社説:国のかたち 「官僚内閣制」を超えよ
「地方分権丈夫なものよ ひとりあるきで発てんす」
1928(昭和3)年、大正デモクラシーを経た初の普通選挙で、政友会が掲げたスローガンである。
近代国家・日本を築いた明治政府は中央集権と官僚主導を統治システムの基盤に据えた。約80年前の政友会のような主張もあったが、戦時体制で「官主導」はむしろ強化され、戦後政治に仕組みは引き継がれた。
来る衆院選では、そのあり方が問われようとしている。
議院内閣制の下で首相が選ばれながら実際は縦割り省庁の官僚が行政を主導する政府と与党の二元状況は「官僚内閣制」とすら呼ばれる。しかも、地方行政の多くの分野で自治体は中央官庁の統制に服している。
その制度疲労が、政治を停滞させる要因として、強く意識されている。安倍内閣を失速させた「消えた年金」、福田内閣が守勢に回った道路財源の無駄遣い、麻生内閣の経済対策に疑問を突きつけた各省のひも付き基金の乱造……。ここ数年の政権混迷には「政と官」の機能不全が暗い影を落としている。
同時に、中央省庁が施設の設置基準までこと細かに地方行政を縛るシステムは非効率なうえ、地域から活力や多様性を奪い取った。政治主導と分権改革の実現こそが政治、経済の閉塞(へいそく)状況を打破する鍵だ。その構想力を、各党は切迫感を持って競わねばならない。
◇閣議の復権を図れ
この問題の争点化に特に意欲的なのが民主党だ。鳩山由紀夫代表は中央官庁による国家公務員の天下りのあっせん禁止など「脱官僚」を政権交代の旗印として掲げている。
従来の内閣の姿をどう改め、政治主導を実現するかを公約で示すべきだ。首相直属の「国家戦略局」で予算の骨格を策定する構想を鳩山氏は表明し、省庁の縦割りを廃した予算編成を進めるとしている。だが、法律の制定を必要とし、財務省との役割分担やその陣容も不明確だ。小沢一郎代表時代から唱えている政府に国会議員100人以上を送り込む構想にしても、現在の大臣、副大臣、政務官制度とどう違うのかが、今ひとつ不明確だ。
真に同党が政治主導を目指すのであれば、中央省庁の官僚が政策を事前調整することで、閣議の形骸(けいがい)化をもたらしている「事務次官会議」の位置づけを見直すべきだ。党内には政権獲得に向けて官僚の警戒をあおることは得策ではない、との計算から政権構想提示に慎重論も根強いという。だが、枢要な部分をあいまいにしたままではいけない。
一方、自民党は公務員制度改革をめぐる党内の議論を今後、どう集約するかが問われる。各省の幹部人事の一元化に向け「内閣人事局」を置く国家公務員制度改革関連法案は衆院解散とともに廃案になった。
人事局構想をめぐっては局長人事などを通じての各省の影響力温存が指摘され、より踏み込んだ法改正を求める動きも党内にある。単純に改革法案を焼き直しても、国民の共感は得られまい。
統治機構を見直す意味で、同様に重要なのが、地方分権改革だ。中央省庁との対決路線を掲げる橋下徹・大阪府知事らに背中を押され全国知事会も自民、民主、公明3党の公約の分野別採点に踏み切る。もはや総論で「分権賛成」と言って済まされる段階ではない。
◇問われる税源移譲
民主党は、国からのひも付き補助金を使途を定めぬ一括交付金に改編する構想を看板に掲げる。確かに、この改革が実現すれば国が地方を細かく統制する行政の姿は大きく変わり得る。実現までの工程を公約に明記すべきである。同時に、国から地方への税源移譲への姿勢が問われる。国と地方の税源配分を現行の6対4から対等に改めるよう、地方側は求めている。公明党は公約で実現を目指す見解を示したが、財源の移譲は分権推進に不可欠だ。
自民党は、自公政権下で出された政府の地方分権改革推進委員会による勧告への対応を明示すべきだ。国から地方への権限移譲、国の出先機関見直しなどの勧告に対し、政府・与党の取り組みは鈍かった。こうした点をあいまいにしたままでは、さきの東国原英夫・宮崎県知事の擁立騒動など、人気取り目当てだったとのそしりを免れまい。
国のかたちをめぐる議論は、将来の自治体像の展望に行き着く。自民党は都道府県を廃止する「道州制」実現に向け検討の加速を打ち出すとみられ、公明党は「地域主権型道州制」を目標に掲げた。だが、道州制を強調するあまり、分権への取り組みがおろそかになってはならない。
民主党は小沢氏の持論だった「国と300市」への再編構想を見送ることにした。道州や都道府県も置かず国と市の2層とすれば国の行政領域を広げ中央集権を加速しかねなかっただけに、理解できる。
では「小沢構想」に代わり、どんな国家像を描くのか。より踏みこんで語らねばならない。