高橋 洋一高橋洋一「ニュースの深層」
消費税増税すれば株高・円安になると増税派の市場関係者や学者ははやし立てていた。そうした話をマスコミも無批判に垂れ流していた。ところが、増税を決定したら、実際には彼らの主張と逆に円高・株安になっている。
また、増税は国際公約だとも繰り返していたが、海外紙では増税がこれからの日本経済のアキレス腱になるとの論調も多い。
いずれにしても、増税派の人々の予想は実際にはずれていたわけだ。そこで今度は「米国の政府機関閉鎖や債務の上限問題が影響している」と別の理由を持ち出してきている。ところが、これはやや的外れだ。ここ数日間の日本の株価の下落は、世界のほかの国と比べても大きい。
96年間に75回も債務上限が引き上げられた「年中行事」
それはそれとして、米国の債務上限問題は、米国の構造的欠陥法によるものだ。1917年の「第2自由公債法」によって債務残高に上限値を設定。すぐに債務額が上限に達するので、しばしばそれが政治駆け引きに使われてきた。現在16兆7000億ドル(およそ1600兆円)であり、今月の17日までに債務上限を引き上げなければならないという。ただし、これまで96年の歴史で、75回も債務上限が引き上げられている。2年前の2011年7月にもすったもんだの騒ぎの後、債務上限が引き上げられたのを記憶している人も多いだろう。
いってみれば年中行事だ。まさか、わざわざ米国債をデフォルトにするような馬鹿なマネを米国議会はしないはずだ。
ただし、今回は、この債務上限問題を今月17日に控えて、暫定予算が通らなかった。米国の会計年度は10月1日から始まるが、暫定予算が通らずに、政府機関閉鎖になってしまった。
もっとも、本予算も暫定予算も通らない予算空白は、それほど珍しいわけでない。最近30年間でも20回近くの予算空白がある。これも米国では日常茶飯事なのだ。ただ、今回は今月17日の債務上限引き上げを控えて、それまで予算空白が続く見込みなので、政府機関閉鎖になったと思われる。
雇用を軸として金融政策を展開するアメリカ
思わぬ余波もある。米労働省が4日に予定していた9月の米雇用統計の発表を延期した。雇用統計は、連邦準備理事会(FRB)の量的緩和など米国政策の今後の行方を占う上で重要な材料だ。この事実は、いかに金融政策が雇用を軸として展開されているかを明白にしている。日本も、雇用重視の金融政策という世界の常識にキャッチアップしたほうがいいことを思い知らされる。
ちなみに、日本の場合、予算空白は少ないが、それでも戦後70年間で20回くらいある。ただし、いずれも1週間以内の短期間であったので、立て替えなどで対応した。米国のような政府機関の閉鎖という事態になったという話は聞いたことがない。
米国では、予算空白が長くなり、連邦政府でも州政府レベルでも、今回のように政府機関が閉鎖されることがときどきある。野党が予算案審議に抵抗して予算ができないと、人命や財産の保全を含む「必要業務」を除いて政府機関を閉鎖しなければいけないという、世界でもあまり類例がみられない法律があるからだ。その法律の規定通りに政府機関が閉鎖されると、国民の批判は野党側に向けられたことが多い。
米国で有名な政府機関の閉鎖は、クリントン時代の1996年12月から1月にかけて近年で最長の21日間行われた。「必要業務」として、恒久権限予算・多年度予算業務、国防、外交、医療、交通安全、国境警備、国有財産管理、刑務所、犯罪調査、緊急災害、電力、金融秩序維持、租税徴収、研究施設維持と列挙され、これら以外は業務停止した。
その結果、連邦政府で28万4000人が非必要業務職員として一時休暇となり、47万5000人が必要業務職員として勤務を続けたが、給料は支払われない状態だった。
国民生活への影響として、公立病院での患者受け入れ拒否、諸申請事務の遅延、国立公園の閉鎖、パスポート事務の停止などがおきた。国民世論はしだいに野党・共和党に批判的になった。最後は、共和党が折れ部分的な歳出削減で暫定予算を通した。
今回も、批判の矛先は共和党に向かっているようだ。民主党の医療保険改革法(オバマケア)が酷いからといって、政府機関閉鎖まで追い込むのはやり過ぎという批判が多くなっている。
過去の例からいっても、共和党が折れて、暫定予算が通るとともに、債務上限が引き上げられる可能性が高いだろう。
ネット負債はアメリカのほうが日本より多い
債務上限を明示的に法律で定めるという、いわば究極の財政規律であるが、これまでの対応では決して増税などの過度な緊縮財政にならなかったことは強調してもいいだろう。
