無知の涙

おじさんの独り言

メメントモリ

2011年12月05日 | 思い出

(前回の記事の続きです)

 

A君を見るのは初めてではなかった。

同じバイト仲間だったから。でも彼は土日だけの応援要員なので、ほとんど接触する事はなかった。応援要員は全部で7人くらいいたが、学生が多かったせいか、非常に態度が悪く不真面目であった。A君はその連中の頭みたいな存在で、特に目立っていた。

バイト先の先輩からA君が音楽の専門学校に行っていて、そこで久石譲に声を掛けられるほどの才能を持っているという話を聞いた。

実際に曲を聞いたわけではないので、ふーんとしか思わなかったが、その時点で少しA君を意識するようになった。でも特に距離を縮めるような事は出来ず、話すのはその時が初めてだった。

「一緒にバンド組みましょうよ」とA君は言った。

なんで?

このなんで?には2種類の意味があった。なんでA君がこのライブに来ているのだ?もちろん僕は言ってない。でも先輩たちには話したから、きっとそこから聞いたのだろう。来てくれるなら言ってくれればチケット渡したのに。

わざわざ1800円も払わしてしまって、なんか申し訳ない気持ちになった。

もう1つのなんで?は、なんで僕なんだ?と思った。音楽の専門学校へ行っていて、才能もあるという話なんだから、幾らでもメンバーいるだろうに。それも本格的にプロを目指してる人たちが。特に僕はドラムなので、ドラムなんか探せば幾らでも見つかる。才能あるなら他のバンドから引き抜いたっていい。なんでバンド辞めます、っつってる僕に声を掛けてくるんだ。

その事をA君に伝え、その場は別れた。


翌週の土曜日にバイト先でA君に会ったので、改めて礼を言った。その際に再び勧誘を受けた。そして別れ際にデモテープを渡された。どうやらA君が作った曲が収録されているようであった。


家に帰り、渡されたデモテープを聞いて僕は驚いてしまった。なんていうメロディを作るのだ、と。思わず笑ってしまったのを覚えている。それに比べたら僕らが作ったオリジナル曲なんて、まるで子供遊びだった。

曲自体は打ち込みでボーカルも入ってないものであったが、その段階でこの完成度。これをバンドで演奏したらどうなるのか。これに歌詞がついてボーカルの声が乗ったらどうなるのか。悔しいが、それを考えるだけで興奮してしまった。これが才能というものなのか、と僕は思った。

だが彼の曲を聴いて、ますます彼とバンドなど組めないと思った。僕なんかとチンタラやってる場合ではないのだ。弱点をカバーして作り込めば、すぐにでもどっかの事務所へデモテープを送りつけられる。そう思わせるモノがある。

僕自身バンドを初めて3年そこそこの経験しかないので知ったとうな事は言えないのだが、対バンやらインディーズ、活動する中で知り合った人たちが作った曲、そんな有象無象なメロディを何百と聞いた。やはり上に行く人は人の心を惹きつける何かがある。その何かは様々であるが、僕はA君の曲にその何かを感じたのだ。


僕はA君を飲みに誘い、その事を伝えた。ついでに偉そうだが彼の曲の弱点についても言及した。彼の弱点は「軽さ」であった。もっときちんとベースとドラムを作り込んで、アレンジをつければ素晴らしい作品になるだろう。君ならプロになれる、と。

しかし全く驚いたことに、A君にはほとんどプロ志向がなかった。やれやれだぜ。あれだけプロになりたかった僕には才能がなく、さほどプロになろうと思ってないA君は才能を持て余しているんだから。


僕は相変わらずA君とバンドを組む気にはなれなかったが、2週に一度くらいのペースで飲みに行くようになった。A君にはどこかエキセントリックな所があった。今までに出会ったことのないタイプで、飲むたびに変わった子だなぁ、と思った。それが何か新鮮で、僕はA君と飲むことが楽しくなってきた。

仕事場でもA君と話すようになり、彼が従えている愚連隊の連中とも仲良くなった。まず彼らに休憩室に溜め込んだエロビデオやエロ本を捨てさせる事から始めなければならなかったが。

 
そうして僕とA君は徐々にであるが、確実に仲良くなっていった。


僕は応援部隊ではない本隊に属していたが、本隊の方でも良い先輩たちに恵まれ、楽しく仕事をすることが出来ていた。

だが、そういうのは往々にして長く続かないものである。


ある事件が起きた。

 

つづく 

 

 

 

 




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