5月と6月は毎日曜日が地域行事と重なるので、なかなか消防団の訓練に参加できません。今朝は、久々に訓練に参加しました。
7月1日にポンプ操法大会があるので、各分団訓練に余念がない時期なので、少しでも手伝えればと参加しました。選手は正確な動作と機敏な走りが求められるので、かなり疲労します。そこで、周りの人間がホースの片付けや準備などをします。それなりの人数がいなければ、回数をこなすことも出来ません。 今日はとても暑い日だったので、練習場として借りている学校施設で活動しているスポカル広場の管理人さんが差し入れをしてくれました。予算がなくて薄味のスポーツドリンクで水分補給をしていたので、選手たちは、久々に美味しいスポーツドリンクを飲み干して満足していました。
今日は断続的に行事や打ち合わせがありました。
午前中に榎地域センターで年忘れカラオケ大会が開かれ、素面で歌ってきました。昨年、通りかかったときに病気で出られなくなった人の登録していた曲をたまたま知っていたので代打出場をしたご縁で今年も歌わせていただくことになりました。その後、改代町の餅つきにお邪魔しました。
午後から自民党都連青年部の幹部で次期執行部について協議しました。
夜は、八丈島の山下宗議員から生きた伊勢海老が届き、休日で魚やさんも休みなので、とりあえず自分でさばいてみました。結構上手く出来たと思い込んでいます。
夕食後は消防団のパトロール車を運転しました。小屋に行くまで寒かったのですが、軽車両に四人一組でのパトロールなので暖かくなりました。
(パトロール車の画像は、旧年の参考画像です)
午前中は地元の淀四小学校での「地域防災訓練」に出動しました。
訓練の模様は、こちらのサイトからも紹介されています。
分団小屋で片付けを済まして、地元町会の反省会に一瞬だけ顔を出し(前防災部長として)、新宿ふれあいフェスタに向かいました。馴染みの皆さんが出店していて、買い物をしたり、ご挨拶をして回りました。 その後、薬王寺商工会の祭りにお邪魔し、事務所で書類整理をしてから西新宿七丁目町会の青年部総会に出席しました。
今朝は大先輩の香典返しでいただいたホームベーカリーで作った自家製の食パンを食べるところから一日がスタートしました。
食後、子供をプールに連れていく約束があったので何時に出て戻れば仕事が効率良く出来るかなどと考えていると消防団からのメールが来て、知人の店が燃えているようだと感じ、取り急ぎ現場へ。残念ながら、知人のお店でした。六棟に火が回ったとのことでしたが(現場でのマスコミ情報)、死傷者は0ということで安堵しました。
先日店の前を素通りしたら、後ろから「こんにちは~」と声をかけられ、また行かなきゃなぁと思っていたので衝撃でした。小学校の同級生の実家で今の仕事になってから職場の付き合いでお邪魔するようになったばかりでした。再開したら、また行きます。
帰り道、また同級生と遭遇し、同期で納涼会をする約束をすることになり帰宅。
水泳の準備をし、プールのある区の施設に行くと後輩が主催するイベント(カポエィラ)が同じフロアで大々的に開かれていて、チェックし損ねていたので顔を隠してプールの受付をしようとすると、近所の主婦の方がパートで受付をしていました。「今日はお休みですか?」と声をかけられ、サボっているのがバレたような気になり、苦笑いをして更衣室に退散しました。
規定時間の二時間の水泳を終え、着替えて帰るときに何となく後輩の団体の人で見覚えのある人に遭遇、とりあえず受付で署名をし、会場内で販売していた不思議な果物のジュースを子供に与え、携帯で写真を撮っていたら主催者である後輩と目が合ってしまい、突然紹介されてしまいました。完全に変なオジサンでした。
午前中に四谷消防団のポンプ操法大会が行われ、来賓として出席させていただきました。先週は選手としての出場でしたので、緊張の度合いはかなり低かったです。初めて都議会議員を代表してご挨拶をさせていただきました。
「大震災では249人の消防団員が死亡、もしくは行方不明となりました。地理的な環境は違いますが、まさに命懸けのボランティアです。ポンプ操法もさることながら、救命救急の動作に様々な配慮がなされていて感銘を受けました・・・」 午後からは、牛込消防団第四分団の地域懇談会が開かれました。地域の防災無線を準備する方法がないかとのことが話題になりました。その他、AEDの使用後のフォロー等も話題に上りました。
都議会議員選挙に出馬した年から消防団の操法大会には選手としての出場はしていませんでした。物理的に訓練に参加できる日数は限られますし、体力も落ちてきていますし、最早出場する機会は無くなったと思っていました。
しかし、心残りもありました。入団後すぐに選手に抜擢していただいたものの、入賞することもなく、最後の挑戦と自分自身の心の中に決めていた平成20年の大会でも敗退し、不完全燃焼の気持ちがありました。
今回、急に選手に故障者が発生したために選手に復帰することになりました。怪我をしないかという周りの心配を他所に、走り込みや柔軟体操をしながら、筋トレ後の回復期は・・・と無知ながらも考えながら当日を迎えました。
結果は分団としては21年振りの入賞(敢闘賞)で、出来ないながらも満足のいく成績でした。
分団の仲間も六位という結果ながら、まるで優勝したかのように喜んでいました。
午後は、地元の木密(?)地域の今後について地域の方たちと話し合いをしました。帰宅後は、くたびれていて寝てしまいました。