これをいうと、日本の増税派は、日本の債務残高が巨額であると反論するだろう。1000兆円の債務でGDPの2倍というのは、耳にタコができるほど聞いた。これに対して、大蔵省にいたとき国のバランスシートを初めて作成した筆者は、バランスシートの右側の負債だけをいうのは不十分で、バランスシートの左側の資産を考えてネット債務で見ればたいしたことないと指摘してきた。(8月19日付け本コラム「消費税増税の前に政府が抱える巨額な金融資産と天下り先特殊法人を処分すべきだ 財務省にとって不都合な真実」)
それを米国の場合に日本と比較して具体的にみてみよう。まず、政府バランスシートについて、米国では米財務省(http://www.fms.treas.gov/fr/12frusg/12frusg.pdf)、日本では財務省(http://www.mof.go.jp/budget/report/public_finance_fact_sheet/fy2011/national/2011_01a.pdf)に資料がある。
米国の2012年9月末の政府資産は2兆7483億ドル、負債は18兆8493億ドル、2012年の名目GDPが16兆2446億ドルなので、資産、負債、ネット債務の名目GDP比は、それぞれ16.9%、116.0%、99.1%。日本の2012年3月末の政府資産は628兆9183億円、負債は1088兆2293億円、2012年の名目GDPが475兆5727億円なので、資産、負債、ネット債務の名目GDP比は、それぞれ132.2%、228.8%、96.6%。(下図参照)
なんと、ネット負債は米国99.1%、日本96.6%とやや米国のほうが高い。政府資産は圧倒的に日本のほうが大きいが、これは天下り先に流れ込んでいる金融資産が大きいからだ。
政府資産の話を財務省官僚にすると、返事はいつも、売れない道路があるからだと主張するようだ。ところが、道路は資産の十分の一に過ぎない。その3倍以上の金融資産が天下り先に流れ込んでいるので、それを売れないのとかと聞くと、財務省官僚は動揺する。せめて、マスコミ諸氏は、この程度の知識をもってほしいものだ。
日本より財政事情が悪い米国で、財政問題(債務上限問題や政府機関閉鎖)で増税があまり議論されず、日本では増税実施というのはあまりに酷いコントラストではなかろうか
消費税増税すれば株高・円安になると増税派の市場関係者や学者ははやし立てていた。そうした話をマスコミも無批判に垂れ流していた。ところが、増税を決定したら、実際には彼らの主張と逆に円高・株安になっている。
また、増税は国際公約だとも繰り返していたが、海外紙では増税がこれからの日本経済のアキレス腱になるとの論調も多い。
いずれにしても、増税派の人々の予想は実際にはずれていたわけだ。そこで今度は「米国の政府機関閉鎖や債務の上限問題が影響している」と別の理由を持ち出してきている。ところが、これはやや的外れだ。ここ数日間の日本の株価の下落は、世界のほかの国と比べても大きい。
96年間に75回も債務上限が引き上げられた「年中行事」
それはそれとして、米国の債務上限問題は、米国の構造的欠陥法によるものだ。1917年の「第2自由公債法」によって債務残高に上限値を設定。すぐに債務額が上限に達するので、しばしばそれが政治駆け引きに使われてきた。現在16兆7000億ドル(およそ1600兆円)であり、今月の17日までに債務上限を引き上げなければならないという。ただし、これまで96年の歴史で、75回も債務上限が引き上げられている。2年前の2011年7月にもすったもんだの騒ぎの後、債務上限が引き上げられたのを記憶している人も多いだろう。
いってみれば年中行事だ。まさか、わざわざ米国債をデフォルトにするような馬鹿なマネを米国議会はしないはずだ。
ただし、今回は、この債務上限問題を今月17日に控えて、暫定予算が通らなかった。米国の会計年度は10月1日から始まるが、暫定予算が通らずに、政府機関閉鎖になってしまった。
もっとも、本予算も暫定予算も通らない予算空白は、それほど珍しいわけでない。最近30年間でも20回近くの予算空白がある。これも米国では日常茶飯事なのだ。ただ、今回は今月17日の債務上限引き上げを控えて、それまで予算空白が続く見込みなので、政府機関閉鎖になったと思われる。
雇用を軸として金融政策を展開するアメリカ
思わぬ余波もある。米労働省が4日に予定していた9月の米雇用統計の発表を延期した。雇用統計は、連邦準備理事会(FRB)の量的緩和など米国政策の今後の行方を占う上で重要な材料だ。この事実は、いかに金融政策が雇用を軸として展開されているかを明白にしている。日本も、雇用重視の金融政策という世界の常識にキャッチアップしたほうがいいことを思い知らされる。
