線翔庵日記



おまつり、民謡、三絃、名水、温泉、酒、そして音楽のこと…日々感じたことを綴ります。

行く年くる年

2015年12月31日 17時03分15秒 | 日々雑感
 2015年もあとわずか。月並みだが、ここのところ本当に月日の経つのが早いと思う。本当にそう思う。

 今年は、何といっても職場の異動が最大の出来事であった。


 3年過ごした松本市を去り、上田の実家へ戻ってはきたものの、職場は長野市だ。人生初の電車通だ。


 お祭りへはあまり行けなかったな。
 4月の新潟・糸魚川市の能生祭。


 5月の上田市真田町上原の三ツ頭獅子

 
 8月の郡上踊り&白鳥踊り。9月には白鳥の拝殿踊で踊りデビュー!


11月の富山・雄山神社の稚児舞

 出張はいろいろ行かせてもらった。はじめて行ったのは群馬県みなかみ町。千葉県千葉市。


 遠かったのは11月の大分県別府市。

 人生初の九州旅だったな~!

 環境が変わり過ぎた!というのが第一印象。今年を漢字1字で表すなら…間違いなく



 だと思う。

 来年はどんな年だろうか。いつまでも「変」では困る。少しは「翔」とか「躍」とか「幸」とかになってほしい。本当にいい年でありたいと願うばかりである。


 
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ひるがの高原のトウモロコシスープ

2015年12月29日 22時21分59秒 | 食べ物
 毎年、踊りに出かけている岐阜県郡上市。旧高鷲村のひるがの高原はトウモロコシの産地。今年の夏、白鳥踊りの帰りに買ってきた「トウモロコシスープ」を今頃思い出し、飲んでみた!



 容れ物をどうしようかな?と思い、今日はそば猪口にしてみた。


 ひるがの高原のトウモロコシはかなり甘いのだ。


 ああ…また、岐阜まで踊りに行きたいね。そしてまた、こんなお土産を運んでこよう!

 
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御用納め

2015年12月28日 23時01分48秒 | 日々雑感
 今までの職場では「御用納め」という言葉をあまりつかったことがなかった。世間ではこの言葉を聞くのだが…。今日は、「御用納め」の式があった。

 今年は異動であったので、現職場での初めての「御用納め」。ああ…長かったような、短かったような年であった。それにしても苦しい年であったことはまちがいない。

 仕事ががらりと変わった。変わり過ぎた感じだった。そして慣れない。あまりにも慣れない。上司の言っている言葉が分からな過ぎ。意味が分からない。迅速な対応どころか、自分の中の効率が悪すぎだった。


 通勤ががらりと変わった。電車通になった。そして慣れない。あまりにも慣れない。上田から長野までの通勤は、微妙な距離と時間。今まで自家用車でしか通ったことがなかったので、通勤だけで疲れた。

 来年はどんな仕事にになるのか。まだ年度は終わってないので、とりあえずは1年間終わってみないと分からない。いや…1年終わっても分からないかも…。


 何とも言えない「御用納め」の日であった。


 
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今日は阿智村へ

2015年12月16日 23時52分36秒 | 日々雑感
 下伊那郡阿智村への出張だった。上田からは160kmもあり、さすがに遠いな。
 
 一先ず一気に進み、まずは駒ヶ岳S.A.で一休み。

 ここのところ、腹の調子が悪いので、ヨーグルトを買ってみた。

 さて、早めに昼食をとることにした。阿智村まで来たので、なつかしの「おにひら」へ寄ってみた。


 南信ではクオリティの高いおそばだ!


 さて、時間があったので、もう1ヶ所。かねてから来たかった「満蒙開拓平和記念館」へ立ち寄ることができた!


 まだまだ不勉強。しっかりと歴史を学ばねばならないね。




 さて、仕事も終わって、天気も終わって早めに帰る。
 しかし!せっかく南信まで来たので、お・み・や・げ!

 和泉庄さんの「大名きんつば」!

 これは定番!自分の中では、飯田みやげの1位か2位だな!(笑)

 そして、大鹿村のお菓子だという「くるみ塩もなか」!

 大鹿村でとれる塩で作ったあん入りのもなかだ。くるみの形の皮で、あんにはくるみが入っている。初めて食べたが、結構いいかも!


 南信もいいね!
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日田市、史跡・咸宜園を訪ねる

2015年12月13日 17時40分31秒 | 歴史
 大分県日田市は幕府の天領の町として知られる。先月、大分出張のとき、日田へ行ってみた。そして、当地の儒学者・廣瀬淡窓が開いた「咸宜園(かんぎえん)」を訪ねた。

今、史跡として整備されており、大変印象的な場所であった。
 
 廣瀬淡窓は、江戸後期に生まれた儒学者。豊後、日田に開いた日本最大規模の私塾で、いわば学校である。「咸宜」とは「ことごとくよろし」と読み、すべてのことがよろしいという意味で、門下生一人一人を尊重する教育理念であったことが知られる。


 自分が見学した「咸宜園教育研究センター」は、咸宜園や廣瀬淡窓、門下生等に関する調査研究を行う施設として、史跡咸宜園跡に隣接した地に開館した。


 廣瀬淡窓は、入門するとき、学歴・年齢・身分を問わない「三奪法」という考え方で、すべての門下生を平等に教育したという。江戸時代に合って、この人権感覚の高さを改めて評価されるべきであろう。

 
 その他、学力評価である「月旦評」の制度は、勉学に励ませる効果を上げた。その他、規則正しい生活のための「規約」、塾や寮を運営させる「職任」等、社会性を高める教育が行われたという。



 咸宜園は、明治30年(1897年)に閉塾。5,000人もの門下生が学んだ最大規模の私塾であったという。


 日田は、大分県のなかでは山間地、そして三隈川を始めとして、河川が入り込み、水郷と呼ばれている。そして、文化庁が創設した「日本遺産」として「近世日本の教育遺産群」の1ヶ所に認定された。大分の文化的レベル、教育的レベルの高さを感じることができる場所である。

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