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札幌・北海道のレトロ建物大好きおぢさん日記

札幌(北海道)のレトロでモダンな建物を見たり撮影するのを趣味としています。

小樽 蔵めぐり ⑥

2022-01-31 12:54:30 | 小樽市

参考図書は資料として素晴らしくかなりの軒数が記載されているが廻ったのは半分を少し超えたところ
今後、機会をもち追加していきます。

*参考図書「小樽 蔵めぐり イラスト帖」2017年6月16日発行
*一般住宅の名前・住所は略で 地図は載せません

 

「北海製罐倉庫①(旧井尻倉庫)」

 

色内2丁目6-1
1892(明治25)年建築
木骨石造り3階建て

小樽市の有名な観光施設である北海製罐の材料倉庫で使われている。

この倉庫は通称「出抜き小路」と呼ばれる細い小路にあり
搬入搬出には多少不便だなと思った。

元の井尻倉庫はニシン漁で財をなし、倉庫業も始めた中の1棟である。

 

 

2020年10月撮影

 

 

 

「北一硝子倉庫②(旧大家倉庫)」

色内2丁目3-12
1891(明治24)年建築
木骨石造平屋
*小樽市指定歴史的建造物第1号

平屋造りだが屋根が越屋根で奥行きもありとても大きな倉庫である
小樽運河を代表する倉庫であり、入口の二重アーチが印象的だ。

現在はこれも小樽を代表する企業の北一硝子が所有している
この倉庫は小樽市が指定した歴史的建造物の第一号登録である。

 

2020年10月撮影

 

 

 

「北一硝子倉庫③(旧右近倉庫)」

色内3丁目10-18
1894(明治27)年建築
木骨石造平屋
*小樽市指定歴史的建造物第65号

この倉庫も大きな倉庫で3棟並んで建っている。

写真では見えないが越屋根があり明かりを取っている
右近家は江戸~明治の大船主であり小樽拠点の倉庫であった
正面のペディメントは「一膳箸」と読むそうだ。

こちらも北一硝子が所有している。

 

2020年10月撮影

 

 

 

「北一硝子倉庫④(旧広海倉庫)」

色内3丁目10-19
1889(明治22)年建築
木骨石造平屋
*小樽市指定歴史的建造物第66号

小樽市運河は南北に長い水路でその北で終わったところに
右近倉庫、増田倉庫と並んで建っている。

とりわけ大きな越屋根とアーチ型の入口が印象的だ
三分の一が手前の建物に隠れて見えないのも面白い。

右近家と同じく広海家も日本海の北前船の大船主であった。

 

2020年10月撮影

 

 

 

「北一硝子倉庫⑤(旧増田倉庫)」

色内3丁目10-21
1903(明治36)年建築
木骨石造り2階建て
*小樽市指定歴史的建造物第22号

北一硝子所有の倉庫が3棟並ぶがこの倉庫は越屋根ではなく切妻である。

3棟それぞれの特徴があり面白い
増田家も大船主としてニシン漁でたいそう儲けたそうだ。

 

 

2020年10月撮影

 

 

 

「運河公園休憩所(旧日本石油倉庫)」

色内3丁目6-18
1920(大正9)年建築
木骨石造平屋
*小樽市指定歴史的建造物第53号

運河公園は旧日本郵船小樽支店の前につくられており
訪問時は子供たちが走り回ったりスケボー少年がいたりと観光地とは少し違った雰囲気だった。

倉庫はこの公園のオープンに合わせて1998年に新しい軟石で
建て直されたものだそうだ。

休憩所なので中に自由に入れ木骨石造りがよくわかる。

 

 

2020年10月撮影

 

 

 

「小樽ナトリ倉庫(旧日本郵船小樽支店残荷倉庫)」

色内3丁目7-6
1906(明治39)年建築
石造平屋
*小樽市指定歴史的建造物第54号

旧日本郵船小樽支店の隣にある、木骨ではない石造りの倉庫。

腰折れ屋根、寄棟、小屋組などの特徴を持つ
現在は小樽ナトリが住宅設備品、建築材料などの卸商品と事務所を兼ねて使用している。

 

2020年10月撮影

 

 

 

