goo blog サービス終了のお知らせ 

クリンの広場

たまっこくりんのおもいのたけ

ヤン=レッツェル(原爆ドームの設計者)~広島旅行・7

2016-09-07 | 旅行記

 広島平和記念公園の、入り口にたつ、原爆ドーム

爆心地付近にありながら、奇跡的に残ったこの建物は、

 人類史上初 の原爆投下の惨禍を 知らしめる、負の世界遺産

として、

今日も、おおぜいの見物人を あつめています。。

 さて、このドーム、大正時代に 「広島県物産陳列館

として

たてられたもので、

設計者は

チェコ人の 

ヤン=レッツェル

という人です。


 ヤンさんは、明治時代に日本に来て、大きな建築の仕事を

何件もこなしました

が、

関東大震災で被災して

全財産を失ったあげく

 自分がつくった建物が ほぼ・倒壊してしまったことに

ショックをうけ

チェコに帰国後、

まもなく

45歳で 病死したそうです。。


今回、

広島に同行した

ジェマちゃんは

美術のお仕事をしていますが、

 原爆ドームの梁や、鉄骨の「造形美」に かんじるところあったようで、

めずらしく

写真をバシバシ

とっていました



 被爆して、ボロボロになった状態で、ずっとこの地にありつづけた

原爆ドーム。。


やはり、長年の風雨に

さらされて

だんだん

劣化しているようで、

 今までに、3回 補強工事がなされているらしい。


震災や

戦災で

自分がつくった建物が

ほぼ

壊滅したのに、

 この建物だけが、こんな形で 後世に長らく伝えられようとしている

ことについて・・、


ヤンさんは どう思うんだろう?

 立ち入り禁止区域にいた猫ちゃんに 問いかけた

ミニクリンでした。




(その8、「平和記念公園全景」につづく)















コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

広島の川(原爆ドームへの道)~広島旅行・6

2016-09-05 | 旅行記

 すべて、歩いてまわれる広島市内・3大観光スポット


縮景園、

広島城、

と つづき、

 いよいよ・向かうは、原爆ドームです


広島城から

城南通りを 

まっすぐすすむと、

 原爆ドーム方面に出る、川原に行き当たります

 この川は、太田川といって、昭和20年8月6日の原爆投下の際、

やけどを負った人々が

飛び込み

 そのまま息絶えて、死屍累々となった、川です

 太田川は、もう少し歩いていくと、「原爆ドーム」のあるあたりで

太田川と、

元安川の、

二またに

分かれます。

 原子爆弾は、ちょうど、原爆ドームの真上あたりで、

炸裂したそうで

このあたりは

まさに

即死エリアでした。。


この日は、8月末


川原には人影もなく、

すだく虫の音が

秋を告げる以外、

何も聞こえないくらい

静かでしたが・・・


川沿いの散策路の空気は、

明らかに

重く、

陰鬱で、

霊感のない ミニクリンたちでも

どんよりしてしまうほど、


現場の空気は

何かを 物語っていました・・。



 広島駅から平和記念公園を目指す・多くの人が、

広島電鉄本線で

原爆ドームに

直行しますが

 

あえて

その手前の太田川沿いを

あるくことを

おすすめしたいと 思います。


 観光地化された、こぎれいな平和記念公園よりも、

リアルを

感じられますので・・・。



(その6、「原爆ドーム」につづく)







 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

カープ練りきり(お菓子のお土産)~広島旅行・4

2016-09-04 | 旅行記

 広島、といえば、鯉(※カープ)

何百年も昔から、殿さまが大切にし、

 市民も、球団にその名をつけて 熱愛してきた

広島の

シンボルです

 ミニクリンたちが広島を訪れた、2016年は、

地元球団・「広島東洋カープ」が、

25年ぶりの優勝を果たしそうなので、

 街中、いたるところに カープへの応援メッセージ

掲げられていました

 こんな風に、盛り上がられてると、ファンでなくても 

「カープグッズ」や

「カープみやげ」が

ほしくなる

というもの。


 意識せずとも、ご当地には、カープ関連商品がゴマンとあり、

ふつうは 

ひとつ・ふたつ

買うものですが・・


ミニクリンたちは

こんなのを 買いました


<カープ・ポテロング>

 「いや~、お土産駄菓子の一番人気は、『カープ選手の写真入うまい棒』

だったんだけどさ~、

30本もあってかさばるから

断念しちゃった。」(チット)


 「・・・うまい棒がよかった」(←ショックを受ける野球ファン)


野球ファンへの 

ばらまき土産 には、

<カープ紅茶>

というものあり

 こっちは かさばらないし、瀬戸内海レモンピール入りだし

カープ女子の心をくすぐること・うけあいです


 広島のばらまき・みやげの定番・「もみじ饅頭」にも

カープは

もちろん

コラボしているので、


職場へのお土産や、

 外したくない方は、「カープ・もみまん」がよいでしょう

(※中身はふつうのもみまん)


さらにさらに!


