楕円と円 By I.SATO

人生も自転車も下りが最高!
気の向くままに日常と趣味の自転車旅を綴ります。

十勝岳吹上露天風呂へ 4

2023年09月26日 | 『私の自転車旅物語』

今日は9月26日。

十勝岳白銀荘の二段ベッドの布団でぐっすり寝た。

もうすぐ日の出の5:21,日の入りは17:21だ。

秋分の日は正しい。

 

気温は上富良野市街で13℃、標高1000mのここらは10℃くらいか。

昨日より6℃くらい高そうだ。

今年は夏の猛暑で紅葉が1週間程度遅れていると昨日(25日)露天風呂で地元の人が話していた。

 

 

昨日、今年で最後かもと決めている〝吹上露天風呂登山〝をスタート。

荷物は着替えとレトルト食品だけにして軽くした。

 

 

右手遠くに十勝岳の白い噴煙がみえる。

 

 

山林檎の並木。

今年はいつもの1/3の大きさ、さくらんぼくらいだ。

やはり猛暑の影響かもしれない。

 

-と、ここまで書いて朝の吹上露天風呂へ。5:45

(2019年の夏に訪れた時の写真より)

 

近くで訓練中の自衛隊員5名が湯に浸かって疲れを癒やしていた。

いろいろ話す。頭が下がる。-

 

 

自転車登山に戻って。

10kmを切った。半分くらい走ったことになる。

これから徐々に勾配が上がる。

帰りに数えたら十勝岳温泉と白金温泉の分岐までの7kmに、葛折のカーブが31個あった。

休み休み、ひと踏みひと踏み進む。

 

 

残り2.5km。

残り9Kmからここまでが胸つき八丁。何度止まったことか。

昼の握り飯が美味かった。

 

 

 

今年のツール•ド•北海道で悲しい事故があった。

下りで追い越し車線に出ていたようだ。

警察、主催団体の双方で原因を調査しているが、まだ分かっていない。

 

 

あと2km。

ここまで来れば後は小さな丘を越えて下った所がゴールの吹上露天風呂だ。

疲れが飛ぶ。

 

 

ゴール!!

宿は直ぐ近くの白銀荘。

いい温泉があるけど、先ずは野趣あふれた標高1,000mにある露天風呂に入る。

へとへとの身体を熱いお湯がリフレッシュしてくれた。

 

 

地元のオヤジさん数名、ツーリングの若者 3人、ドイツ人ペア。

沖桜と共に稚内まで北上し、紅葉と共に帰るというダイナミックな沖縄のオヤジさんもいた。

ハブを見かけたらラッキー?とのこと。

沖縄自転車旅はハブが怖くて行っていない。

 

 

 

今朝は白銀荘の食堂で万太郎で泣けた。

昨日、山登り中に聴いていた小川洋子の「13人兄弟」という短編に「スエコザサ」が登場していた。

優しい主人公に万太郎が重なる。

 

おにぎりとカップ麺を食べて下山開始。

 

 

白銀荘から出て間も無く〝KOM2〝のマークが目に入った。

King of mountain。

ツール•ド•北海道の山岳コースの頂上付近に設定され、通過の3位までポイントが付与される。

その日のレースで2箇所目になる。

 

ここから下りになり、中央大学五十嵐選手もこのマークを見て通過していただろう。

その数分後に悲劇が待っているとは。

ご冥福をお祈りするばかりだ。

 

ここまで断続的に書いていて、富良野から札幌への高速バスの人になった。

家に帰ったら反芻することがいろいろ有りそうな山登りだった。

兎にも角にも安全で秋晴れに恵まれて終われたことに感謝だ。

 

 

 

2023.9.26   14:15   富良野から札幌へのバス車中にて。

 

2023.9.26  14:15    富良野から札幌へのバス車中にて


寝袋の洗濯

2023年09月05日 | 『私の自転車旅物語』

 

下北自転車旅から帰ってきて、少なくとも15年は使っている羽毛の寝袋を初めて洗濯した。

専用の洗剤を買って、使用方法を読んでみると、

・ドラム型の洗濯機がよい。

・羽毛は水に浮きやすいので、洗う前にしっかり浸水しておくこと。

・天日でも乾燥すること。

と書かれている。

 

妻に聞くと、コインランドリーでダウンジャケットを洗濯する人もいるとか。

天気が良いので、近くのコインランドリーに出掛けた。

寝袋は予め風呂に浸けて十分に水を吸わせておいた。

 

丁度、掃除の女性がいたので洗濯機の使い方を教えて貰えた。

洗剤と柔軟剤は自動で出てくるので用意した専用洗剤は使えなかったが、結果は問題無かった。

ドラムの中に水浸しの寝袋を広げ、「洗濯」、「撥水・防水」を選択し、選択・乾燥の強度は「弱」に設定。

料金は1,700円で所用時間は60分。

 