「小樽GOLD STONE(旧渋沢倉庫)」

色内3丁目3-20
1895(明治28)年建築
木骨石造平屋
*小樽市指定歴史的建造物第20号

小樽運河史によると両脇の倉庫が先に建てられ
それらを取得した渋沢倉庫が真ん中の倉庫を建て合体させた説と
渋沢倉庫が取得したころにはすでに3棟が存在していた説がある。

大河ドラマで放映された渋沢栄一の会社である。
その後、音楽関係の会社が取得しライブハウス、カフェレストラン
イベントスペースなどの用途で活用されている。

 

2020年10月撮影

 

 

 

「Y川家倉庫(旧磯野支店商店倉庫)」

色内2丁目2-14
1906(明治39)年建築
れんが造り2階建て
*小樽市指定歴史的建造物第83号

色内町の歴史的倉庫は運河や港が近いためか大型の倉庫が多い
その中で旧磯野支店倉庫は小型でれんが造りである。

磯野氏は小樽で商売を始め実業家として大成した人物
この倉庫は後にレストラン「海猫屋」が営業し、村松友視の「海猫屋の客」
の舞台になり話題を呼んだ。

市民にとっても大切にしたい建物ではないか

 

 

2020年10月撮影

 

 

 

「小樽運河食堂(旧浪華倉庫)」

港町6-5
1925(大正14)年建築
木骨石造り2階建て
*小樽市指定歴史的建造物第77号

旧浪華倉庫はかつて大財閥ともしのぎを削った神戸の鈴木商店が
使用した倉庫であった。

運河と港に挟まれた好立地にあるためか観光客が多く
食堂は賑わっていたようだ
だがコロナ過により観光客が激減して閉業となり空き倉庫となっている。

2021年にニトリが取得した。
ニトリは他の歴史的建物と併せ、小樽市内で4か所目の美術館とするようだ。

 

2020年10月撮影

 

 


小樽 蔵めぐり ⑤

2022-01-16 11:59:28 | 小樽市

参考図書は資料として素晴らしくかなりの軒数が記載されているが廻ったのは半分を少し超えたところ
今後、機会をもち追加していきます。

*参考図書「小樽 蔵めぐり イラスト帖」2017年6月16日発行
*一般住宅の名前・住所は略で 地図は載せません

 

「小樽大正硝子館びーどろ館(旧名取高三郎商店倉庫)」

色内1丁目1-5
1906(明治39)年建築
木骨石造り2階建て

小樽市の有名な観光地として堺町通りがあるが名取商店は
通りに面して小樽市の歴史的建造物に指定されている。

商店と倉庫が勝納川に面して建っており、こちら側が色内町
川向うが堺町
その昔は小樽と手宮の境界だったので堺町となったようだ。

100年を超す石造りの倉庫はやはり貴重であり再活用がうれしい。

 

 

 

 

「小樽大正硝子館とんぼ玉館(旧名取高三郎商店倉庫」

色内1丁目1-6
1906(明治39)年建築
木骨石造り3階建て

前記のびーどろ館と同じく名取商店の倉庫で同時期に建てられ
こちらは3階建てである。

ペイウインドウ風の窓が美しい倉庫である
やはり小樽大正硝子館が再活用しており勝納川に面して
びーどろ館と並び立っている

その外観を正面から見るなら対岸からになるだろう。

 

 

 

 

「杉商倉庫(旧杉江商店倉庫)」

色内1丁目7-10
1897(明治33)年建築
木骨石造り2階建て

杉江商店は明治42年創業の食料品、油、ろうそくなどを販売する商店として開業した

のちにこの倉庫と店舗に移動したので以前から建っていた倉庫であった。
商店は現在も社名を杉商に変えて営業している歴史のある会社です。

初代は北海道中央バスの初代社長でもあったので小樽財界では知られた人でしょう

この倉庫は廃止された旧手宮線から見ることが出来る
実に120年を経過した倉庫である。

 

 

 

 

「ジャズ喫茶フリーランス(旧新発田屋商店倉庫)」

色内2丁目9-5
1908(明治41)年建築
木骨石造り3階建て

旧新発田屋は明治28年創業で洋物小間物の卸売り業であった
その小間物を入れる倉庫として建てられたようだ。

現在は平成3年にジャズ喫茶を営業していた現オーナーが
1階に飲食スペース、2階を吹きぬけ、3階をギャラリーにして
営業を始めている。

 