「もっと希少性のある

 高級なお菓子がいいわ

という方や、

目上の方など

気をつかう相手への

おみやげには・・・

 「カープ坊や」をかたどった、練りきりがいいと思います


お茶席にも、最適です 「えいっ」(プスッ)




(その5、「原爆ドームへの道」につづく)














 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

広島城の見どころ(楽しみ方♪)~広島旅行・3

2016-09-02 | 旅行記

 「縮景園」から10分ほど歩くと、次の観光地・「広島城」に

到着します

 広島城は、広島市内・3大観光地のひとつですが、

そのなかで、

もっとも・たのしめる施設です 

 何が楽しめるかって、サービス満点キャラクターいっぱい

 歴女をよろこばせる、さまざまなしかけ

ほどこされているのです

 広島城は、有名戦国武将・「毛利氏」の居城

もと、

この一帯が

「己斐浦こいのうら」と

呼ばれていたことから、

お城は

別名、

「鯉城」(りじょう)と いい

 「鯉城」の主である歴代藩主たちは、鯉をこよなく愛し

いつしか、

広島県民にとって、

鯉は地元のシンボルになりました  ←広島東洋カープ(※鯉)

 そんな鯉城に 来たからには 

鯉にふれて行かねばなりません 

 広島城公園の中に、「広島護国神社」というのがあるのですが、

 ここを、お参りついでに、ここにしかない、「鯉みくじ」を引いてみる

 鯉のかたちの素焼き置物の、口におみくじが くわえられているのですが・・

その、口のあけっぷりが かわいいんです 

 (末吉だった、こいみくじ・・

絵馬も

もちろん鯉で、

内容はカープ優勝祈願とかです (市民けなげ・・)

 さて、お参りがすんだら、お城のほうに、もどります


毛利がたてて、

福島が一時入り、

浅野の城となった、

広島城

 これがまた サービス精神にとんだお城なので、

ぜひ、

中に入ってみてください

 なにができるって、コスプレ体験が

無料で できるのです

 大人もこどもも、鎧兜を 身にまとうことができますし

 武士と、姫の衣装を着て、勝手に写真も とり放題


 (施設内部も、一部撮影可です。)

「チットちゃん、まだコスプレしてるのかな。」「ほっとこ。」


 いつも、ディープな歴史旅を好む、うちのチットちゃん


今回も、

お城に入る前までは、

 「福島正則・武家諸法度違反・改易事件」にまつわる

石垣をチェックしたり、

 はたまた、日清戦争の大本営跡地をうろついたり、

 広島出身の総理大臣、「池田勇人」の銅像に 足を止めたりして、

ひとり

うなっていました。

 だが、しかし 広島城の 遊びっぷりには、

まじめな歴女も 勝てません  (・・あれは?)


 おもてなし・武将隊です

左から、

小早川隆景

毛利輝元

毛利元就

吉川元春


・・・・・・


(毛利元就さまより、カメラ目線を いただきました

 



(家に帰ってのち。。)


 「いや~、イケメン武将隊って、最近はどこにでもいるんだね

私、

ああいう文化に対して

ちょっと否定的だったけど、

ああいう人たちがいると

やっぱ盛り上がる

・・・・

広島城の主役は、

結局 毛利元就なんだと わかったよ」 (チット談)



「じゃあ、なんで

 おみやげに、伊達政宗タオル』 買ってきたの?」 (クリン)

 「あっ、これはたまたま・・。」(チット)













 

 










コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

しゅっけいえん(縮景園)・8月下旬~広島旅行・2

2016-09-01 | 旅行記

 さあ 広島市内観光です

 広島市内には、いくつかの見どころがありますが、

「縮景園」(有名な日本庭園)

広島城

原爆ドーム(平和記念公園)

ビッグ3を めぐるのに、

 とくに、車やバスは 必要ありません

全部、駅から歩いて まわれます 

 では、まず 広島駅から最も近いところにある、

「縮景園」(しゅっけいえん)

