☆ルート・アイリッシュ(2010年 イギリス、フランス、ベルギー、イタリア、スペイン 109分)
原題 Route Irish
staff 監督/ケン・ローチ 脚本/ポール・ラヴァティ
撮影/クリス・メンゲス 美術/ファーガス・クレッグ 音楽/ジョージ・フェントン
cast マーク・ウォーマック アンドレア・ロウ ジョン・ビショップ ジョフ・ベル
☆2007年9月16日、ブラックウォーター事件
いつの頃からか、民間軍事会社ってのがあることを知った。ボスニアあたりに平和維持軍が派遣されたあたりだったかもしれない。そのときは、そうなんだ~とだけ、単純に受け止めてた。調べてみたら、1989年に南アフリカでできたのが世界初らしい。そのあとは紆余曲折あって、2008年に国際的な規制ができて、事業種別として、民間軍事会社PMSCs(Private Military and Security Companies)てのが成立したんだけど、そのあたりのことについては、置いとこう。ともかく、そうした軍事会社はさまざまな国の人間を雇い入れて戦場に送り、戦闘行為や平和維持活動とかに従事させている。
戦争や戦場といった血なまぐさいものとやや距離を置いている日本では、なかなか想像しにくい会社だ。けど、ぼくらはブラックゴースト団を知っているから、なんとなく想像はつく。で、この映画が扱っているのは、その軍事企業の民間兵コントラクターだ。リバプールで生まれ育った親友同士がコントラクターになってイラクに駐留し、ひとりは帰還し、ひとりは居残り、その後者がルート・アイリッシュで謎を死を遂げた。
その死の謎を解いてゆくのが映画のあらすじだけど、ぼくはほんとに知識がなく、ルート・アイリッシュという言葉は造語だとおもってた。映画用に、イギリス人のケン・ローチが考え出したものなんだと。ところが、そうじゃなかった。
「バグダッド空港と米軍管轄区域グリーンゾーンを結ぶ12キロの道路のこと」
だそうで、ほんとにあった。そこで銃撃されて死んだ友人の謎を、主人公が解いていくわけだ。結局、なんの罪もないイラク人たちが殺されるのを目撃、かつ非難したために、会社の上役によってルートアイリッシュの往復業務に就かされ、合法的に口封じされたという事実を知るにおよび、親友の弔い合戦に出るんだね。
こんなふうに書くと単純な話ながら、主題はかなり重い。民間兵がイラク人を殺害しても絶対に罰されないという、指令17条Coalition Provisional Authority Order 17のことだ。アメリカが中心になった連合国暫定当局CPAが強引にイラク議会を通して発行したもので、民間軍事会社はイラクの法律に従わなくてもよく、基本的になにをやっても許される、常識では考えられないような治外法権の権化のような法律だ。
「こんなばかげた話があるか」
ってのが、ケン・ローチの主張だろう。
モデルになった事件がある。2007年9月16日、バグダッド西部にあるニソール広場で、ブラックウォーターUSA社の民間兵がいきなり民間の車輛に発砲した。すると、仲間の兵も銃を乱射し、結果、17人が殺され、24人が負傷するという、信じられないような大惨事が引き起こされた。ブラックウォーター事件っていうんだけど、この事件はさすがにぼくも憶えてる。
映画では別な事件が引き起こされ、それを親友が目撃したことになってるんだけど、これを主人公が調べていく内に、ひとつの慣用句が聴取相手から漏れてくる。英語についてまったく無知なぼくは、こんな慣用句があるなんてまるで知らなかった。
「he was in the wrong place at the wrong time」
かれはまずいときにまずいところにいた、不運な事故としかいいようがない。てな感じの訳になるらしいんだけど、この映画の場合、もうすこし踏み込んでる。つまり、まずいというのは、軍事会社にとって、ひいてはアメリカにとって、ということだろう。
結局、さっきの事件をはじめ、いくつかの不祥事が続いたことから、2009年1月1日、イラク政府は指令17条を無効を宣言した上で、軍事会社から免責特権を奪い取ったそうだけど、だからといって、民間兵の不祥事が無くなったかといえば、どうもそうじゃないらしい。
映画のラストが主人公の入水っていう暗澹としたもののように、戦争の闇の部分はどこまでも続いていくんだろうな。