東京都武蔵村山市議 すどう ひろし(須藤博)のページ

真実の政治・住民本位の政治が私の信条です。

小中一貫校計画

2008-12-14 19:59:34 | Weblog
私は、学生時代に教師になることを本気で考えて、複数の大学に学んで文学や教育学、歴史、心理学等の人文科学を幅広く勉強しつつ教員免状だけは取った。人としてどうあるべきかを考えてのやむにやまれぬ長い勉学生活だった。教員になる適性が欠けていると思ったこともあり別の道に進んだが、教育問題は市議としてのメインテーマと位置づけている。

武蔵村山市では、平成22年度の開校を目指して小中一貫校の準備が進められているが、それに対して、予算の無駄遣いだとして反対する声が上がっている。まず共産党がいち早く反対の声を上げ、24億という予算に噛みついたが、これは市の努力で15億円まで削られた。しかし、それでも共産党は矛を収めず、やがて清流の善家市議・天目石市議、それに政和会も反対に回り、善家市議に共鳴する市民も参戦し、共産党系の市民共々に反対運動を展開している。

この問題は、武蔵村山市の教育に対する現状認識とともに、この先、どのようにして都内最低水準の学力を向上させ不登校を減らして行くかという、きわめて高度で専門的な「総合判断」が必要であり、単に“カネ”とか効率性では語れない難しさがある。

反対する人たちは、小中一貫校だけに金をつぎ込み、他の学校と差がついては公立校の公平性の原則に反するという。また、ぎりぎりいっぱいの予算編成を強いられているのに、何も今すぐに金のかかることをやらなくても、体育館の建て替えなどは様子を見ながらでも遅くはないという主張もある。それももっともではある。

しかし、子供たちは一年遅れれば、確実の年齢を重ねて卒業していく。一刻も早く、生徒が集まらない小規模校(二中)は、より良い教育環境に変えてあげたいという気持ちが私にはある。さらに、市教委が言うように、小中一貫校から発信される効果で、我が市の「眠れる教育界」に一日も早くカツを入れて、子供たちを窮状から救い出したいとも思っている。

私はPTA会長をやっていた関係もあって学校の情報は多少なりとも入るし、人脈で生徒の深刻な相談が寄せられることもあり、武蔵村山市の教育に対しては人一倍の危機感を持っている。これまで、本市の教育はごく普通の方法で、どの学校も平等を旨として行われて来たわけだが、その結果が都内最低水準の学力であり、いっこうに減らない不登校ではなかったか。

この小中一貫校計画は、前教育長の蛭田さんが導入を図ったものだが、私も「学力をどうするのか」と蛭田さんの率いる教育委員会に噛みついた覚えがある。だから、蛭田さんが小中一貫校を置きみやげに退任されたことについては、蛭田さんなりに、議会の要請に応えた部分もあるのだろうと解釈している。

確かに、この逼迫した財政にあっては一銭たりとも無駄な予算は許されない。しかし、冷静に考えれば「ハコモノ」としては、むしろ15億の予算はささやかな部類に属する方で、国や都の補助金をうまく使えば市の財政をゆるがすほどではない。教育にだけはどんなに苦しくても予算をつぎ込まねば、次世代の日本や武蔵村山市を背負って立つ人材は育たないのだ。

強く反対する人たちが「無駄だ」と主張する根拠は私なりに理解しているし、計画に無理な部分があるのも良くわかっている。それでも、多くのファクターを総合的に判断するならば、武蔵村山市の小中一貫校計画は、やってみる価値があると思っている。

自分が言い出した計画ではないし、100%成功する保証もないわけだから強力な推進者にはなれないが、従来のやり方のままでは展望が見えない以上、計画を進めて将来への活路を見いだす方が、よりベターではないかと思っている。


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