「ちょっとお父さん」といきなり私より年上らしきおじさんが声をかけてきた。
「これいいんだよ」と言ってやおらポケットから取り出したのは、紐の付いたスーパーボールだった。
「ほらほら」と地面に打ち付けて弾んだボールを紐で引っ張って遊びだした。
あっけにとられていた私に向かって、なかば強引にヒモを手渡すと
「ホラこうこう」と手を振ってコーチするのである。気がついたら私もコーチに従って手を動かしていた。
しばし遊ばせられた後、いずこともなく去って行ったのだ。
後で娘に聞いて知ったのだが、地元ではけっこう有名なスーパーボールおじさんと呼ばれる変なおじさんだそうな。
またしばらく経ったある日、近くの緑地公園で池をボーッとながめていると
「お父さんお父さん」と例のスーパーボールおじさんである。
私は逃げようと思ったのだが、絶妙のタイミングでススッと近づいてくるのである。
今度はスーパーボールではなく、食パンを袋から取り出すと
「ホラこう…」とまたコーチするのであった。
たちまち池の鴨が寄って来てパンをつつき始めた。
私は貴重なボーッとする時間を奪われて、いい気分はしていなかったのだが、手が勝手におじさんの言うまま動いていたのである。
あーぁまたもやまんまと…と自分のふがいなさに腹が立った。
その後何度かおじさんに遭遇したり、見たりしたのがもう10年ぐらい前になるかな…。
以来一度も見ていないのである。
別に会いたいとは思わないのだが、時折思い出しては、
家族と「スーパーボールおじさん、どこ行ったのかな」などと話している。
“存在感”という一点では完敗の人だった。どうしてるのかな…。
■ 手を振りて冬夕焼けの中にいる by issei
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