お金の投入で笑った。

「千円札はどこにいれるのですか。」

掃除の女性「ここはコインランドリーです。」

 

両替し、17枚の100円硬貨を投入してスタート。

色は深紅に蘇り、ふわふわに仕上がった。

 

2023..9.3

 


下北半島 「かっぱの湯」伝説

2023年09月03日 | 『私の自転車旅物語』

 

 

  

河童が座っている

 

下北半島の太平洋側のむつ市大畑町から17Kmほど山間に入ると「薬研温泉」がある。

日によって多少違うが、熱い。

 

自転車で1時間、車だと15分。

恐山の麓になる。

よく管理されていて、無料である。

 

ここに「かっぱの湯」の伝説がある。

今から1,000年の昔、恐山を開いた僧がこの地に降りて来る途中、足を滑らし大怪我をする。

川原で身体を休めていると大きな蕗の葉を被った河童が現れて連れ去られる。

 

翌日、眼を醒ますと蕗の葉に包まれてこの湯に浸かっていて、足の痛みは消えていた。

「薬研温泉」の始まりである。

近くに原始の森に囲まれた綺麗な国設野営場がある。

 

2017年以来、二度目のキャンプに納沙布岬のライダーハウスで知り合った神奈川県の知人がバイクで会いに来てくれた。

今回は車で移動して全国の山を登っている65才の和歌山県人と知り合いになった。

 

北海道に馴染みの深い雪印乳業に勤めていたが、2000年 に近畿地方を中心に発生した集団食中毒事件により退職したという経歴を聞いて、自分も仕事で関わっていたので世間は狭いと改めて思う。

これからは昔、自転車で日本一周した経験を生かして自転車旅を楽しむとのことだったので、北海道での再会が楽しみだ。

 

  

途中で出会った京都の大学生          キャンプ場の埼玉の大学生

 

二日間のねぐら

 

水源はキンキンに冷えた地下水

 

  

水槽にヤマベがいた                 猛暑のビールは最高!!

 


下北半島の寺山修司記念館

2023年09月01日 | 『私の自転車旅物語』

小河原湖 2023.8.20  15:00頃

 

寺山修司。

学生の頃だったか、難しい論理構成の独特の語り口がモノマネの対象になっていて存在を知ったが、アングラ前衛演劇集団「天井桟敷」を主宰している奇才という浅い認識しか無かった。

 

47年の人生で多彩な仕事をしている。

歌人・劇作家・演出家・映画監督が一般的な肩書きのようだが、これ以外に

俳人・詩人・作詞家・放送作家・競馬評論家等々。

「職業は?」と問われて、「寺山修司」と答えたという逸話があるほどだ。

 

下北半島の自転車旅で「小川原(オガワラ)湖」にキャンプした。

海水と淡水が混じる汽水湖で、家族連れで賑わう〝湖水浴〟エリアの砂浜にはそのことを示すシジミの貝殻が混じっていた。

 

朝、テントから顔を出すと、広い湖面に深い霧が立ち込めている。

キャンプ場の人に聞くと、太平洋まで東に2Kmしかなく、その影響により朝は海霧が流れ込んで来るという。

 

小川原湖を出発して直ぐに「寺山修司記念館」が近くにあることを示す矢印があった。

開館している時間ではないのでパスしたが、寺山修司はこの辺りの出身なのだろうかと漠然と思った。

 

帰宅して調べてみると、

本人は「父の転勤で、走っている列車の中で生まれ、ゆえに故郷は無い。」と記しているという。

寺山修司の訛りの強い早口だが茫洋とした語り口でもそのような説明をしていたのだろうかと少し笑った。

母はつによれば、弘前市生まれであるが、戸籍上は現在の三沢市らしい。

 

小川原を出て、早朝の下北半島の深い霧を走っていて、突然、寺山修司の歌を思い出した。

強烈で心に残っている。

 

- マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや -

 

この風景に歌の着想があるのではないか、と勝手に想像しながらペダルを漕いでいると、複雑な家庭環境にあった寺山修司と下北の海霧が結びつくようだった。

 

記念館は母はつ氏が寄付した寺山修司の遺品を保存公開するためのものだが、マッチ擦る・・・の歌は林檎の弘前より霧深い下北半島の方が合っている。

 

六ヶ所村の山中の霧 2023.8.21   6:45頃

 

- 面売りの面のなかより買い来たる笑いながらに燃やされにけり -

浅い認識の自分には難解だ。

 

 

 


下北半島の原発施設

2023年08月30日 | 『私の自転車旅物語』

走行距離 240Km

 

今回の自転車旅の楽しみに下北半島の太平洋側の海岸景色を眺めることがあったが、八戸フェリーターミナルから大間崎を目指して北上するコースは殆どが山の中で少々期待外れだった。