ちなみに、日本の場合、予算空白は少ないが、それでも戦後70年間で20回くらいある。ただし、いずれも1週間以内の短期間であったので、立て替えなどで対応した。米国のような政府機関の閉鎖という事態になったという話は聞いたことがない。
米国では、予算空白が長くなり、連邦政府でも州政府レベルでも、今回のように政府機関が閉鎖されることがときどきある。野党が予算案審議に抵抗して予算ができないと、人命や財産の保全を含む「必要業務」を除いて政府機関を閉鎖しなければいけないという、世界でもあまり類例がみられない法律があるからだ。その法律の規定通りに政府機関が閉鎖されると、国民の批判は野党側に向けられたことが多い。
米国で有名な政府機関の閉鎖は、クリントン時代の1996年12月から1月にかけて近年で最長の21日間行われた。「必要業務」として、恒久権限予算・多年度予算業務、国防、外交、医療、交通安全、国境警備、国有財産管理、刑務所、犯罪調査、緊急災害、電力、金融秩序維持、租税徴収、研究施設維持と列挙され、これら以外は業務停止した。
その結果、連邦政府で28万4000人が非必要業務職員として一時休暇となり、47万5000人が必要業務職員として勤務を続けたが、給料は支払われない状態だった。
国民生活への影響として、公立病院での患者受け入れ拒否、諸申請事務の遅延、国立公園の閉鎖、パスポート事務の停止などがおきた。国民世論はしだいに野党・共和党に批判的になった。最後は、共和党が折れ部分的な歳出削減で暫定予算を通した。
今回も、批判の矛先は共和党に向かっているようだ。民主党の医療保険改革法(オバマケア)が酷いからといって、政府機関閉鎖まで追い込むのはやり過ぎという批判が多くなっている。
過去の例からいっても、共和党が折れて、暫定予算が通るとともに、債務上限が引き上げられる可能性が高いだろう。
ネット負債はアメリカのほうが日本より多い
債務上限を明示的に法律で定めるという、いわば究極の財政規律であるが、これまでの対応では決して増税などの過度な緊縮財政にならなかったことは強調してもいいだろう。
これをいうと、日本の増税派は、日本の債務残高が巨額であると反論するだろう。1000兆円の債務でGDPの2倍というのは、耳にタコができるほど聞いた。これに対して、大蔵省にいたとき国のバランスシートを初めて作成した筆者は、バランスシートの右側の負債だけをいうのは不十分で、バランスシートの左側の資産を考えてネット債務で見ればたいしたことないと指摘してきた。(8月19日付け本コラム「消費税増税の前に政府が抱える巨額な金融資産と天下り先特殊法人を処分すべきだ 財務省にとって不都合な真実」)
それを米国の場合に日本と比較して具体的にみてみよう。まず、政府バランスシートについて、米国では米財務省(http://www.fms.treas.gov/fr/12frusg/12frusg.pdf)、日本では財務省(http://www.mof.go.jp/budget/report/public_finance_fact_sheet/fy2011/national/2011_01a.pdf)に資料がある。
米国の2012年9月末の政府資産は2兆7483億ドル、負債は18兆8493億ドル、2012年の名目GDPが16兆2446億ドルなので、資産、負債、ネット債務の名目GDP比は、それぞれ16.9%、116.0%、99.1%。日本の2012年3月末の政府資産は628兆9183億円、負債は1088兆2293億円、2012年の名目GDPが475兆5727億円なので、資産、負債、ネット債務の名目GDP比は、それぞれ132.2%、228.8%、96.6%。(下図参照)
なんと、ネット負債は米国99.1%、日本96.6%とやや米国のほうが高い。政府資産は圧倒的に日本のほうが大きいが、これは天下り先に流れ込んでいる金融資産が大きいからだ。
政府資産の話を財務省官僚にすると、返事はいつも、売れない道路があるからだと主張するようだ。ところが、道路は資産の十分の一に過ぎない。その3倍以上の金融資産が天下り先に流れ込んでいるので、それを売れないのとかと聞くと、財務省官僚は動揺する。せめて、マスコミ諸氏は、この程度の知識をもってほしいものだ。
日本より財政事情が悪い米国で、財政問題(債務上限問題や政府機関閉鎖)で増税があまり議論されず、日本では増税実施というのはあまりに酷いコントラストではなかろうか