Sweet Dadaism

無意味で美しいものこそが、日々を彩る糧となる。

硝子の官能

2004-08-12 | 物質偏愛
 久々に実家に帰ったら、ドームの花瓶が置いてあった。
いつのまにこんなものを・・と苦笑しながら指輪と時計とを外し、わざとぞんざいに花瓶の首もとをぐいっと掴んで引き寄せた。

重さは想像通り。
感触が、なにか違う。
今まで私の知っていたガラス器とは全く異なるしっとりと掌に吸い付く、いや纏わりつくような肌触り。裏切られたかも・・と思いながら、つい両手でやんわりと花瓶のカーブを掌のカーブに沿わせ、ぴったりと寄り添わせてみる。気持ちがいい。

 なによ、これ。
呼吸している生きもののような硝子器はくすんだ黄色、山吹、茜、桃色の狂ったグラデーションをしていて、陽にかざしても向こうを透かし見ることはできない。
夏なのに、なんだか暖かくて産毛が生えているようにしっとりと湿り気を感じさせる魔性の硝子。「これ」に性別があるとするならば、確かにそれは「女」の気配。しかも、私という女をも虜にできるだけの格別に妖艶な女。沈黙と、酒と、口紅のこよなく似合う女。人を狂気に陥れることはできても、決して自分は狂気に至る最後の扉を死守できる女。

 居間を通りがかった母親が硝子器に夢中な私を笑う。
「これ」は私の家族にはまだその正体を現していないらしい。
ひとり虜にされた私は、居間を通りかかる際に自分が手ぶらであったら、毎日その首もとを投げやりに掴み上げて自分に引き寄せてかき抱き、私自身の腕や首筋に硝子の肌を這わせたりして遊んだ。

 実家を離れる最後の日、居間に差し込むステンドグラスの光を妖しくぼわりと照り返すそれに、しばしの別れと柔らかな口付けをした。