午前8時の気温は、プラス15度。小雨が降ったり止んだりでござる。ただし、我が家の周辺で雨が降っても、チョイと離れたところでは、ピーカンだったりいたします。そんなとき、しみじみ山の中だなぁ、と思ったりもするのでござる。
きのうのおぢ、所用で余市町へ。我が家から約50キロのこの町は、ニッカウヰスキーの工場があり、果物農家がごっちゃり、さらには宇宙飛行士の毛利さんが生まれ育った町でもありまする。この日は写真のように、一足早い夏祭りでござった。賑やかで、たいそうよろしい。
用事を終えて、国道393号線経由で帰ってきたのですが、途中で、若者たちが、じゃんじゃか歩いてくる。なんだろなぁ? と思ったら、有名な北星余市高校の「強歩遠足」だそうな。
生徒全員が、午前4時に学校を出発し、銀山から赤井川村の峠を越えて学校へ戻る50キロのコースだそうな。元気のいいのやら、さっぱり元気のないのやら。カップルで手をつないで歩くほほえましいのやら。
皆さん、青春をしておった。で、「おじさん!! 峠の上まであとどのくらい?」とメンコイ女子高生に声をかけられたおぢ。「この先カーブ曲がったらすぐだよ」と教えてあげたら、「おじさん、大好き!!」だとさ。突然のお言葉に、ポッと顔を赤らめるおぢでござった。おバカでスマン!! なんといっても「おじさん」ってのがよかったのじゃ。「おじいさん」と呼ばれなくて…
さて、きのうは大震災から3ヶ月でござった。全国各地で脱原発の集会やらデモが行われたそうな。東京新宿東口には、脱原発の皆さんが主催者発表で2万人も集まったという。ちょっとぉ、こういうの数十年ぶりじゃぁなかろうか?
おぢが十代後半から二十代にかけて、ニッポン各地ではベトナム反戦運動や70年安保の反対運動が、巻き起こっておった。新宿の西口広場には、ギターを抱えた「フォークゲリラ」やら「ベ平連」( ベトナムに平和を!市民連合)、その他モロモロの団体やら個人やらが集まって、反戦闘争を繰り広げたのでござる。
いま総理をやっておるカンも、そのひとり、市民運動家でござった。そう考えてみれば、きのうの脱原発集会の先頭に立っていなきゃならんのが、カンなのじゃ。それがもう、何してるんだか分からん体たらくじゃ。
市民運動家の原点に帰るなら、ここは「ニッポンは脱原発、新エネルギー開発へ向けて、一歩を踏み出すとき」ぐらい言っておかしくない。なのに、ただただ、総理の座にしがみついておって、まことにみっともない。
それにしても、ニッポンでもデモが起こるってのは、まことに嬉しい限りでござる。ここまで追い詰められないと、ニッポン人は立ち上がらんのかねぇ。脱原発のうねりが、ニッポン国中に広がることを切に願う日曜の朝なのじゃ。
なんといっても、我が家は「泊原発」から30キロ圏内じゃ。どうにもこうにも、怖いです。北海道が「脱原発宣言」したならば、世界中から観光客は集まるし、安全、安心な農作物は飛ぶように売れるけどねぇ、そのあたりどうよ、はるみ知事!!
狭いニッポン国に、原発の数が世界で3番目に多いって、どうにもこうにも変だと思うけどねぇ…