行ってみたいと思います

 ここは、豊臣秀吉の手下・「浅野長政」の別邸として

つくられた庭園で、

 作庭者は、家老で茶人の上田宗箇(そうこ)です。

有名茶人が心をくだいた庭園だけあって、

 まず、いくつかの すばらしい茶室があり

 池泉回遊式という池を中心にぐるっと歩ける、

ポイントごとに景色の変わる、変化に富んだスタイル  

 四季折々の植栽が 見事な庭園。。

全体が、「上田宗箇流茶道」の精神の具現化のような、

 凛としたうつくしさを かもし出しています


また、

「西湖周辺の景を縮小」というコンセプトから、

 「濯櫻池(たくえいいけ)」や、「跨虹橋(ここうきょう)」、

「迎暉峯(げいきほう)」など、 

 中国チックなネーミングの名勝・建物が点在

来園者は

殿さまと同じように、

 キノコみたいな見晴らし台から、太田川の流れや山々の眺めを

楽しむことができます

もちろん、広島藩主が代々好んだ・リッパな鯉も 

 ただ、このお庭 変化に富みすぎてて、

若干のモンダイを

感じました

 アップダウンがきつくて、足腰悪い高齢者だと、園内一周が不可能です

それに、

注意力や反射神経が鈍っていると渡れないほど、橋が細い 


 それでも、元気な健脚のかたがたや

 池に落ちてもへっちゃらそうな 子どもたち

 隣接の広島県立美術館に流れる・文化系の人々など、

人それぞれの楽しみ方があり、にぎわっていました


 でも、、 そのような、城下町の文化の殿堂も、

 やはり、昭和20年の原爆投下で、ぐっちゃぐちゃに・・・


「ここもか・・。」 「広島はどこ行ってもね~・・」(ジェマ)




(その3・「広島城」につづく)



















コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

広島風お好み焼き・こっちじゃん~広島旅行・1

2016-08-31 | 旅行記

 みなさん、こんにちは 

 小さくて、わかりづらいかもしれませんが、ミニクリンです

 今日は、チットちゃんたちにくっついて、広島に

やって来ました

 これから、市内を観光しますが、何しろ東京から

3時間半も

新幹線に乗ったので、

もう、お昼です

 

 だから、とりあえず、ご飯を食べに行きます!

 行き先は、広島駅前のフルフォーカスビル・6階、

「お好み屋台」

っていう

広島焼きのテーマパーク

 広島といえば、お好み焼きはマストなので、

繁華街にある

「お好み村」を

めざすべきなのでしょうが、


昼間にささっと食べる場合や

時間がない場合、

 こちらの商業ビルが便利です

 13店くらいが1フロアーに集結して、昭和40年代の

お好み屋台を再現している、

その名も

「ひろしまお好み物語」

 「電光石火」のような有名店や、非有名店が

一堂に会していて

行列に並ぶべきか?

ゆったりスペースで、スタンダードなお好み焼きを食べるか?

観光客を

悩ませてくれます

 

まずは、フロアーを一回りして

各店の特徴を

確認するのがお約束ですが・・


 このさい、お店からの呼び込みがはげしく、

自称・「もとお嬢様」である 

チットちゃんたちは

びびってしまい、


もっともソフトに呼びかけてくれた店に

腰を下ろしました

 「たくさん店があるから、ぐるーっと一周回ってきて、うちに戻ってきてください

必ず美味しいの、焼きますからね(←「こっちじゃん」お兄さんの呼びかけ)


と、いうわけで、


<肉や魚介が入った、「スペシャル」:1250円>

 このお店の特徴は、パリパリになるまで 熱を通した細めの生麺と、

半熟卵、

おたふくソース系の甘めソースです

 

味的には、

いわゆる

オーソドックスな広島焼きであり、

これだけだと

少し パンチが薄いと感じるかもしれません

 店名に半分かけている、コチジャンやキムチ入り 

または

牡蠣をごろごろのせた

「牡蠣スペシャル」を選ぶと

「食った」感が

満たされそうです


そのさい、

 地元調味料・「レモスコ」をかけまくるのを、お忘れなく



(その2「縮景園」に、つづきます






 

 

 

 

 

 

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

熱田神宮きよめ餅~クリン家名古屋旅行・12

2016-03-09 | 旅行記

名古屋じょう(城)から

ちょっと南に下がると、

市内で 

もっとも有名な神社に、つきます

 

 あつた(熱田)神宮です


ここに来たら、

おまいりの前に

必ず よらなければならない

門前の おかし(菓子)屋さんが

あるときき

 クリンたちも 行ってみました


<きよめ餅総本家>です。

 江戸中期、あつた(熱田)神宮前に 出店した、

「きよめ茶屋」


人々は、

この店で

一休みして いずまいをただし

 それから、おまいり・したそうです


以来、

きよめ茶屋で

売られる 

はぶたえもち(羽二重餅)は、

 あつた・みやげ(熱田土産)の、大定番


・・・・・・・

そういえば、

あつた(熱田)神宮の

けい(境)内には

「お清水さま」とよばれる

わき水があって、

 ほっぺにつけると、お肌がキレイに なるらしい


クリンも、

この はぶたえ・もちのような、

 やわらか・美肌に なれるのかな



(クリン家・名古屋旅行、ひとまず・完。)






コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

金のシャチホコ・受難の歴史~クリン家名古屋旅行・11

2016-03-08 | 旅行記

名古屋じょう(城)

さい(最)大の

とくちょう(特徴)は、

 天守にくっつく、金のシャチホコ


そもそも、

シャチホコかざりは

信長の安土じょう(城)で

使われたことを きっかけに、

全国に 広まったそうですが

 のち、この名古屋じょう(城)のだけが のこって、

有名になりました


っていうか・・・

 

(シャチホコって、なんなの)  といえば・・

 あたま(頭)が トラ(虎) 体が魚 という、

空想上の

どうぶつで、

つねに

しゆう(雌雄)・一対

 北がわ(側)がオスで、南がわ(側)がメス だそうです。

金シャチは、江戸初(期)に 取つけられて以来、

 名古屋じょう(城)下の みんなのじまん(自慢)

 

でしたが

 

 320kg分の黄金が くっついていることが わざわいし、

いく(幾)度となく

たいへんな目に 

あいます

 

 まず、「尾張藩」みずからが、金シャチのことを ヘソクリあつかいして

はん(藩)財政が

あっか(悪化)するたび、

ウロコをはがして、

かわりに 

まぜものを多くしたウロコと

とりかえました


 明治になって、「尾張藩」がなくなると、今度は 天守から 取り外され、

東京や

ヨーロッパで

みせものにされた・あげく、

全国各地を 

ドサまわり


もとの場所に もどるまで、

けっこう 

たいへんだったらしい


のみならず、

 おろされている間、3度も ぬすまれたり

太平洋せんそう(戦争)中は

しろ(城)とともに

空しゅう(襲)で

やかれたり・・


まったく、

じゅなん(受難)の れきし(歴史)を

歩んできたのです。。


 市民のぼきん(募金)による、昭和31年の再けん(建)をへて・・・


金シャチは、今・やっと 一息ついているのです  (つづく)



 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

名古屋城観光~クリン家名古屋旅行・10

2016-03-07 | 旅行記

 <名古屋市中心部に入る

 

 名古屋のシンボル・名古屋じょう(城)


だれもが 知ってる

有名スポットですが、

クリン家・全員

はじめての ほう(訪)問です 

 そもそも、昨年夏、あい(愛)する・ゆづ(羽生結弦選手)

名古屋じょう(城)を おとずれ、

リッパだって

ほめていたので、

クリンたちも

「名古屋城に行こう

という・計画が

もちあがったのでした


 ゆづがほめるだけあって、予想以上に リッパです

しき(敷)地も かなり・広くて、

 本丸ごてん(御殿)まで、けっこう・歩きました

「・・・この石がき(垣)、どこからもって来たんだろ?」

 「関ヶ原の戦いで負けた大名たちに、運ばせたらしいよ。」(チット)


 とくがわ・いえやす(徳川家康)は、9男の「義直」のために、

このしろ(城)を 

たてました。

石がき(垣)のところどころにつけられた、 フシギな印は、

 けんせつ(建設)を うけおった、

 はいせん・ぶしょう(敗戦武将)たちの こんせき(痕跡)

だそうです。

 以来、「徳川御三家」の だい(第)1位 おわりとくがわ

(尾張徳川)家の

おしろ(城)で 

ありつづけた

名古屋じょう(城)


そんな、天下の名じょう(城)も、 (・・・ん

 (あっ、あれは、信長・・・


さいきん、

かん(観)光客を

おもてなし・するために、

「イケメン武将隊

を 

はいび(配備)するなど、

サービスするように 

なってるみたいです


(※信長・秀吉・家康は、みんな愛知県出身)


 ←信長公にサインを求める、ファンのかたがたが、

長い行列を つくっていました


 さて、おしろ(城)の中は、7かい(階)だてで、

 各フロアーは、はくぶつかん(博物館)になってます。

エスカレーターで、5かい(階)までのぼり、

 そこから、天守までは、かいだん(階段)で あがります


そうして

てっぺんから、

 ごばん(碁盤)の目みたいな、まち(街)をながめると・・・


やはり、

このおしろは

 おわり(尾張)・名古屋を、もち支えているんだなあ

って

かんしんします


(つづく)














 

 

