ベテルギウスの紺のふすまは
それから 三日の間 そこにあった
扉を開けるたび まだ通らないと言うと
ベテルギウスは悲しそうな顔で わたしを見た
お風呂に入れないのは つらかったが
わたしは わたしの意志をまげない
わたしときたら ほんとうに硬い男だ
その硬さは 金属的だ
神は わたしをおつくりになるとき
少々塩梅をまちがえたのかもしれぬ
曲げようにも 曲がらない
わたしという存在は 自分としても
とてもめずらしいと思う
それが 時々 ともだちをたいそう苦しめる
わたしは いるだけで
人の心に 不思議な影を生むのだろうか
プロキオンが ち と
悲しげに 鳴いた
ベテルギウスが いなくなると
わたしは 待っていたように 岩戸を巡った
プレアデスのお風呂をさがして
でもなかなか 浴室に出会えない
何度か ふすまを開けて
小さな窓のある 和室にたどりつくと
わたしはつかれて ふうと息をつき
畳の上に 座った
添え木をつけられた わたしの足が痛む
もし とわたしに声をかけるものがいて
ふりむくと いつしかそこに星がいた
わたしは驚いて 立ち上がった
その拍子に 足が崩れて
倒れそうになったわたしを
星はやさしく 抱き上げてくれた
そして ゆっくりと わたしを
畳に座らせてくれるのだ
無理はしないでください
お体に悪い
星は とても 信じられないほどの
きれいな声で わたしに言った
男の声だが あまりに澄んでいて
聞いているだけで ここちよい
わたしは まじまじと星を見つめた
星は やさしくも悲しみに満ちた目で
わたしを見る
知っている ともだちはいつも
こんな風に わたしを見る
アルタイルです と星は言った
わたしはこの星を 深く知っているような気がした
何か とても大きな共通点を持っている
それゆえに 深く愛している
なつかしさよりも よろこびが
わたしを満たす
このひとは わたしに似ている
あなたの考えていることがわかりますよ
と 星は言った
ええ わたしも わかります
あなたの考えていることが
と わたしは言った
そして わたしたちは 同時に笑った
ごくろうをなさっておりますね
と アルタイルは言った
ええ そういうあなたも
と わたしは言った
ここちよい安堵感が わたしを満たす
ああ 同じだ
この人と わたしは
アルタイルは たくましく
硬質な 顔をしていた
太い腕を動かし 何の迷いもなく
軽々と わたしを持ち上げ
運んでくれた
あなたは今 女性ですから
たすけてあげましょう
と アルタイルは言い
ふすまを いくつか開けて
プレアデスのお風呂まで
わたしを つれていってくれた
わたしは 人に抱き上げられるなど
考えられる限り 初めてだったので
少々 恥ずかしく思った
でも アルタイルには迷いはない
それが当然というように わたしを運んでくれる
プレアデスのお風呂には
サフランのような色をした お湯がはってあった
ここちよい香りが
わたしを一層 幸福な気持ちにしてくれた
わたしはアルタイルの腕から下りて
深くお礼を言った
すると アルタイルはほほえんで
わたしを見つめ
いいえ ありがとうは わたしのほうです
と 言うのだ
あなたを あいしています
アルタイルは 言った
わたしは 彼の気持ちが そのままわかった
もう 何のことばも 必要なかった
しばらく見つめあった後
アルタイルは 静かに消えていった
ああ わたしと あの人は 似ている
そう思うだけで
わたしは うれしかった
ひとりではない
サフランのお湯に つかりながら
わたしは 両の足の骨が
いつしか ずいぶんと太くなっていることに
気付いた