何となく15日付け朝刊の首相動静欄に目をやり、随分長いので一番後ろを見ると〝政治ジャーナリストの田崎史郎氏と会食〟とあった。
相変わらずやってるなぁ、と思いながらその前を見てびっくりした。
日比谷のフランス店に毎日新聞、読売新聞、日本経済新聞、NHK、日本テレビのお歴々が出掛けている。
これでは筆が鈍り、放送が政府広報になるはずだ。
安倍政権の頃から半ば定期的になったこの悪習は止めるべきではないか。
政治権力の報道への介入があったのではないかと国会で問題になっている時に何と無神経な人々かと思う。
昨晩のBS放送でも何か腑に落ちないものがあった。
2015年の放送法の解釈変更を巡る動きを記録した公文書に関しての政治学者と新聞記者の討論のはずだったが意図的か、論点が散漫だった。
文書は当時の高市総務大臣のそれまでの法解釈から一歩踏み込んだ報道規制に触れる国会答弁がどのようにして行われたのかを記したものだが、表現の自由に対する権力の介入が、いち総理補佐官と総務省の担当部局との間で密かに画策されていたという重大な事実を含んでいるところが論点のはずだ。
高市大臣がやり込められる〝活劇〟を楽しむ様相、と茶化したような発言、
「公文書管理のあり方」という一気に飛躍した議論、
「いつまでやってるの」という世論が出てくるといういつもの流れ、
合併した総務省内部の〝旧自治省と旧郵政省の内紛〟の匂いもして、岸田首相にしてみれば痛くも痒くも無い状況という矮小化した見方まで披瀝された。
安保法制や敵基地攻撃と共通した政権の民主主義を逸脱した強引な進め方にもっと警鐘をならすべきではなかったか。
国際的なジャーナリストの団体が評価している日本の報道の自由度は世界で130ヵ国中、71番目で先進国で最低だ。
ジャーナリズムが権力の監視を弱めてきていることが恐ろしい。