 

 

 

「踊り場ミレー(旧奥野商店倉庫)」

色内2丁目9-8
1919(大正8)年建築
木骨石造り3階建て

奥野商店は現在は堺町通りにレトロ感満載の金物店を営業しており
観光客にも人気も高い。
その前身は鋼鉄からリヤカーまで販売していた。

昭和52年に2代目社長が旧手宮線沿いの倉庫を改装し
踊り場ミレーとしてダンスフロアとした。

ミレーとは社長さんが好きなフランスの高名な画家より。

すぐそばに建つフリーランスといい手宮線沿いには魅力的な倉庫がある。

 

 

 

 

「O氏邸(旧前堀商店倉庫)」

色内2丁目
1919(大正8)年建築
木骨石造り2階建て

建て主は堀内氏で事業を継承した前田氏の一字づつを取って
前堀商店を設立した。

店舗のほうは「小樽の建築探訪」にも記載されるぐらいの建物
倉庫は住宅として活用され、現在は未確認だが1階は倉庫
2階が住宅として使われているようだ。

すぐ近くにフリーランスと踊り場ミレーがある。

 

 

 

「D氏家蔵(旧大舘水産蔵)」

色内3丁目
(明治時代)年建築
木骨石造り2階建て

大舘水産は今は無いが戦前は大きな水産会社だったようだ
色内は金融や商業が中心に思えたが水産関連の倉庫もあった

現在は空き蔵のようで入口の漆喰も大分傷んでいるように見える
2階建てだが堂々とした倉庫だけに再活用をされていればよいが

 

 

 

「サン商会」

色内3丁目4-1
(建設年不詳)年建築
木骨石造り2階建て

建設年、建て主とも不詳で現在のサン商会が1968(昭和48)年から
使用している。

事業は電動工具を扱う会社で事務所として活用しているようだが
木造の建物とも繋がっている

この辺りは古い建物が結構残っており石造倉庫も多い
特にサン商会は旧手宮線に面しているので景観に一役かっている。

 

 

 

 

「茨木家倉庫」

色内3丁目6-24
1898(明治31)年建築
木骨石造平屋

茨木家は祝津3大漁家の一つとして番屋住宅も現存しており
「小樽の建築探訪」にも記載されている

元は米を入れていたようで片側の入口上部に「米」がある。

この倉庫は倉庫業も行っておりその一つである
以前は酒販店のデリーズが借りておりその社名が残っている。

 

 

 

 


小樽 蔵めぐり ④

2022-01-01 23:28:17 | 小樽市

参考図書は資料として素晴らしくかなりの軒数が記載されているが廻ったのは半分を少し超えたところ
今後、機会をもち追加していきます。

*参考図書「小樽 蔵めぐり イラスト帖」2017年6月16日発行
*一般住宅の名前・住所は略で 地図は載せません

 

「O氏家蔵」

錦町
1927(昭和2)年建築
木骨石造り2階建て

この蔵は母屋と店舗とともに建てられたもので
蔵は独立しており、1階が倉庫2階が従業員の宿舎として使われていた。

やがて母屋と店舗は解体されたが石蔵は何かに利用しようと思い
そのままにされたそうです。

錦町や手宮方面は蔵が多い場所ですね。

 

 

 

「T氏邸蔵 (旧大島木材店倉庫)」

錦町
(昭和初期)年建築
木骨石造り2階建て

廃線になった旧手宮線は現在は遊歩道になっており
昔の鉄道跡と両側の歴史的建造物を見ることが出来る。

建物にしてみれば線路側は裏側にあたり、また別の顔が見えるものだ
この蔵は線路側から眺めるのが一番良い様だ。

元は木材店の蔵として建てられた
現在の住宅とは繋がっているが住宅も増改築があったようで少し複雑な
造りになっている。

旧手宮線沿いには、他にも見るべき蔵が多いですよ。

 

 

 

