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月の岩戸

世界はキラキラおもちゃ箱・別館
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プロキオン・3

2013-06-06 04:23:36 | 詩集・瑠璃の籠

その日わたしは 小窓から外を見ていた
プロキオンのいる 小さな瑠璃の籠をつるした
わたしの小窓から 黒い繻子のような
夜が見えた

彼が わたしの中から
気配を消してから
数週は経っているだろうか
時の数え方を忘れてしまったから
よくわからない

彼が どこに 何をしに行ったのかも

彼が支えていてくれた
わたしの心臓は
棘もだいぶ少なくなっていた
破れたところは 水晶を溶かしたような
粘着剤で補強してある
あたたかい 小鳥のようなものが
心臓の近くにいて
わたしの心臓をしきりに励ましている
それが何かは 詳しくはわからないが
たぶん 彼の愛だろう

わたしの岩戸は
外からは 見えないらしい
だから 人間には
滅多には見つからないそうだ
でも ときどき 見える人がいて
人間はわたしを訪ねるときには
その見える人に 導かれねばならないらしい

プロキオンが 鳴いている
彼がいなくなって さみしいわたしの心を
慰めてくれる
ああ わたしは 昔飼っていた
わたしの犬のことを 思い出した
かわいい わたしの犬
愛していた とても好きだった
わたしは 愛ゆえに
一秒たりとも 愛することができなければ
死んでしまう
だから 素直な心で愛させてくれた
わたしの犬がそばにいてくれたことは
ほんとうに 嬉しかったのだ
わたしの 犬

かのじょはいま どこにいるだろう
ねえ プロキオン
と わたしは籠の中のこいぬの星に尋ねてみた
すると プロキオンは
小さな声で笑いながら
言った

ああ その笑顔
なつかしい あなたですね

わたしは 笑っていますか?

ええ とてもやさしく
でも さみしそうに

そうですね 少し さみしい

あなたは いつも
そんな風に 人間を見ていた
やさしく さみしげに
そして 愛のために
せねばならぬことをするために
行った
わたしたちの 止める声もきかずに

ああ わたしは
とても頑固ですから

頑固にも ほどがあるほどに
わたしたちは 許してきた
だが もう
これ以上は 許せないのです
人間を

そうなのですか

そうです
あなたは 愛ゆえに
愛さずにいられない
愛さずには 生きてゆけない
愛が 愛さずにいられるほど
あなたは 強くはない
あなたは あまりにまっすぐで
愛に 素直でありすぎるのです

そうです みなに
言われ続けてきた
だが わたしは

もうよしましょう
体に悪い

そうですね
わたしの犬 今頃はどうしているでしょう
きっと 故郷に帰って
安心しているでしょう
もう綱に つながれることもない
心のわからない人間に 
苦しめられることもない
それだけが わたしの慰めです
かのじょは死んで もう自由だ

あなたも 自由におなりなさい

何から?

それがわからないほど
愚かではないでしょう
知っているくせに あなたは
いつも 馬鹿のふりをして そんなことを言う

そうですね
わたしは ふふ と笑って
また 小窓の外を見た
夜風が かすかに
開かない窓のガラスを透いて
わたしの目をなでてくれる

ああ 久しぶりに
プレアデスのお風呂に入りたい
わたしは そう思って立ち上がった
そしてプロキオンの籠を 窓から取り外した
プロキオン あなたも
お風呂に入れてあげましょう

わたしは 瑠璃の籠を抱きしめて
小部屋の扉を開けた
驚いた

そこに
朱いすみれの ベテルギウスが守る
紺のふすまが あったからだ





コメント (1)
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