り」が出発する区民会館へ行ってみると、挙行されるとのこと。宮司さんのご挨拶と柏手によりスタートする。
準備万端で、貝吹きによる「三番貝」で「お上り」が出る。
雨も少しずつ落ちてきたが、構わず行列は進んでいく。
境内に着くと、獅子舞連中に出迎えられる。
諸行事は粛々と進められていく。まず、舞台上では修祓。
そして拝殿前では「七度半の使い」も始まる。神使が白丁の持つ竹に先導され、社人のお出ましを待つ。
社人が出ると、口上を述べる。
7回述べた後、神使が黙礼すると、ヤーっという声とともに獅子舞が飛び出す。拝殿前でまず無音のままの舞。そして笛と太鼓が入り、しばらくすると舞い始める。そして「御神嚮」が開始される。
3基の神輿もゆっくりと進んでいく。
これが正午過ぎまで舞われる。途中から5人の稚児も列に加わる。
そして午前中のハイライト、「お走り」を迎える。これは、今までスローで進んでいた行列が、三の神輿につく社人・兵部に「神が乗る」と、ヤーという声とともに一斉に走り出す。
そして「御旅所」に神輿を走り入れるのである。
これが終わると「供神餞」となる。
六社人が板の上を往復して、拝殿から神輿へ供物を運ぶのである。
その後、境内の秋葉神社で「黙礼式」となる。大祭準備ができたことを案内するのだ。この時の使いは社人・大部で、秋葉神社前で挨拶(黙礼)が済むと社司と大部とがクルッとまわって占いをする。社人が早いと豊漁、社司が早いと商家繁昌なのだそうだ。
いつも、どっちが勝ったのかよく分からない…。
さて、神輿の前で「大祭」が済むと、いよいよ舞楽が始まる。
まず「振舞」。稚児二人舞。
舞台を清める意味もある、神聖な舞だ。
続いて「候礼」。稚児四人舞。
「振舞」と同じく、白い上衣に赤の袴が楚々とした雰囲気。
続いて「童羅利」。年少の五の戸による稚児一人舞。
身体には不釣り合いな感じの面は、能面風。
次いで「地久」。稚児四人舞。
最も格の高い舞。上衣はややクリーム色がかったものになる。
そして「能抜頭」。大舞一人舞。
赤と黒の縞模様が印象的。
続いて「泰平楽」。稚児四人舞。
大規模な舞。鉾や太刀をもって舞う。
中入り後、大舞二人舞の「納蘇利」。
双龍の舞ともいわれる通り、竜が戯れる様であるという。白地に赤と青、水色の縞模様が独特だ。
続いて「弓法楽」。稚児四人舞。
途中で矢を放つので、それを手に入れようとする観客のテンションが上がる。
続いて「児抜頭」。稚児一人舞。
これは、リーダー格の一の戸が舞う。何とも優雅に舞う。個人的には、清楚な雰囲気でしっとりとしたこの舞が感動的だ。そして舞台正面から、一の戸の両親が見守る姿もいい。
そして、稚児舞の最後「輪歌」は、二の戸から五の戸までの稚児四人舞。
手には花を持つ。可憐な舞だ。しかし、この舞の退場だけは、橋がかりを舞いながら楽屋へ入る。そして次の「陵王」に切れ目なく続く。
このとき、観客からは「がんばれ~」とか「まだまだ~」といった声がかかる。稚児舞の終わりを惜しむのと、陵王のお出ましをじらすかのようだ。「まだまだ」の声がかかると、稚児達は照れながら舞っている姿が愛らしい。しかし近年のお稚児さん、特に最後に入る二の戸の涙する姿を見かけるようになった。どんな気持ちで舞っているのだろう…。聞いてみたいものだ。
そして最後の演目となる「陵王」。
これは、何とも奇怪な陵王だ。全身真っ赤な衣で、中啓を右手に持つ。左はずっと剣印のままである。そして頭はシャグマ。橋がかりでの舞がほとんどで、舞台での舞の部分は少な目に感じる。大きな袖を広げるように舞うのも独特。
特に舞台上での前半の舞が終わる直前に「日を抱く手」がある。
日本海に沈む夕日を招き返すというものだ。何とも神秘的だ。これは「没日還午楽」と結びつけているが、現行の蘭陵王には似た所作はない。
ここで楽が一端休止し、舞台上での舞が始まる。ぴょんぴょんと跳ねる「カラストビ」や、足を一直線上に揃えて歩く「チドリガケ」といった所作がある。何とも修験道の匂いを感じさせる。
そして「テズテズを踏む」という所作の後、舞台から再び橋がかりに出て、舞いながら退場する。ここからは、観客が一体となって、楽屋への入るのを惜しむかのように、榊を橋がかりに叩きつけ、「まだまだ~」と、舞を続けさせる。あたかも「乱声」のようである。陵王はやはり憑依したところで、楽屋へ飛び込む。
すると橋がかりが外されて、御旅所から神輿を拝殿へ担ぎ込み、神様を下ろす。これが「お旅帰り」と呼ばれ、祭り最大のクライマックスである。
神様のいなくなった神輿は再び御旅所へ戻されるが、ここで神輿をあおる。境内の観客の高揚した声が「ヤッショーイ」の連呼になる。
これで舞台での祭りは終わりとなる。
テンションがマックスとなった境内も、さっと静かになって、稚児の「お下り」の行列となる。
能生祭りへは何回出かけただろう。初めておじゃました平成2年から20年以上。いつまでもお訪ねしたい祭りだ。
準備万端で、貝吹きによる「三番貝」で「お上り」が出る。
雨も少しずつ落ちてきたが、構わず行列は進んでいく。
境内に着くと、獅子舞連中に出迎えられる。
諸行事は粛々と進められていく。まず、舞台上では修祓。
そして拝殿前では「七度半の使い」も始まる。神使が白丁の持つ竹に先導され、社人のお出ましを待つ。
社人が出ると、口上を述べる。
7回述べた後、神使が黙礼すると、ヤーっという声とともに獅子舞が飛び出す。拝殿前でまず無音のままの舞。そして笛と太鼓が入り、しばらくすると舞い始める。そして「御神嚮」が開始される。
3基の神輿もゆっくりと進んでいく。
これが正午過ぎまで舞われる。途中から5人の稚児も列に加わる。
そして午前中のハイライト、「お走り」を迎える。これは、今までスローで進んでいた行列が、三の神輿につく社人・兵部に「神が乗る」と、ヤーという声とともに一斉に走り出す。
そして「御旅所」に神輿を走り入れるのである。
これが終わると「供神餞」となる。
六社人が板の上を往復して、拝殿から神輿へ供物を運ぶのである。
その後、境内の秋葉神社で「黙礼式」となる。大祭準備ができたことを案内するのだ。この時の使いは社人・大部で、秋葉神社前で挨拶(黙礼)が済むと社司と大部とがクルッとまわって占いをする。社人が早いと豊漁、社司が早いと商家繁昌なのだそうだ。
いつも、どっちが勝ったのかよく分からない…。
さて、神輿の前で「大祭」が済むと、いよいよ舞楽が始まる。
まず「振舞」。稚児二人舞。
舞台を清める意味もある、神聖な舞だ。
続いて「候礼」。稚児四人舞。
「振舞」と同じく、白い上衣に赤の袴が楚々とした雰囲気。
続いて「童羅利」。年少の五の戸による稚児一人舞。
身体には不釣り合いな感じの面は、能面風。
次いで「地久」。稚児四人舞。
最も格の高い舞。上衣はややクリーム色がかったものになる。
そして「能抜頭」。大舞一人舞。
赤と黒の縞模様が印象的。
続いて「泰平楽」。稚児四人舞。
大規模な舞。鉾や太刀をもって舞う。
中入り後、大舞二人舞の「納蘇利」。
双龍の舞ともいわれる通り、竜が戯れる様であるという。白地に赤と青、水色の縞模様が独特だ。
続いて「弓法楽」。稚児四人舞。
途中で矢を放つので、それを手に入れようとする観客のテンションが上がる。
続いて「児抜頭」。稚児一人舞。
これは、リーダー格の一の戸が舞う。何とも優雅に舞う。個人的には、清楚な雰囲気でしっとりとしたこの舞が感動的だ。そして舞台正面から、一の戸の両親が見守る姿もいい。
そして、稚児舞の最後「輪歌」は、二の戸から五の戸までの稚児四人舞。
手には花を持つ。可憐な舞だ。しかし、この舞の退場だけは、橋がかりを舞いながら楽屋へ入る。そして次の「陵王」に切れ目なく続く。
このとき、観客からは「がんばれ~」とか「まだまだ~」といった声がかかる。稚児舞の終わりを惜しむのと、陵王のお出ましをじらすかのようだ。「まだまだ」の声がかかると、稚児達は照れながら舞っている姿が愛らしい。しかし近年のお稚児さん、特に最後に入る二の戸の涙する姿を見かけるようになった。どんな気持ちで舞っているのだろう…。聞いてみたいものだ。
そして最後の演目となる「陵王」。
これは、何とも奇怪な陵王だ。全身真っ赤な衣で、中啓を右手に持つ。左はずっと剣印のままである。そして頭はシャグマ。橋がかりでの舞がほとんどで、舞台での舞の部分は少な目に感じる。大きな袖を広げるように舞うのも独特。
特に舞台上での前半の舞が終わる直前に「日を抱く手」がある。
日本海に沈む夕日を招き返すというものだ。何とも神秘的だ。これは「没日還午楽」と結びつけているが、現行の蘭陵王には似た所作はない。
ここで楽が一端休止し、舞台上での舞が始まる。ぴょんぴょんと跳ねる「カラストビ」や、足を一直線上に揃えて歩く「チドリガケ」といった所作がある。何とも修験道の匂いを感じさせる。
そして「テズテズを踏む」という所作の後、舞台から再び橋がかりに出て、舞いながら退場する。ここからは、観客が一体となって、楽屋への入るのを惜しむかのように、榊を橋がかりに叩きつけ、「まだまだ~」と、舞を続けさせる。あたかも「乱声」のようである。陵王はやはり憑依したところで、楽屋へ飛び込む。
すると橋がかりが外されて、御旅所から神輿を拝殿へ担ぎ込み、神様を下ろす。これが「お旅帰り」と呼ばれ、祭り最大のクライマックスである。
神様のいなくなった神輿は再び御旅所へ戻されるが、ここで神輿をあおる。境内の観客の高揚した声が「ヤッショーイ」の連呼になる。
これで舞台での祭りは終わりとなる。
テンションがマックスとなった境内も、さっと静かになって、稚児の「お下り」の行列となる。
能生祭りへは何回出かけただろう。初めておじゃました平成2年から20年以上。いつまでもお訪ねしたい祭りだ。
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