「白旗の少女」という読み物を子どもと読んだ。
夏にドラマになってたっけ。
沖縄戦で
幸せな家族と離れ離れとなり、
逃げ込んだガマの中では、そこで生活していた目の不自由なおばあさんと両手両足のないおじいさんに助けられる。
しかし、いよいよ、投降を迫られ、老夫婦が必死に作った白旗を持たされてガマから出て行く。
白旗をふり、にこりとカメラに向かい笑って手を振る少女。
その写真が
印象的な話なのだが
その、白旗の少女である富子さんは、
戦後になっても
ガマに置きざりにてしまった老夫婦の事を人に伝えようとも、沖縄戦の事を伝えようとも思えなかった。
しかし、何年も経って、写真が出回り
カメラマンに会いたい、伝えたいという気持ちになっていく。
ここ。
なんで、話そうとしないのか、
子どもとしゃべってみた。
「話すと、老夫婦に悪いから。」
とか、
「話せばいいのに。」とか
やっぱり、わからない。
沖縄戦について、知っている事もあまり無いから、仕方ないけれど、
「話さないのは
話せないから。」
「つらくて話せない。話せばつらさを思い出す」
「死者への冒涜?てなる可能性が?」
「トラウマだから」という話しにもなった。
あれこれ
考える。
なんで
なんで?
経験者じゃないから、正解なんか出せる訳ない。
でも、まじめに考えてみるのも悪くない。
カメラマンに会って当時、カメラが銃に見え、死を覚悟しての笑顔だった事を話すくだりなんかは、
長年の胸の重みを少しだけ解放する事にはなったかもしれないなあと思わせる。
ガマの中で受けたやさしさを伝えようとするのも
沖縄戦について語り継ぐ必要感を持つようになったのも、
とんでもないパワーがいるはず。
思いが変わっていく起点となったのは何なのか?
比嘉さんが、
伝えたくなかった事伝えたくなった事
わかるような
でも
簡単にわかってはいけないような。
そんな気がするのだ。
そして
過酷な状況下こそ
笑顔で。
そうして、極限の恐怖の中で笑顔の白旗の少女像が生まれたわけだが…
比嘉富子さのお父さんの教えは、
だれもができる事じゃあない。
それを支える、
絆がそうさせたのかな…とも思うのだ。
ちなみに、
この少女の背後を
日本兵がつけていた。
「こんな女の子を銃で撃つことは無いだろう」
という目論見だったらしい。
必死なのはわかるが、これも衝撃的だ…と思う。
この読み物自体のねらいは「世界はひとつ。国際理解」なんだそうだ。
国際理解の前に
わたしたちは、
比嘉さんのような立場の人たち、比嘉さんの家族の思い、ガマの老夫婦の思いを理解しようとしていないのかもな…。
そんな事をぼんやり考えた。
夏にドラマになってたっけ。
沖縄戦で
幸せな家族と離れ離れとなり、
逃げ込んだガマの中では、そこで生活していた目の不自由なおばあさんと両手両足のないおじいさんに助けられる。
しかし、いよいよ、投降を迫られ、老夫婦が必死に作った白旗を持たされてガマから出て行く。
白旗をふり、にこりとカメラに向かい笑って手を振る少女。
その写真が
印象的な話なのだが
その、白旗の少女である富子さんは、
戦後になっても
ガマに置きざりにてしまった老夫婦の事を人に伝えようとも、沖縄戦の事を伝えようとも思えなかった。
しかし、何年も経って、写真が出回り
カメラマンに会いたい、伝えたいという気持ちになっていく。
ここ。
なんで、話そうとしないのか、
子どもとしゃべってみた。
「話すと、老夫婦に悪いから。」
とか、
「話せばいいのに。」とか
やっぱり、わからない。
沖縄戦について、知っている事もあまり無いから、仕方ないけれど、
「話さないのは
話せないから。」
「つらくて話せない。話せばつらさを思い出す」
「死者への冒涜?てなる可能性が?」
「トラウマだから」という話しにもなった。
あれこれ
考える。
なんで
なんで?
経験者じゃないから、正解なんか出せる訳ない。
でも、まじめに考えてみるのも悪くない。
カメラマンに会って当時、カメラが銃に見え、死を覚悟しての笑顔だった事を話すくだりなんかは、
長年の胸の重みを少しだけ解放する事にはなったかもしれないなあと思わせる。
ガマの中で受けたやさしさを伝えようとするのも
沖縄戦について語り継ぐ必要感を持つようになったのも、
とんでもないパワーがいるはず。
思いが変わっていく起点となったのは何なのか?
比嘉さんが、
伝えたくなかった事伝えたくなった事
わかるような
でも
簡単にわかってはいけないような。
そんな気がするのだ。
そして
過酷な状況下こそ
笑顔で。
そうして、極限の恐怖の中で笑顔の白旗の少女像が生まれたわけだが…
比嘉富子さのお父さんの教えは、
だれもができる事じゃあない。
それを支える、
絆がそうさせたのかな…とも思うのだ。
ちなみに、
この少女の背後を
日本兵がつけていた。
「こんな女の子を銃で撃つことは無いだろう」
という目論見だったらしい。
必死なのはわかるが、これも衝撃的だ…と思う。
この読み物自体のねらいは「世界はひとつ。国際理解」なんだそうだ。
国際理解の前に
わたしたちは、
比嘉さんのような立場の人たち、比嘉さんの家族の思い、ガマの老夫婦の思いを理解しようとしていないのかもな…。
そんな事をぼんやり考えた。
なんだか
気になった
そんな読み物でした。