ふかごろうキリスト教神学日記

キリスト教の神学について、ふかごろうが学んだことを記して行こうと思います。

啓蒙主義による批判2

2006-06-14 15:53:44 | キリスト教神学入門
<今日読んだ箇所>
「キリスト教神学入門、A・E・マクグラス著」:137~140頁

<啓蒙主義による批判2>

○奇跡の否定

啓蒙主義者達の一部は、キリスト教の奇跡を否定しました。

イエス・キリストが十字架に付けられ死んで、その後復活した、というキリスト教の中核となる奇跡も否定しました。

○啓示に対する批判

元々、キリスト教においては、自然的な神知識を認める一方、それを補完する特別な啓示が必要とされてきました。
しかし、啓蒙主義者達は、その特別な啓示そのものを疑問視しました。
啓蒙主義者達は、歴史を軽視し、理性を重要視しました。
そのため、歴史によるそのような啓示と言うのは起こりえないと思ったようです。

○原罪の教理

啓蒙主義者達にとって原罪の教えは、人類を抑圧するものだと考えました。
そして、原罪の教えから人類を解放すべきだと考えました。
本来キリスト教では、原罪から人々を救うのですが、その原罪の教えそのものが抑圧の原因になっていると考えたのです。

○悪の問題

神の善い全能性と悪の存在は、矛盾するのではないか、との主張が啓蒙主義者から起こりました。

○聖書の地位と解釈

啓蒙主義者達は、聖書は特別な本ではなく、他の多くの本と同じようなものだと主張しました。
そして、聖書には、さまざまな矛盾が含まれていると主張しました。

○イエス・キリストの存在と意義

啓蒙主義者達は、史的なイエスの探求をしました。
つまり、イエスは、存在したのであるが、イエスは、善良な有名で素朴な教師であり、それが本当の姿であって、多くの奇跡などは、後々の創作であるということです。

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