 

 

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

喫茶・マウンテン~クリン家名古屋旅行・9

2016-03-06 | 旅行記

「食道楽」な明治村をはなれた

クリンたちは、

 名古屋市内に向けて、車を走らせました

名古屋には、

みそかつや

手羽先、

あんかけスパゲティに

ひまつぶし

など、

名物グルメが 目白押しです  が

 クリン家は、そこらへんの 名古屋グルメではなく、

今回、

もっと 「変わったところ」に行きます。


それは・・・

名古屋きっさ(喫茶)

それも 

その頂点に立つ、

 「マウンテン」です


 中心部からはなれた場所にあるのに、年中・にぎわっている、

この「マウンテン」は、

中部地方・さいこうほう(最高峰)

と 

いわれる、

しにせきっさ(老舗喫茶)

 そこには、抹茶クリームスパや、メロンスパ、いちごスパなどの、

珍メニューが

そびえています

 ここでは、完食すれば 「登頂」と たたえられます

 しかし!その山々は、けわしすぎるので、たいていの アルピニストは

下山

または、

そうなん(遭難)します

 クリンたちも、「きほう(奇峰)にアタックするべきか

まよいましたが、

 まわりが、ほぼ・アタックして、そうなん(遭難)していたので

     やめました。。  


 「お前、その黒いの何?」 「イカスミジュース。」←隣の大学生の会話


 クリンたちは、あぶなげないところで、「味噌煮込み・スパゲッティ」や、

 「スパイス合衆国」などの、小山でハイキング


 かしこい・とざん(登山)家は、あえて キケンは おかさない

 「やばい」 と思ったら、引き返す

 

しろうと(素人)のとざん(登山)は、

 高尾山で、十分なのです 

(つづく)

 










コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

村井玄斎という作家~クリン家名古屋旅行・8

2016-03-05 | 旅行記

 「食道楽」を しんぶん・れんさい(新聞連載)し、

しゅふ(主婦)から

ぜつ(絶)大な人気を

はくした

村井玄さい(斎)

 当時、めずらしかった・西洋料理を、

つま(妻)の協力をえて

次々と

家庭向けに 

アレンジしました

 「当代一の食通」として、政治家や有名人とも つきあい、

グルメブームを 引っぱった

げんさいは、

 明治後期、もっとも売れた、ベストセラー作家です

 

なのに、

「通俗小説家」という

レッテルをはられ、

 しんえん(深淵)な 思想が好きな・文学界から、

むし(無視)されつづけたそうです


 たしかに、「食道楽」は つうぞく(通俗)小説みたいなものですが、

げんさいは

それ以外にも

日本で初めての家庭小説や、

明治でもっとも長い小説をかき、

英文小説もかくことができた、

たさい(多彩)にして

けいぞく(継続)した

書き手でした


 そんな人が、ぶんだん(文壇)からの「マイナス・評価」を 

どう

うけとめていたんだろう


クリンたち、

同じょう(情)していたのですが、

本人、

大して 気にしていなかったんじゃないか?

かんじさせる 行どう(動)を

後に しています。

 げんさいは、「食道楽」のぞくへん(続編)をかいたのち、

小説を 書かなくなりました


それとともに、

美食からも 

足をあらって、

 そしょく(粗食)の研究を はじめたのです


亡くなるまでの

20年間、

玄米食を ていしょう(提唱)したり

 山に入って 木食を はじめたり

世間がつくった

自分のイメージを

こわしながら、

 「木の実やきのこや、イモやイナゴを食べて、

自然にかえろうよ

うったえはじめたそうです。

 めんえき(免役)力や、自然ちゆ(治癒)力をあげるには

どうしたらいいか

 「食道楽」をかいてた時のように、みずからの食生活を

じっけん(実験)台にして

世に 

知らしめました

 ちょっと やり方が ストイックすぎて、


「山中修行なんかできるか!」

「断食なんて、ありえない!」

反発されてしまいますが、

本人としては

きじん(奇人)扱いされても

平気だったみたい。


 「俺はもともと、『食道楽』のころから、栄養学や食育って 言ってきただろうが

言わんばかりに、

 ジャーナリスティックな しんぶん(新聞)小説家・だましい(魂)を

光らせます


きょうみ(興味)のおもむく

たいしょう(対象)を

見つけると、

 それに向かい、つきつめないでは いられない。


名声を失う キケン性を

かえりみず、

入ってしまう

ぼうけん(冒険)心。。


村井げんさい(玄斎)は、

明治のジャーナリストでした  (つづく)








