JAZZ SINGER REIKO OSHIBUCHI 押淵玲子オフィシャルブログ

福岡で活動しているSINGERです。乳がん闘病中(再発転移あり)の事や、音楽の事など。
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2016年12月4日(日)18:00~
ANIME JAZZ THE LAST
10年間皆様に愛されて続けてきたANIME JAZZ LIVE
ライブはこの日が最後となります。
どうぞ、お見逃しなく!

親の介護と自分の治療

2017-01-17 12:50:38 | 日記
先日から父の文句が止まらない。

毎度のことなんだが
私はだんだん気分が悪くなっているから
こういうのは遠慮してほしいんだが。。。
って言っても判らないんだよね。
だって、認知症なんだもん。

これが彼の認知症のベクトルなのだという事を
本人は全く理解していない。
そして、誰彼に文句をぶつけ
施設の人達にも、きっと嫌われていると思うよ。。。

うちの両親は昔から「付け届け」に拘る人だ。
何にしても賄賂のように付け届けをする。
学校関係も全部。
母は特にそういうものに対して負けん気が強いのか
何だか、よくわからないが
大学入試の時も教授に付け届けをしたくらいだ。

私が受けた大学に関しては
知り合いの教授が居ないので
「付け届け」は出来なかったのだが
姉の時は酷かった。
姉は一年浪人したが
初年度の入試結果について
付け届けをしたから、点数と順位を教えてくれたのだ、と。

いや、違うね。

国立だが
後日点数等教えてくれという書類を出すと
その点数を教えてくれるシステムだったと思う。
私が受験をした時には
願書を出す時点で、それを希望すると
確か返信用の切って等揃えれば、書類が送ってきていた。
4歳違いだから、姉の受験時にもそのシステムはあったと思う。

私は自分で願書を書いたのでよく覚えている。

姉はもっと難関大学を受けたいと最後まで粘っていたが
母に押し切られた感じで
ブスくれていたから、願書は母任せだったかもしれない。

それで、受かってその大学へ進学し
ちゃんと立派に心理カウンセラーになったのだが
後に(本当にものすごく後に。きっと40歳を過ぎてから)
父が姉に「お前は裏口入学だったんだ」と暴言を吐いた。

当時、色んな問題で姉も悩み事が多く
精神的にも参っている時期だったのに
実の父が、自分の娘を陥れるようなことを言って
暫く、姉の生活は荒れた。
「そんなことがあるわけないじゃないのよ!」
姉に何度言ったか分からない。
私はヤマカンで大学までいった感じだが
姉はちゃんと勉強して「学力」本当に実力で行ったのだ。
だいたい、国立大学の入試がそんな「付け届け」で裏口入学できない!
教授の人生をかけた金額なら怪しいところだが
当時の10万くらいでそんなことが出来るわけないじゃないか!!!
まあ、もっと包んだとしても彼らの相場だと30万以下だ。

当時でもそういう不正をしようと思うと
数百万から1千万くらいのお金が動いたであろう。

何を考えている!

そう、親に意見したが
父は「お母さんがそういったんだ」ときかない。
こういっては何だが、というか、私の親はおかしいので
「お母様は嘘つきだから、全て噓よ。
そして、ずっと嘘を信じてるから自分の中で本当になって
嘘だと思って聞き流す度量はないのか?
子供の人生より、お母様の人生を取るなら。それでいいけど
誰もあなたたちを信用しなくなるよ」

姉は色々傷ついて、それでも両親を許していったのだが

私はどうしても、この年になっても
この状況になっても
彼らを許せないし
色々言われるたびにキリキリと胃が痛くなる。

私の家族が福岡に帰ってきて
色んな病院へかかる時も
「付け届け」に煩かった。

もちろん、色々お世話にはなるし
主人の関係で無理を言っているところもあるし
気を遣わせているだろうから
そういう「気遣い」くらいはしている。

しかし、それは一番初めに渡すものではなく
退院する時や、退院してしまってから
お礼で渡すものであり
「これだけやったのだから、便宜を図らえ」的なものではない。
看護師さん達への気遣いも
入院中だと決して受け取らないから
退院時にお部屋に残っていたお花を置いていくだの
後日詰所あてにジュース類を届けるとか
通院中に手作りのリースとかを送るとか
自分の気持ちを伝えるものだ。

見返りを求めるものは決して気持ちの良いものではない。
感謝の気持ちだけで送るのが「贈り物」だろう。

それで、今回、父の電話では
「皆、施設に色々菓子折りなどを持っていっているから
お前から月に一度くらいの割合で付け届けをせよ。
そうすれば、自分の言う事を介護士がきく」
という感じで
「そんなことは今時ないのよ!」

施設の方々は本当に、よくしてくださる。
父が問題を起こしても
私の所までは伝わらない。
「それは、よくあることで、何でもない事です」
どういう状況で、家族が施設に預けているのか、よく理解してくださっている。
私が今、大変な状況だという事も判っているから
父がどんなに嫌な事を言っても決して私には言わない。
本当に感謝している。

でも、「付け届け」をしたからといって
父の我儘や、暴言に介護士さん達は従わない。
というか、そんなことに従っては本人のためにはならない。
「これは違うでしょう?」とか
「様子を見ましょうね」と何とかなだめて
平穏な生活をさせるのが施設なのだ。
正しいことっていうのかな。。。。(いや、正しいことって一体なんだ?と思うから表現が違うな)

気分もすぐれなかったが
ちょっとした手土産を持って施設へ行った。

父は私の具合を尋ねた。
脳に転移すると、という話を再度したのだが
「それは困るんだ。
お父さんやお母さんの世話はどうするんだ!
何とか長生きして、世話を全部してもらわないといけないのに。
長生きして、なるべくここに来て世話をしろ」
みたいな話になって、ため息をつきながら帰った。

私への心配はない。
私の人生に対しての想いもない。
認知症だから、仕方ないだろうが
娘は二人とも早く死んでしまうのだ。
自分たちの生活が可哀想ともうだけで
娘への気持ちはない。

そういえば、姉の葬儀の時も
居眠りしたり、「疲れたからホテルに帰る」とか
うちの娘と「呆れるよね」と話していたっけ。

空しい。