「サンフランシスコ講和条約」が発効して60周年を迎えました。
自由民主党では、全国の青年部・青年局の主催で全国一斉街頭行動を実行しました。
東京会場は吉祥寺駅北口にて開催し、谷垣総裁が登檀しました。その他、地元の土屋正忠前衆議院議員(菅直人の対抗馬)、中川雅治参議院議員、井上信治衆議院議員がマイクを持ちました。
終了後には、日比谷公会堂で、
「北朝鮮による拉致被害者を救出する国民集会」に参加しました。国会議員や政府担当者の アピールを聞いた後に、被害者家族のメッセージを聞かせていただきました。
特に拉致された証拠があっても「拉致被害者認定」をされていない被害者家族のメッセージは悲痛でした。知人に生島孝子さん(被害者)のお姉さんの馨子さんという方がいらっしゃいますが、だいぶ痩せられていて疲労感が漂っていました。
政府からの情報も与えられない中で、自力で目撃情報を得てきた過酷な活動が一日も早く報われる日が来るよう運動の裾野を広げ、政府や北朝鮮を動かさなくてはならないと思いを新たにしました。
朝、事務所に行って一日の段取りをして、保育園の卒園式に出席しました。先週行うはずだった卒園式が、インフルエンザと水疱瘡の影響で一週間延期となったからです。インフルエンザが峠を越したかなと思ったその日から、我が子もボツボツが見え始め、まさか寝床にダニが発生かとダニキラーを買いに行こうと思って いたのですが、水疱瘡でした。
翌朝、保育園に電話をすると「全員お休みになったので、もしかしたら延期・・・」という話が本当になってしまいました。
午後、ボランティアの友人が来てくれたのでチラシを折ってもらったり、事務所の近所を辻立ちしながら回るのに付き合ってもらったりと花粉の降り注ぐ中、街 頭演説をしながら回りました。
同僚の深沢利定議員の事務所の前で駅頭演説をするので事前に話をしておいたら、寒い中一緒に立ってくださいました。
申し訳ない思いで一杯でいたら、マイク まで持ってくださいました。
深沢議員の心意気に感謝の気持ちで一杯です。
今日は四ッ谷駅前で朝の街頭演説を行いました。元テレビ朝日アナウンサーの丸川珠代さんと、与謝野馨前経財相と、地元のおぐら利彦区議や吉住はるお区議、樋山真一区議らと新聞を配ったり、ご挨拶をさせていただいたりしました。丸川珠代さんは母子家庭で育ち、厳しい環境の中で東京大学を卒業し、アナウンサーとして14年間を過ごしてきました。
巷では、女子アナウンサーというとチャラチャラとしたイメージで見られているかもしれませんが、人前での話でも、関係者のみでの話でもきちんとした話ができる方でした。12日から始まる参議院選挙は非常に厳しい状況ですが、自民党にとって今までにないタイプの候補者ですのでいい結果が出せればと考えています。政権べったりや、政党のいうなりの政治家ではなく、常識に基づいた自分の考えを発信できる政治家が必要なのではと思っています。
このところ天気のいい日が続いていて、快適な環境で街頭演説をさせていただいております。とはいえ、近隣の方々にはうるさいことだと思いますので、極力ボリュームを落としながらの区政報告をさせていただいています。
午前中は、今期選出された区議会議員全員の初顔合わせが行われ、大会議室で幹部職員の紹介や議員一人一人の自己紹介が行われました。私の場合、同姓の議員がいますのでしばらくは「吉住、健一の方でございます」というかたちで笑いをとっています。
午後は、溜まっていた書類の整理をし、夕方からは「家庭倫理の会・新宿区の研修会」に参加しました。興味を逸らさせない講師の先生であっという間の講義でした。
「関係というものは鏡である。片方が乱れていれば、相手も乱れてしまう。逆も成り立って、一方が変われば相手も変わる。夫婦の一方が変われば配偶者も変わる。親が変わればこどもも変わる。先生が変われば生徒も変わる。皆で努力して変わっていきましょう。」という話を聞かせていただきました。ご自身の人生を例にわかりやすいお話しを聞かせていただきました。
その後、懇親会の会場を出て、一人でなじみの店に行き、懐かしい人びとにお会いしました。さらに、地元へ帰った後お礼の挨拶で訪れたお店でもう一軒と長い一日になりました。