 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

明治村と、「食道楽」というグルメ本~クリン家名古屋旅行・7

2016-03-04 | 旅行記

 明治村には、いくつもの「お食事処」が あります

どの店も、明治時代らしいもの

 または、明治村ならではのメニューを ていきょう(提供)しているので

 料理の ふかかち(付加価値)を味わいに 立ちよると

たのしいと思います  ←帝国ホテル喫茶室

 

 それは、レストラン ばかりでなく、テイクアウトの けい(軽)食も 同じ

 

えん(園)内には、

「食道楽のコロッケ」

「食道楽のカレーパン」

など、

 「食道楽ブランド」を 売りものにしているブースが

目につきます

 


しょくどうらく(食道楽)とは、

明治時代

村井げんさい(玄斎) 

という人が

かいた、

ベストセラー小説で、

 クリンたちが買った カレーパンは、その中で 

紹介された

レシピにもとづいて

作られています


 「食道楽」の主人公青年 には、

料理上手な 恋人がいて

彼女が

当時、めずらしかったメニューを

つくりまくる

そこに、

恋の行方も からむ・・

という

グルメ・ラブ・ストーリー


レシピや、うんちくが

いっぱいの

「新聞連載小説」でした

 これが書かれた、明治30年代は、料理きじ(記事)自体が

めずらしかったので、

中流家庭の しゅふ(主婦)たちは、

この グルメ小説に

とびつきました


 そこには、一部のレストランでしか・食べられない

西洋料理が

わんさと 出てきて、

よんでいるだけで

たのしくなれたのです


<例>


・エビのマヨネーズサラダ

・マカロニ

・カツレツ

・ライスカレー

・タンシチュー

・フォアグラ

・ボイルドチキンライス

・ワッフル

・プリン

・ババロア

・コーヒーケーキ

・バターケーキ

・タピオカ

・ライムジュース

などなど・・・


当時としては かなり・めずらしい

高級料理

 それを、いかにお家で 手がる(軽)に さいげん(再現)するか

という点を

おしえてくれたため、

しゅふ(主婦)たちは

「食道楽」の 大ファンに

なったのでした


(つづく)








 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

明治村見どころ・番外編~クリン家名古屋旅行・6

2016-03-03 | 旅行記

昨日、

いっきょ(一挙)・紹介した、

明治村

 そこには、たてもののほかに、

おとずれた人だけが気づく、

レアな 見どころが

あります


 こふん(かんじ:入鹿村古墳)です


この地に

古くから 伝わるこふん(古墳)が

明治村の3丁目に

そのまま

のこされている・・。


明治村・中で、

いちばん、れきし(歴史)を かんじました  (つづく)



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

明治村の建物一挙紹介~クリン家名古屋旅行・5

2016-03-02 | 旅行記

 では、明治村のたてもの(建物)の いっきょ・紹介いきます 

(※写真がいっぱいなので、えつらん・ちゅうい(注意)


 明治村の出入り口は、2ヶ所で、クリンたちは、北口から入りました


ということで、

5丁目から、4・3・2・1丁目に向かって

すすみます

 北口から入ると、そこには、SL東京駅があります

好きな人は、

ここで「蒸気機関車・に、のることもできます 

 のらない人は、歩きますが、この5丁目には、

明治村・ずい(随)一の

しせつ(施設)である、

「帝国ホテル・中央玄関」が あります 

 言わずと知れた、フランク・ロイド・ライトの せっけい(設計)


「2分の1展示」と されていますが、

それは

 「客室部分」をのぞいた、げんかん(玄関)ロビーのてんじ(展示)

といういみ(意味)で、

この部分は 

けんちく(建築)当初・さながらです

 そのとなりに、「名鉄・岩倉変電所」があるのですが、

こちらも

「土川元夫記念館」になっていて、

明治村的には、

じゅうよう(重要)な しせつです

 明治村は、クリンたちが かんがえていたのよりも だいぶ広く、

5丁目だけでも

いっぱい 

見る場所がありました

 <内閣文庫>※東京都千代田区。

(中では、世界のミニチュア建築を展示)

 <川崎銀行本店>※東京都中央区にあり、今は「展望タワー」になってます。

そのよこに、

 <大明寺聖パウロ教会堂>※長崎県伊王島から もってきました。

ガランガラン・・  (しあわせになれるかね(鐘)

