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獅子文六の小説「バナナ」の文学碑 on 2014-10-29

2015年05月27日 16時17分37秒 | 神戸情報

2014年10月29日、神戸市垂水区県立舞子公園内にある移情閣近くに立つ文学碑
の写真を撮ってきましたので紹介します。


上の写真が文学碑で「海が、展(ひろ)がってきた。淡路島が、正面に浮かんでいた」で
始まる獅子文六の小説「バナナ」の一節が刻まれています。

文学碑に刻まれている文章
「海が、展がってきた。淡路島が、正面に浮かんでいた。そして、舞子の松が、
すっかり公園化されたサクの中に、無残の姿を見せていた。
「あれや、移情閣…」淑芳の指さす行手に、海沿いの国道の左端を、
ただ一軒の建物が、西洋の城の円塔のように、空を刺していた。」


獅子文六の小説「バナナ」の主人公は東京に住む台湾出身で、在日華僑総社会長の
呉天童と日本人妻紀伊子の一人息子龍馬です。
小説では呉龍馬とその恋人サキ子が「移情閣」を見学する様子が描かれています。
当時の移情閣はかなり荒れていたようです


上の写真で文学碑が建てられている位置を示しました。


上の写真は移情閣です。

移情閣にはいろんな呼び名があり別名孫文記念館、六角堂、八角堂などとも
呼ばれています。

移情閣は中国人実業家・呉錦堂の別荘「松海別荘」を前身としており、
大正4年(1915)にその別荘の東側に八角三層の楼閣「移情閣」が建てられました。
孫文と「松海別荘」の関わりは、大正2年(1913)、来神した時、神戸の
中国人、経済界有志が開いた歓迎の昼食会から始まります。
その後昭和58年(1983)に兵庫県が「移情閣」を管理していた神戸華僑総会から
寄贈を受け、翌年「孫文記念館」として公開されるようになりました。

移情閣及び呉錦堂さらに孫文について書いた小生のブログ

移情閣

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孫文先生の碑




上の写真は2014年度後期のエッティング作品(銅版画)と
     もとのデザインデッサン

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