しかし、2017年の大間崎から日本海側の仏ヶ浦海岸を南下する時には考えなかった〝大間は原発半島〟を認識することになった。

私は青森県のことを忘れていた。

 

青森県のHpより

 

今回走ったルートには原発関連の様々な施設が連なるように設置されている。

福島原発の事故の影響で稼働停止・建設停止、審査待ちのものもあるが、

調べてみると、

・本州北端の大間町にMOX炉の原発(2008着工・再審査により停止中、運転開始未定)

・南東に下がって、東通村に東北電力の軽水炉(2005運転開始・東北震災により停止中)及び東京電力の軽水炉(2017運転開始・東北震災と福島原発事故で停止中)

・その南の六ヶ所村に日本原燃のウラン濃縮工場(1992操業開始)、低レベル放射性廃棄物埋設センター(1992受入開始)、高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センター(1992操業開始)、使用済み核燃料再処理工場-Mox燃料-(1993着工・完成時期は26回延期され審査めど立たず)

・東通村の隣のむつ市に、使用済み核燃料の中間貯蔵施設(2023事業開始 暫定)

といった具合だ。

これだけ工事と運転の〝停止中〟が多いということは、原子力発電の技術が安全面で確立されていないことを示している。

 

・原発は他の地域にもあるが、原発の材料(ウラン濃縮工場)→東通原発→使用済み核燃料の中間貯蔵→廃棄物処理(放射性廃棄物埋設・貯蔵管理センター)

・使用済み核燃料の再処理(再処理工場)→取り出されたMox燃料で再度発電(大間原発)

という核燃サイクルの一連の施設が全て揃っているのは下北半島だけであり、日本全国の使用済み核燃料を受け入れているのが青森県ということになる。

 

背景には高度の放射線を発する使用済み核燃料は全て再処理して再びエネルギー源(Mox燃料)として使用するという国の政策があったが、このサイクルは頓挫し、今ではエネルギー政策に原発が位置づけられ、その運転期間も延長される等、形骸化している。

 

今回走ったコースで畑作物を殆ど見ることは無く、所々の水田には雑草が多く管理が不十分のように思われた。

 

かつて、この地域には1960年代に青森県が出資する会社が大規模工業地帯の誘致を計画したことがあったが、一次、二次の石油ショックで破綻している。

この時の莫大な土地買収資金が会社に債務として残ったことが、〝背に腹は代えられぬ〟で青森県が原発施設を受け入た要因であろう。

立派な新築住宅が目に付いた。

 

 

 

六ヶ所村の「周辺監視区域」に張り巡らされているコンクリート製の柵

 

東通村

 

六ヶ所村と東通村では道路横に監視カメラの付いた頑丈なコンクリート柵とバラ線が延々と回されている。

貼られた「周辺監視区域」というプレートの監視対象は放射線なのか、人なのか。。。

 

10年前、民主党政権は「2030年代に原発、再処理施設をゼロ」を閣議決定したが、アメリカから「核兵器の原料となるプルトニウムを溜め続けるつもりか。」と言われて結局、取り下げた。

 

原発政策を見直すには政権交代しかないだろう。

沖縄の基地問題にも通じる深刻な問題を新たな政権で根本的に議論しなくてはならない。

 

目先の発電コストでは無い。

フクイチの次に何処かで原発事故が起きたらこの国は持たない。

その議論がどこかへ行っていることを強く感じた旅だった。

 

原発PRセンター 東通村  2023.8.21

 

大間崎に近くなって見える北海道。

「島」であることを感じさせる。

 

(追記)

東通村の通過が夕方だったので旅館を探したが3軒に断られた。

理由は「観光の人は泊めない。」というものだった。

頼み込んでやっと見つけた旅館は20名の工事関係者で埋まっていた。

 


大間のマグロ

2023年08月27日 | 『私の自転車旅物語』

下北半島の大間崎のキャンプ場でテントを畳んでいたら年配の女性が近づいてきて、「大間のマグロを食べたいのですが、何処か良い店を知っていたら教えていただけませんか。」と尋ねられた。

2017年に自転車旅で大間崎に寄った時に泊まった民宿のおばさんは「大間に大間のマグロ

いませんよ。東京に行ってしまうから。」と聞かされていたので、その時も今回も〝大間のマグロ〟は食べていなかった。

 

大間崎には数件の出店と食堂があるが、食べなかったのは値段がかなり高いこともあった。

件の女性にそのようなことを伝えると、「分かりました。」と帰って行った。

 

フェリー乗り場に向かう途中に寿司屋があった。

もう大間に来ることも無い。

そう考えると、昼前の寿司屋を通り越すことが出来ず、暖簾を潜った。

 