 ほんものの教会なので、いちく(移築)されても、

けいけん(敬虔)な フンイキがのこってます。

 キリストや、マリアさまも いらっしゃいます

 りとう(離島)の教会は、今でこそ、世界いさん(遺産)こうほ(候補)ですが、

一時は 

とりこわされかねなかった。


それをおもうと、

明治村は ありがたい


さらに、


 東京人にとっての ついおく(追憶) 「隅田川新大橋」

 そんな天国区いき(域)のすぐとなりには

じごく(地獄)もあり・・・


「金沢監獄監房」という、 

 明治の「監獄体験」が できる・おそろしい場所や、

 クリンも、たいけん(体験)した、どっきょぼう(独居房)。

また、ぐんま(群馬)の「前橋監獄」においては、

ミニクリンと、ざっきょぼう(雑居房)に入りました  


 ふと・気がつくと、ここらは「監獄・裁判・警察」の 

そうごう(総合)エリアで

ありまして、

 京都にあった、「宮津裁判所法廷」では、

毎日、さいばん(裁判)が行われているようです。

 「写真館」や、「酒蔵」なども ありましたが、

なかなかこわい

明治村5丁目。

 そのさいごには、またもや教会です

 「聖ザビエル天主堂」は、京都にあった、ゴシック教会

バラのステンドグラスまど(窓)があり、

 ふたたび、天国に いざなってくれます・・


ってなかんじで

4丁目に とつ(突)入すると、

 足ゆ(湯)・OKな 「半田東湯や、

 大阪にあった、くれはざ(呉服座)という、えんげい(演芸)場など、

庶民的な たてものが

お出むかえ

 花道や、まわりぶたい(舞台)もある 本格的な 芝居小屋で、

かぶきや

しんぱ・げき(新派劇)が

えんじられました

 「ここにも、地獄(奈落)がありまっせ」(切符売り場のミニクリン)


 そして、となりは、「駄菓子屋」です

 しずおか(静岡)県・やいづ(焼津)市にあった、この民家は、

「小泉八雲・避暑の家」とよばれるお家。

 クリンたち、ここで、明治のあんぱんを 買いました (※後出)

 さらに、大しゅう(衆)文化のいこう(遺構)が もうひとつあり、

「本郷喜之床」では、 石川たくぼく(啄木)に 会えます


 4丁目は、近代の生活史に ふれることが けっこうできました

 「工部省品川ガラス製造所」は、今、「デンキブラン・汐留バー」になっていて

お酒が 

のめますし

 「宇治山田郵便局」からは、本当に おてがみ(手紙)が出せます

 ほか、日本赤十字のびょうとう(病棟)や、「鉄道寮新橋工場」など

 見た目は地味だけど、そこそこ・べんきょう(勉強)になる

たてものが あって、

 さんぎょう・かくめい(産業革命)を くわしく知ってる・チットや、

 工学系男子でもある おにいちゃんが、えらく・ていねい(丁寧)に見るので、

クリンは つかれました  (右は、ハワイ移民集会所

 ブラジルや シアトルのいみん(移民)教会や 住宅もあり、

昔の人々の、

汗や なみだ(涙)や

気もちそのものが 伝わる

4丁目。


 四高のぶじゅつ(武術)道場・「無声堂」からも、

 今も、けんどう(剣道)や じゅうどう(柔道)に汗する 若者のかけ声が

きこえました。 

(と思ったら、会場BGMでした


・・・・・・・


 ここらで、約・半分 (・・・おなかすいた!)


4丁目のとなりは

3丁目と2丁目で、

 2丁目には レストランが かたまっているので

ごはんを食べて

2丁目から 

先に見るのが ベター

 とっても、明治らしい、レンガ通りに、

明治村村長しつ(室)になっている、 「東山梨郡役所」や、

 「市電・京都七条駅」が あります

 「『花子とアン』にも出てたね」 「『ごちそうさん』で使われた場所もあったぞ!」

「東松家住宅」やら、

 「清水医院」など、ストーリー性のある、古民家が たちならびます

 「この清水医院は、島崎藤村の小説の舞台だよね。」と、

チットが 言ってました(後述)

 2丁目には、ハイカラ・コスプレたいけん(体験)ができる、

「衣装館」もあるので、

女学生の きもの

ドレスをきて

 記念さつえい(撮影)している・お客さんが 多かったです

 「三重県庁舎」や、「三重県尋常師範学校」など、

中部地方のたてものも

多かったです

 2丁目と1丁目の さかい(境)目には、明治村の正門もあり、

 人じたい(自体)が 多かったです


そして、

1丁目ですが、

 ここに、ドカン と じゅうぶん(重要文化財)が たってます

 <聖ヨハネ教会堂> ※京都にありました。


 

