10月2日・10月4日~10月5日(39週・10ヵ月・予定日4日前から1日前)
前後しましたが、これはお産の記録です。
長いし具体的だし、きれいなお話ではないので、ご興味のある方のみどうぞ♪
10月2日(火曜日)の夜、ウォーキング中にお腹の張り&腰の痛みが来ました。
妊婦生活でこれまで腰が痛くなった事はなかったので、陣痛かと思いました。
私は生理痛が相当ひどい方で、毎回気を失いかけるほど腰のあたりの鈍痛があるのですが、
陣痛も子宮収縮だから、生理痛と同じしくみで痛みも似ているらしいです。
それで、火曜日は痛かったけど家に帰ってお風呂に入ったら大したことなくなったので病院に電話しませんでした。
そして翌日も特に問題なく過ごしました。
そして10月4日(木曜日)午前、
健診では「1センチしか子宮口開いてないからもっと歩け」と言われて、
(臨月なんだから、腰の痛みがあるからって家で休むなとまでいわれ・・・)
まだまだだからと、初めて膣剤を入れられました。
(子宮口をやわらかくするやつ)
子宮口は赤ちゃんが出てくる道の最後の部分なのですが、赤ちゃんが降りてくる事によって広がります。(頭がその出口に見えてくる)
全開で10センチ、全開して初めて分娩室に入れます。(助産師さんによって違うかもしれませんが)
それまでは、赤ちゃんが降りて来て、骨盤を広げる痛み(陣痛)の波に耐えながら、子宮口が広がるまで歩いたり運動したりしていないといけません。
陣痛の波は、痛い時間数十秒、痛くない時間20分などとなっており、
初産の場合、その痛くない時間が定期的に10分になったら、病院に電話して入院しろと言われています。
その他、破水したらすぐ入院というケースもあり、陣痛か破水かどちらからお産が始まるかは、誰にも分かりません。
私の場合は、陣痛から始まったケースですね。
その健診の後NST(お腹の張りと赤ちゃんの心音を記録し、赤ちゃんが出産に耐えうるかを見る機器)で、
どうやら定期的にお腹が張っており、しかも10分を切っていると言われ、「痛いでしょう」と。
「少し痛いです!」と答えて、「これは陣痛だから、入院しましょうか」と言われました。
えっ??
ちなみに、まだ’おしるし’はなく、それを聞いたら「おしるしが最初に来るとは限らない」ですって。
知らなかったよーーー
おしるしがないから、陣痛と思わなかったんです。。。
でも午後からの病院のマタニティヨガに予約していたので、とりあえずそれに行きたいし、と一度家に帰り、ヨガの用意をしていきました。
ヨガに戻ってきた私の荷物を見て、看護師さんが
「入院グッズはもう預けたの?」と言いました。
まさか、そんなに急を要す状態?
少々びっくりしながらも、まだ家の中の身辺整理したいし(片づけしとけや って感じですが)
ヨガの後帰る気満々でヨガへ。
ヨガの最中も定期的な腰の痛みはありましたが、まだ耐えられる状態だったので、
ヨガの先生や他の生徒さんと、陣痛について語り合い・・・
看護師さんには、「一度帰っても良いけど、病院に戻ってこれないかもしれないよ?」と言われ。。。
「とにかく18時の病院の夕食用意して待ってるよ」と脅され・・?
でもまだ電車に乗れる状態。
とりあえず家に向かいつつ、やはり看護師さんの言葉が気になって
浜松出張中の旦那様に電話。
やっぱり、自分でもいつ産まれるか分からないお産なのに、毎回気になる度に旦那様を呼べないじゃないですか。
そうでなくても、着信があるだけで「え、生まれる?」と緊張感を持っている旦那。
そういう時に限って「今、親子二人(お腹の中と)で栄を歩いてる~♪」という、どうでもいい内容の電話だったりして申し訳ないし。。。
しかし、この日は浜松という、近いようで遠いクライアント先にいた旦那に、一応状況を伝えておこうと電話。
「もし仕事出れるようだったら、出てきてくれる?」と。
さすが、予定日近いということもあって、クライアントさんも快く出してくれましたね。
すぐに浜松から自宅に向かってくれました。
それを聞いて、「万が一電車に乗れない痛みでも、車で病院に行けるから大丈夫だわ~」と
俄然やる気を出して家の整理をする私。
何を整理するって、実は産まれたらすぐ旦那の両親が赤ちゃんを見に来て、我が家に泊まると聞いていたので、
汚れの目立つ水周りの掃除や、レシートその他の細々した物を引出しにしまったり、冷蔵庫の中身をチェックして、生ものを調理したりしたかったんです。
そしてしばらく入れないだろうお風呂にも入っておきたかった。
掃除機とか拭き掃除は誰にでも出来るし毎日汚れてしまうものだから却下。
家に帰ってトイレに行ったら、まさしく「おしるし」ありました!
これは本格的に、その時が来た?!
痛みをこらえつつ家の中をささっと整理しましたが、時間がなくて冷蔵庫の中身はあきらめました・・
あと気になる事は、
個人宅配の生協。来週届く食品を誰が冷凍庫に入れてくれるのか気になります。。。
さらに、明日(金曜日)の午前中にお茶の約束している人がいるんだけど~と思いました。
午後は、マタニティビクスも入れているし。。。
この時、お茶だけでもしてから病院行こうかな、と思っていた自分が恐ろしい!
はっきり言って、そんな事を考えていた数時間後にはしゃべれないほど痛くなっていたのだから、
その翌日にニコニコ笑いながら喫茶店に座っていられるはずないし!
結局、前日と言う直前になってそのお友達にはお茶の約束を延期してもらいました。
ごめんなさい。それにしても、出産前に会いたかったなーーー
この時点で、親や友達にも「今から入院してきまーす」と呑気に電話したり、
mixiの10月出産予定のママ友さんたちに出産実況中継を書き込みできるほど元気でした。
我ながらあほやな。。。
そんな中、17時半に旦那が帰ってきてくれて、18時、病院へ行きました。
病院で、またNSTをつけて間隔を見ました。
ここで初めて、旦那に赤ちゃんの心音を聴かせることが出来て、とても嬉しかったです。
「トントントントントントン・・・」
うちの産院は男子禁制で一緒に診察室に入れなかったので。
この音を健診や、ヨガ・ビクスの前後に聞く度、元気だーと安心したっけ。
もうすぐこの心音も、お腹の中から出てきて実際に耳をつけて聞けるね!
その時はまだ大した腰痛じゃなくて、まだいつもの生理痛のような感じでした。
間隔は8分ぐらい。
我ながら、「私の生理痛って、本当にひどかったんだなー」と思っている余裕がありました。
そして子宮口はまだ1センチ。午前中と一緒かい!
なんか拍子抜け。
そして、「まだまだだから入院してもいいし帰ってもいい」、「明日の朝また来い」と言わたので、
病院にいてもなーと思い、家に帰る事を選択して、用意されていた夕食を旦那と二人で食べ、帰りました。
病院を出たのは19時半頃。
この車での帰り道、しゃべれないほどの腰痛に変わって来ていたのです。
自分でもビックリしました。
これが、陣痛(本物?!)
家についてから、痛みは激しく髪振り乱し・・・
噂に聞いていた「旦那にテニスボールで腰を押して貰うと楽」の通り、
旦那は腰を押してくれたりさすってくれたりしましたが、
私は痛い時、誰にも見られないところで一人で苦しんでいる方が痛みを緩和できる、と本能的に思ったし、
痛がっている人を前にする人の方がある意味辛いだろうから、旦那にこの後数時間も一緒につき合わせるのも気の毒で、
(10月5日)夜中の2時過ぎに電話して、入院しました。
看護師さんも先生も、電話口で
「病院にいたいならいても良いけど、まだまだ時間かかると思うよ」と冷たく言っていたけどね。
この痛みの中、朝、外来の人がいる前で平然とした顔して行けるわけないから、
夜中の誰もいない間に入院させてくれーーー!と思ったのも大きい理由です。
というか、この腰の痛み(赤ちゃんが骨盤に入って広げている)尋常じゃないです(>_<)
これをみんな乗り越えて、しかも二十時間ぐらい続くと思うと、先輩ママさんたちを尊敬します!
(ヤンママだって尊敬します!)
これは、本当に乗り切れないかと思いました。
でも、「絶対乗り切れるから頑張って」と友人からメールが来ていたし
そんな事を考えている間もひっきりなしに痛みの波が来るので、いちいちその痛みに対応しているうちに時間が過ぎました。
そして旦那に送ってもらい、3時、病院へ。
苦痛に顔をゆがめ、呼吸法もちゃんと出来ていない私に先生(医師)がカツを入れます。
「今、苦しくないでしょ?苦しくない時(陣痛と陣痛の間の数分)まで苦しそうにしてたら体力持たないわよ。
あなたは、自分で陣痛から出産までのシナリオを作っている。
子宮口開いてますって言ってあげたいけど、まだ2センチ、おまけで3センチしか開いてないから、今日の夕方ぐらいかな?
旦那ちゃんは、今日会社に行って、帰りに病院に寄ってくれたら生まれるぐらいよ」と。
厳しいですーーー
でも、産婦人科と言うものは、これから大役を果たさないといけない時に弱音を吐いている妊婦なんかに、いちいち優しい言葉をかけてはいられないのでしょう。。。
私はまだ数時間耐えないといけないの?!と途方に暮れ、
とりあえず病院で闘うことを決意。
旦那には「家でゆっくり寝てね」と帰ってもらう。(といってももう4時だけど)
しかしこの判断が、功を奏す!!
その日の夜勤の看護師さん(かなり若い人でしたが)が、私を見て
「腰が痛いでしょ。でもその時に、あなたは下半身に力を入れてしまっているから、それだとせっかく開こうとしている子宮口を自分で閉じてしまっているよ」
と言われ、、、
それを聞いた時の私といったら、もう恐ろしくてびっくりして。
なんですって、それを早く聞いて助かったわ~!!
(朝まで家に耐えていなくて良かった)
力を入れず呼吸で逃すやり方を教わり、朝まで意識して頑張りました。
膝の下にクッションを置いて、わざと力が入らないようにしてろうそくの火を消すような弱く・長く吐く呼吸をする。
これが何とも難しい!
痛いのに、痛くない体勢をとるようなものです。
陣痛と陣痛の間の痛みがないときは、うとうと眠るようにしなさいと言われたものの、
すぐに痛みが来るので、眠れるはずもなく、うっすらと明るくなっていく空を感じながら、「まだ○時か、まだ○時か」と思っていました。
ゴールが近いとも知らずに。
その後、7時15分破水、7時45分いきなり吐く(吐く事はよくあるみたいです)、8時朝食が運ばれてくる。
でも食べては痛みをこらえる、の繰り返しで立って食べてました。
今思うと、その時既に間隔1分足らず?
せっかくのおいしいご飯だったのに、残念・・・
きっと先生も看護師も、そんなに早く進行しているとは思わなかったのでしょう。
8時半、出社して来た助産師さんがNSTをつけてくれ、そのかなりの張りを見て、
「もうだいぶエライでしょ(名古屋弁でキツイ、大変と言う意味)」とベッドに迎えに来てくれました。
9時やっと内診、先生も驚く子宮口8センチ!
「とても昨日の夜1センチだった人とは思えない」と言ってましたね。
その時、内診台で、嬉しくてつい「やったー!」と言ってしまいました。
先生も助産師さんも笑ってましたね。
でもその時の私は、まだもう少し耐えないといけないと思っていたんです。
しかし、、、
すぐ旦那を呼び戻せと言われました。
9時15分旦那に「もう産まれるからすぐ戻ってきて!」と電話。
電話も痛みに耐えながらで、短く切ってしまい、
会社に行く予定だった旦那は「え、えーーーっ?」とあせっていた様子。
破水したので点滴をつけ
助産師さん「旦那さん早く来ないかなー」と言いながら私の腰をさすってくれていました。
今思うと、分娩台に乗ったらもう産まれるって言う状態だったんだろうと思います。
パパの到着をみんなで待ってたよ~
9時52分待ちに待ったパパ到着
ここから汚いんですが・・・
朝の内診で、実は数日分の便をためていて浣腸してもらっていた私。
(産道を赤ちゃんが通る際、その付近にある腸は、物理的に邪魔なので出し切っておきたいんですね。。。小も大もね)
トイレに行っても、陣痛の痛みが一分以内の間隔で押し寄せてくるので
大が出たかどうかも自分で分からない状態。
しかも、陣痛の合間でないと立ち上がれないのに、フラフラしていてトイレの壁にゴンゴンぶつかる。
(お腹が空いていたからでしょうか・・・)
そしてトイレから助産師さんに助けてもらって出て、旦那の到着を待っていた時、
本当に赤ちゃんが出てきてしまうかと思いました。
もう、その他もろもろも出てきそうで・・・
そしてお産用の大きなナプキンの中に、’その他’を出してしまったんですね~
助産師さんに、「オムツの中に○○出しちゃったかも~」と言った私。
助産師さんは日常茶飯事?冷静に「オムツじゃないよ、ナプキンだよ」と。
「何を出してもいいから気にしないで」と言ってくれた優しいお言葉に感謝。
(今思い返せば、入院した時にすぐ病院のパジャマと、産褥ショーツとお産用ナプキンに着替えていたのでした。)
そしてそんな矢先に、旦那到着だったので、助産師さんは機転を利かせてくれ
「旦那さんストップ!」と言って、処理してくれました。
いくら旦那様でも、ちょっと見せられない姿ですもんね。。。あーあ。
そんな事が済んで、やっと10時過ぎに分娩室へ、
10時32分に、無事
2740gの女の子が産まれました
脅威の挽回?でしたね。
先生も、「夜中に入院しに来て、うとうとしたのが良かったと思います。旦那ちゃんも寝れたしね」と言っていたけど、、、
私は、自分を信じて夜中に戻ってきて本当に良かった!
みんなも、いざって時は、医者に何といわれようと、自分の動物的勘を信じてください。
分娩室では、腕からは点滴・鼻からは酸素も吸入されて、
陣痛の波に乗って、3回ずつのいきみで赤ちゃんを出します。
ヨガで習った骨盤を上げる(しっぽを下げる)ポーズがとっても役立ちました!
いきみは、「我慢しないで出して良いんだー!」という不思議な感覚で、
喜んで力を入れる事が出来ちゃいます。
そのいきみが確か3回ぐらい(計9回ぐらい)で、
「次で赤ちゃんの頭が出るよー」と言われ、びっくり!耳を疑いました。
え、もう??
しかもその時助産師さんは先生に内線かけて呼んでました。(先生が赤ちゃんを取り上げる為)
本当に出て来るんだ、と思った瞬間です。
そしてその言葉どおり、次の3回で頭が出てきたみたいです。(自分では見えない)
急に楽になりました。
その時はもう先生も来ていて、
「うわーー上手なお産だった!さすがヨガもビクスも来ていただけある!」
とか言っているのですが、
まだ、体が出ていないのでは??
でも、体なんて頭に比べれば小さいもので、するするっと出てきてくれましたね。
赤ちゃんが出てきた瞬間の泣き声は、想像してた「オギャー」とは全然違って、
羊水を吐き出す音にびっくり。何か違う生命体が生まれたかと思いました。(ごめんね咲葵ちゃん)
こんな音も、退院時の病院からのプレゼント「産声CD」に全部入ってます。
そして、まだ紫色した赤ちゃんが私の胸の上に置かれました。
へその緒だけは切ってあるけど、体に血液や羊水の胎脂がついたままです。
温かい・・・
その時の私の心境としては、「あれ?感動がない。まだ実感がない・・・」と言うものでした。
もっと、大泣きする自分を想像していたから。
旦那はと言うと、(後から聞いたのですが)ただ驚いたらしいです。
赤ちゃんの頭の形と、色とで・・・
そう、赤ちゃんはお母さんの狭い産道を通って来るために、頭の骨を柔らかい状態にして、縮めながら、出てくるんですねーーーすごいっ!
だから、長細くとがって出てきたらしいです。(今はちゃんと丸い気がするけど)
そして、一番大きかった私のその時の気持ちは、
「あーーこれでもう苦しみは終わったんだ!この後どんな痛みも耐えられる!あとは嬉しい事だけ」でした。
そして、ありとあらゆるものを出し切って、すごくすっきり!
そんな事を思いながら、赤ちゃんを胸に乗せながらも、助産師さんと先生はせっせと後処理をしています。
へその緒をするすると引っ張って胎盤を出し、私のおなかをぐっと押して、血液とかその他液体?を出しています。
怖いぐらい、液体が出ている感触がしました。
胎盤の大きさには驚きました。これだけで数キロあるだろうって言うぐらいの、レバーみたいな塊。
この胎盤様のお陰で、赤ちゃんに栄養が行っていたわけです。
お礼を言ってさよならしました。(栄養がいっぱいあるから、食べる病院もあるとか・・・)
出産前は、胎盤を出すと言う作業も痛みを伴うのかと思いましたが、はっきり言って全く感じませんでした。その前の痛みが大きかったから・・・
そしてその後、少しだけ裂けてしまったお下を先生が縫っていました。
ちくちくと。
でも、その痛みもさっきまでの陣痛に耐えた私にとっては大した事ありません。
いやーーーよく頑張った私!
でも、これをみんな母親達は同じように乗り越えているんだから、すごい。
信じられない。
哺乳類って、こういうやり方しか、子孫を残せないの?と思いました。
医学は発達しているのに、母親達は命をかけて体力ギリギリ使って産み落とすなんて。
途中、「ここまで来て、途中でやめる事って不可能なのかな」と思ってしまいました。
陣痛が辛くて・・・
もちろん、本気ではないですが、うっすら「やめられるものなら・・・」と思うほどでしたね。
一番痛かった(辛かった)のは、陣痛に耐えているときですね。
分娩台に乗ってからのいきみは、「もう出していいんだーーー!」という変な開放感で、苦になりません。体力は要るけど。。。
とにかく、
9月30日のパパのいない日をちゃんと避けて出てきてくれた我が子の親孝行ぶりを誉めてあげたいです!
うちの産院では、分娩室で自分のリラックスした状態でお産ができるようにと、
好きなCDを持ってきて良いと言われていました。
一応、私もクラシックのCDを持って行っていましたが、
いざ分娩室で
「CDは部屋のどこにおいてあるの?取ってきてあげる」と看護師さんが言ってくれても、
かばんのどの辺だとか説明している暇があったら早くいきみたい!と思い、
「特にこだわってないから良いんです」と言いました。
先生が「そんな事言わずに取って来てもらったら?」と更に・・・
結局分娩室に元々あったリラックス系の音源が流れていたみたいですが、
もう、そんなものは聞こえていませんでしたね・・・
立会い出産は(うちの病院では協力分娩という)、旦那に額の汗を拭いてもらったり、水を飲ませてもらったり、リップを塗ってもらっただけで、あとは一緒に呼吸&励ましてもらった感じです。
呼吸法で唇が本当に乾きますね。(ママ友のアイアイさんの助言通り分娩室にリップ持って行って正解でした!)
それから赤ちゃんに体温調節機能がないので、分娩室は暑いです。
気分悪くなるような気温です。
旦那に、「立会いの時はスーツじゃなくて洗えるようなカジュアルに着替えてから来たほうがいいよ」と言っておきました。
カンガルーケア(産後2時間ぐらいパパとママと赤ちゃんだけで分娩台に乗ったまま赤ちゃんを胸に乗せて、赤ちゃんにママの免疫をつけたり、自然に母乳にたどり着くのを見ている時間)
の最初のおっぱいも、もぞもぞしながらも近づいてきて、本当に不思議でした。
お母さんのおっぱいの匂いで、自力で辿りつけるんですって。
それから、赤ちゃんはど近眼で、近くにある黒いものは見えているらしいです。
それは、乳首の色が黒っぽいからそれを判別する為とか、言われているみたいです。
神秘です。
赤ちゃんの生まれて初めての検温。
私と同じ36.9℃で(当たり前?)とにかく同じで嬉しかったのを覚えています。
カンガルーの時は母子共に興奮状態で比較的元気だと聞いていましたが、
確かに旦那といろいろしゃべっていましたね。
でも、天井がぐるぐる回っていました。
分娩台で自分のパジャマに着替えさせてもらっている間も、「はい腰上げて、足上げて」と言われるのですが、
ほいほい足腰を上げていたら、「まだ体力余ってるわねーこのお母さん」と驚かれていました。
その後病室まで車椅子で運ばれた時は、なんて物々しい!と思いましたが、
確かに立ち上がると倒れそうな感じでしたね。
そして、午後、部屋に帰ってからの私は、
他の産後のママさん達にもあまり例のないほどダウンしてしまい、
その後4回も嘔吐を繰り返し、おいしくて評判の病院の食事を全く食べられないという始末でした。
あーもったいない。
そしてそんな母親でも、母子同室の我が病院では、赤ちゃんがちゃんと同じベッドで隣に寝かされているんですね~
申し訳ないけど、何かを見ると目が回っている状態で、当日はあまり我が子も見れずぐったり寝ていました。。。
我が子に自分でも驚くような愛情を感じ始めたのは、生後2日目ぐらいからでした。
最も、体の方は生後1日目(出産翌日)から反応を始めたから驚きです。
この話はまた別途。
それにしても、出産に当たって助産師さんには何とも申し訳ないほど全てをさらけ出してしまいました。
自分が赤ちゃんかよって思うぐらい。。。
今思い返しても生々しい記憶!
でも自分の人生の、素晴らしい経験になったと思います。
子育ても大変だろうけど、まずは出産を乗り越えました。
もちろん兄弟をいっぱい作る予定ですが、この痛みを忘れるまではもう少しかかりそう。
2歳違いが希望だから、ちょうどいい頃かな?!