清水の舞台から飛び降りるようなつもりで?一番安い「特上にぎり 3,080円」を注文した。

出来上がるのを待っていると老夫婦が入ってきてカウンターの横に座った。

 

値段が高いからだろう、二人で小声で相談しながら暫く品書きを見ていたので、店主が「早く決めてもらえば座敷より先に握るから。」と急がすような言い方をした。

急ぐあまり、老夫婦は注文が二転三転した。

「特上にぎり」、「マグロ丼のトロと赤み」「マグロ丼のトロふたつ」

 

その都度、店主は奥の方へ変更を伝えるものだから老夫婦のあせりが横にいて伝わってきた。

店主が言うには、丼のご飯の量が違うので、奥の方へ伝えるのだという。

値段が3,080円から6,000円位にまでハネ上がった。

何度も謝りながら・・・。

 

折角の〝大間のマグロ〟はどんな味と想い出を老夫婦に残したのだろうか。

あのキャンプ場で出会ったご婦人はどうしたのだろうか。

食べたのだろうか。

 

注文した「特上にぎり」の〝大間のまぐろ〟は確かにクリーミィな舌触りと濃厚な風味があった。

1個しか付いていなかったけれど、老夫婦の様子に何だか胸が詰まって、私の〝大間のマグロ〟の想い出はそれで十分だった。

 


2023下北自転車旅 2023.8.25

2023年08月25日 | 『私の自転車旅物語』

 

大間崎が30℃になるのは年に1回くらいのものだったが•••土産屋のオヤジさんがご多分に漏れない猛暑に顔を拭った。

マグロは言われるほど上がらないないそうだ。

寿司、定食には手が出ない。

「これからは宗谷岬だ。」と笑った。

 

かつて、ニシンが道南の江差から小樽、留萌、利尻と北上したが冷たい海水を求めてのものだった。

マグロも温暖化の影響を受ける時代になるかもしれない。

 

大間崎が昆布の採れるところとは知らなかた。

朝、岬のキャンプ場から散歩に出ると、出汁用の立派な真昆布を干している最中だった。

まだ涼しいのに汗びっしょりだ。

昆布干しは重労働だ。

 

ここには

自転車で岬巡りをしている神戸の大学生が隣にいた。

根室のノサップ岬、宗谷岬、大間崎、ゴールは鹿児島の佐多岬。

1カ月半で縦断するというから若さには敵わない。

 

そして、何と北海道の女子学生で、これから恐山を登って秋田方面に行くという二人連れが。

沢山の若者チャリダーに出会えた旅だった。

なかなかやるなぁ。

 

この旅もほぼ終えて、午後のフェリーで向かいに見える北海道に帰る。

 

 

 

 

 


2023下北自転車旅 2023.8.23

2023年08月23日 | 『私の自転車旅物語』

6〜7年前に、下北半島を自転車で巡った。

むつ市側から恐山に登り、下った麓の森林の中に薬研温泉があり、すっかり気に入った。

 

 

今朝は薬研温泉キャンプ場で目を覚ました。

 

 

 

朝5時の無料の温泉「河童の湯」は〝貸し切り〟

温泉の横の薬研渓谷に昔のままに川が流れている。

 

以前にノサップ岬で知り合った神奈川県のOさんが3泊目で先着していた。

自転車とバイク、お互いに元気で再会出来たのは嬉しい。

 

モツ鍋にビール、ワイン。

話しが尽きない。

かぁちゃんに感謝!で一致。

 

道東から車旅をしているご夫婦と話しをした。

同じ74才、元農家で経営移譲して、今まで出来なかった車旅しているとのこと。

限られた時間、やりたい事をやる。

意見がドンピシャ一致した。

 

 

ここにも埼玉の大学サイクリング部6名がいた。

今朝、恐山に向かった。

再び何だかホッとした。

 

 


2023下北の自転車旅 2023.8.19

2023年08月21日 | 『私の自転車旅物語』

台風7号が去り、19日の夜の苫小牧から八戸行きのフェリーに乗った。

学校の夏休みが終わったせいか、2等船室はガラガラだった。

もっとも今は個室に乗るのかな。

 

自転車旅で八戸港は2度目。

 

 

 

20日の早朝に着いて、日本一と言われる館鼻岸壁朝市を見物して、三沢の近くの小川原湖キャンプ場まで来た。

昼前まで快晴、30℃だったが、近くになって道が分からず、34kmのところを50km走って、最後は雨に当るという疲れた一日だった。

湖はかなり広く、湖水浴の家族連れで賑わっていた。

近くに260円の市民温泉があり、疲れを取った。

 

 

 

小川原湖の夕暮れ。

海跡湖で汽水湖。

 

(8/21朝)

大きな魚の波跡が見えて、海鳥が寄って来てい。