 クリン、

 あなたは、羽生結弦を 夫とし、

 病めるときも 健やかなときも、

 終生、愛することを 誓いますか?」

 「ハイ!ちかいます

 「グリン、なにやってんの? ほら、あれ、学習院長官舎だって。」 「ハッ


乃木さんにより、

目が さまされたところで、

 そのとなりの、「西郷従道邸」で、もっと 目がさめました

 東京人には おなじみの、目黒の「西郷山」にあった、

政治家の

おやしきです


コロニアル・よう(様)式の室内に、

 あいち(愛知)県がほこる、ノリタケの食器が はいち(配置)され、

明治村の洋かん(館)では

いちばん

ゴージャスです


 さいごう・つぐみちは、たかもり(西郷隆盛)の弟。

初代の 海軍大臣で、

「大西郷」である兄に対し

「小西郷」と

よばれてたそうです。


かの、いとうひろぶみ(伊藤博文)は、

「小西郷の偉さは、兄貴以上かもしれん

言ってた、って

チットが 教えてくれました


 近代のいじん(偉人)の家が、いろいろあるのが

1丁目のとくちょう(特徴)であり、


 森おうがい(鴎外)と、

 夏目そうせき(漱石)が、前後して住んでいた、文京区の邸宅は

人気が 

高かったです


 そして、3丁目にも・・・

 「幸田露伴」が住んでいた、「蝸牛庵」とかがあり、

「こんな書斎がほしいね」って、家ぞくと話しました

 実ぎょう(業)家の 「芝川又右衛門邸」

 明治・大正時代の首相、「西園寺公望」てい(邸)など、

ちょ(著)名人の

お宅が

はいけんできる

3丁目

さいおんじ(西園寺)邸は、

明治村・一の

和住宅でした


 れきし(歴史)にくわしい、うちのチットは、この、さいおんじきんもち

って人に

ひとかたならぬ

きょう(興)味を 抱いており、

 ざぎょそう(坐漁荘)と 名づけられた、この家を

ものすごく じっくり・見ていました 

 3丁目には、ほかにも、「北里研究所本館」など、

チットをワ~ワ~言わせる たてものがありましたが、

 かわいそうに、アンヨがわるい・おにいちゃんと

 体が小さい、ミニクリンは げきづかれ(激疲れ)・・・

 品川とうだい(燈台)などのある、はしっこまで 

もう

一歩も

すすめなくなってしまったのです。。


たいていの人が、

つかれて

うごけなくなるほど

広くて

見どころまんさい(満載)の

明治村。。


 さいごは、もとの北口まで、バスでかえることを

つよく おすすめ・いたします  (つづく)




 









































 

 


コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

明治村の成り立ち~クリン家名古屋旅行・4

2016-02-29 | 旅行記

 犬山市には、犬山じょう(城)以外にも 有名な かん(観)光スポットが

あります

 「博物館・明治村」です

 れきし(歴史)ドラマのロケ地などで 使われている、ここ・

明治村は、

 全国から たてものをあつめて、昭和40年に オープンしました

 そのころ、日本は 「高度経済成長」というのを やっていて

あたらしい・しせつ(施設)がたつ一方、 

 古いたてものは、どんどん・こわされていたのです

 明治時代に、ぜい(贅)のかぎりをつくして・たてられた、

きちょう(貴重)な 物件が、

「オンボロ屋敷」として ジャマにされる。。

 「そんなの、もったいないよ」と思った、けんちく(建築)家・谷口吉郎が

名てつ(名古屋鉄道)社長・土川元夫に そうだんし、

 いちく(移築)保存に うごき出しました

 二人は、犬山市・郊外の丘の上

いるか(入鹿)池に面する 広大な土地を、

 「野外博物館」にすることを 計画

 15けんの たてものをもってきて、キレイに なおしました

そして、みんなに見せました 

 ものすごく、お金がかかった はずなのに・・・

 「えらいね!名鉄! すごいね!名鉄!」ってことになり、

明治村は

国から みとめられ、

初代村長には

とくがわむせい(徳川夢声)が 

しゅう(就)任

けんちく(建築)界からも

かんしゃ(感謝)されたのでした


 やがて、「あそこに持ってきゃ、大丈夫。」という ひょうばん(評判)が

高まり

 全国から、保存すべき 古たてものが あつまってきます。

その後も

ふえにふえて・・・

 げんざい(現在)、67けんです

たてものの中は、ほぼ入れるように なってるので、

 ひとつ・ひとつ見ていると、いっぱい時間が かかります

かるく・ながしても、3時間は かかります 

 牛なべ(鍋)など・明治グルメを 食べたり、

 コスプレをしたりしていると、6時間は つぶれます

 めんせき(面積)は、100万m2 あります

心して、お出かけください  (つづく)



※次回、どんな建物があるか紹介します。

 

 


















コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする