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なぜ私は ius soli についての訴えに署名しなかったか

2018-01-26 07:23:14 | Agamben アガンベン
ius soli
地の法。出生により国籍を付与する法(出生地主義)。フランスやアメリカなどが採用する。反対は「ius sanguinis」(血の法)。
ius sanguinis
血の法。血統により国籍を付与する法(血統主義)。日本やドイツなどが採用する。反対は「ius soli」(地の法)。
こちらのサイトより。訳者による。)



Perché non ho firmato l’appello sullo ius soli

見たところによると、私は ius soli の訴えに署名するつもりはないとはっきり表明したにもかかわらず、私の名前は何らかの方法で不法に挿入されていた。私の拒否の諸々の理由は明らかに、移民たち(その全き重要性と緊急性を把握しつつ)の地位の社会的また経済的問題に関係はないが、国籍の同様の理念には関係ある。自分たちにその起源とその意義さえ問いたださないほど、私たちはこの装置の存在を当然と見做すことに慣れさせられている。誕生の瞬間にある人間存在は誰でも、ある国家の法体系の内に記入され、そしてこの方法で法と、選択されなかった、そしてそこからもはや解かれることのできない一つの国家の政治的システムに従属された状態になるべきであるということは、私たちには明白であるかのように思える。ここでは、私たちにただ近代国家 gli Stati moderni としてのみ馴染みのある、この制度の一つの歴史を描き出すことが問題ではない。これら諸国家は、誕生について人間存在 gli esseri umani のその内部への登記の原則をなす理由で、国民国家 Stati-Nazione とも呼ばれる。既に市民の両親からの誕生 (ius sanguinis) か誕生の場所 (ius soli) かの、どちらがこの登記の手続きに関する基準なのかが重要なのではない。結果はいずれにせよ同じである。一人の人間存在は必然的に、いかなるどの瞬間においても、法-政治的秩序の主体である。国家社会主義ドイツ、イタリア共和国、ファランへ党スペイン、アメリカ合衆国、またどの瞬間でも法を遵守し、相応する権利と義務を受け取るべきだろう。
私は完全に、無国籍者 apatride または移民の要件は避けられえない一つの問題であると納得するが、国籍は最良の解決であるとは確信がない。いずれにせよそれ〔国籍〕は、満足でき共有すべき一つの善である何かとして、私には最良ではありえない。もし可能なら(だがそれは可能ではない)、固有の国籍を公然と捨てることを促す訴えには喜んで署名しよう。詩人の言葉によれば、“祖国は我々全てが異邦人〔外国人〕である時だろう”。

Giorgio Agamben
2017年10月18日
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