雨である。クリスマスローズが、うれしそうに咲いている。梅の花は、安息日か?ネコヤナギは、そろそろ猫になりそう。ドクダミの新芽が覗いている。枇杷葉の新芽も頭を出している。球根は殆んどが殻を破っている。アネモネは気が早いので咲いている。
庭のあちこちで春が顔を覗かせている。未だ、春の端っこだが、その内に春爛漫となるだろう。今年は、海棠の花が咲いてくれるかな?花にせよ、木々にせよ、命の不思議さを感じる。春夏秋冬の季節が巡るから、人間は歓びがある。
自然の移ろいがあってこそ、命の尊さが身近に思える。或いは、冬の厳しさがあるから、春の陽射しに心が躍るのだ。日本に生まれた事を感謝する。太陽に月に祈る。命を育んでくれる地球に感謝する。宇宙に神秘さを思う。
心が挫けそうな時にも、哀しみに立ちあがれそうにない時も、宇宙の存在は大きい。神さまは居ると信じる。努力をすること。耐えること。あらゆることへの共有がもたらす、生きるということ。答えは見つからずとも、手を携えることはできる。
政府や、警察は嘘つきが多い。国民の苦しみを知っているから、自分たちはしないのだ。億単位の金が、数時間でもらえるのだから。本当に貧しい暮らしを、辛辣さを舐めていれば、国民の生活を第一に考えている。そんなことをしても、得にはならないからしない。
枇杷葉をし始めて、その奥の深さにのめり込む。実に様々な効能がある。そのやり方も、民間療法で伝えられてきたこと。簡単で、効果も早い。だが、侮ってはならぬ。アミグダリンというのは、青酸カリにも匹敵する猛毒で、死に至ることがある。
枇杷葉は、古くは中国三千年の歴史がある。静岡の白枇杷も、中国からもらい受けて来、土肥地方にしかない。長崎には、白茂木で出ている。味が微妙に違う。白枇杷は濃厚な味わいがあり、白茂木は淡白な感じがする。
気候や土にも因るし、風や雨量にも関係があろう。広島や長崎に枇杷葉が多いのは、癌に効くということから、先人達が植えていったものか?医学的なことは知らずとも、癒される効果もあったように思うのだ。
宅配の小父さんに、靴の中に生の枇杷葉を入れて履き、仕事をしてはどうか?と、教えたことがある。足が痛かったり、膝が笑うらしいのだ。小父さんはとても喜んでくれた。これは焼酎に漬けた物でもいい。痛みを和らげる。
ミニバラだが、色がきれいなので買った。ミニバラなので、あまり大きくならぬ。