貝の中の小さな部屋で
わたしは小鳥のように真実の歌を歌っていた
それはずいぶんと長い歌で
歌っていると心地よく
胸がすうっとするのだが
すべてを歌いきるまで一月以上もかかった
歌は貝の部屋の中から
風に乗り世界中に流れていって
ああこれでもう安心だと
わたしはほっとして外に出た
すると外には見知らぬ道があり
右手の方に参道も鳥居もない不思議な神社があった
わたしはその神社に向かい
社の前で皆が救われるようにと手を合わせて祈った
そのときだった
こっちに来て
家の中に入りなさい
声が聞こえて わたしが振り向くと
一軒家の向こうに見知らぬ男の人がいて
手をふりながら わたしを呼んでいるようなのだ
わたしは何かに操られるように
小走りで小さな家の軒下に飛びこんだ
するとその途端
ものすごいスコールが降ってきて
わたしはずぶ濡れにはならなかったものの
スカートの裾を少し濡らしてしまった
雨はすぐに止んで
わたしはさっきの男の人にお礼を言おうと
軒を出てその人に近づいて行った
不思議なことだ
わたしは男の人が苦手で
自分から近づいていくことなどめったにないのに
その人ならなんとなく安心していいような気がして
足が吸い込まれるように駆けていったのだ
わたしは男の人に頭を下げて
すぐさまお礼を言おうとしたのだが
その人の左手に酷い切り傷があり
血が流れているのを見て 一瞬口が鉛になった
ああ 神さま
神さまが おやりになるのですか
わたしはおそるおそる言った
なぜそう言ったのかはわからない
ただわたしは なんとなくその人が
神さまであるような気がしたのだ
男の人は何も言わず
気がついたらどこにもいなくなっていた
わたしは神さまの手の傷から流れていた
血が目に痛いほど赤かったことが忘れられなくて
それが自分でも痛くて
どうしようもなくそこに立ち尽くしていた
しばらくしてわたしは貝の部屋に帰り
床の中に滑り込んで
思わず激しく泣いてしまった
もう遅いのだ
もう遅いのだ
どんなにみんなががんばっても
もう遅いのだ
神さまの手の赤い傷は
二日目の月のような形をしていた
見ようによれば鎌のようにも見えた
これからすべてを始めると
神さまはわたしに言いに来て下さったのだ
わたしは確かに言った
これでみんなが救われると
しかしそれがそれほど厳しい道だとは
思いもよらなかった
人々よ
神々が動いて下さる
そしてわたしにはもう
何もできない
神々が動いて下さる