「N氏邸蔵」

豊川町
1910(明治42)年ころ建築
木骨石造り2階建て


明治に建てられてからずっとN氏が代々蔵を守っています
隣の住宅と比べると小ぶりに見える蔵。

窓周りが木で出来ており、より印象深いファサードになっている
蔵の前の通りは大きくはないが昔から交通量の多いところで
歩いても車中からでも、ずっと立っているこの蔵を見ると安心する
地元の住人がいそうだ。

 

 

 

「K氏邸蔵 (旧荒木邸蔵)」

清水町
1926(昭和元)年建築
木骨石造り2階建て


建て主の荒木氏は昭和15年に旧安田銀行小樽支店(小樽市歴史的建造物)を購入し北海経済新聞社を創立した人物だそうです。

この蔵は荒木氏が住まいとともに建てたもの
坂の途中、道路側にあるのでよく目立つ

現在の施主が母屋を建て替えたときに独立した蔵になった。

 

 

 

「S氏邸文庫蔵」

長橋町
1927(昭和2)年建築
木骨石造り2階建て

S家の初代はこの地で製粉業を営み、かつては製粉場や倉庫でかなり広大な敷地だったようだ。

その後、需要が減少し廃業をした この蔵は文庫蔵として建てられ今も使用されているとのこと。

木造片流れ屋根の建物と繋がり母屋の方へ行き来が出来そうだ
それにしても住宅がまた素晴らしい
正面左手にはガレージ兼倉庫?があり純和風建築の立派な邸宅である。

 

 

 

 

「小樽市総合博物館本館危険品庫 (旧北海道炭鉱鉄道手宮駅危険品庫)」

手宮1丁目3-6
1898(明治31)年ころ建築
石造り平屋
*国指定重要文化財


小樽市内に現存する危険品庫、2棟のうちの一つ
元は旧北炭が建てたもので、手宮駅に隣接して建てられたようだ

がっしりした平屋の石造りが危険品庫を表している
現在は小樽市総合博物館の敷地の隅にひっそりとたたずんでいる。

 

 



「小樽運河食堂 (旧浪華倉庫)」

港町6-5
1925(大正15)年建築
木骨石造り2階建て
*小樽市指定歴史的建造物

 

浪華倉庫は、かつて三井や三菱と競い合った新興財閥の鈴木商店の小樽支店であった。

鈴木商店は1927年で破綻し倒産 小樽支店も閉鎖になる
その後、2001年に運河食堂が9店舗でオープンし、当時は観光客の増加も相まって賑やかだった。

しかしここのところのコロナ禍により2021年に閉業した
そして家具インテリアのニトリが同年秋に取得する。

ニトリといえば小樽市の歴史的建造物で美術館を営業しており
浪華倉庫は4番目の美術館として生まれ変わるだろう。

市内でも有数の規模を誇る倉庫だけにきちんとした買い手がついたのは良いことだと思います。

 

 

 

 

 

「小川氏家倉庫 (旧松川嘉太郎商店倉庫)」

色内町
1925(大正14)年建築
木骨石造り2階建て

写真の右側が旧松川氏が建てた倉庫であり左側はそう古くはないものに見える。

松川嘉太郎氏は住吉神社境内に像があるくらい高名なかたであったようだ
かつては中央バスの社長も務め、私鉄の王として君臨したそうだ。

現在の所有は、おもちゃやひな人形でお馴染みのカネイ小川で
商品倉庫として利用していた

店舗としては今はジンギスカン屋さんが入っている。

 

 

 

「だいしょう歯科 (旧新谷専太郎商店倉庫)」

色内1丁目6-2
(明治後期)年建築
木骨石造り2階建て

旧新谷商店の倉庫として使われ、隣のOSA WINERYと同様である
新谷氏は小樽潮陵高校出身で大卒後父の跡を継ぎ、ここで漁具関連業を営み
拡充して市内ナンバーワンの地位まで上げた。

また市会議員も務め、実業家だけではなく小樽の発展に寄与した人物です

現在のだいしょう歯科は2004年に移転開業しており中は明るく綺麗にし
外観は立派に保存されています。

 

 

 

 

「OSA WINERY (旧新谷専太郎商店倉庫)」

色内1丁目6-4
(明治後期)年建築
木骨石造り3階建て


隣のだいしょう歯科と同じく旧新谷商店の倉庫であった。

それにしても勾配のあるこの場所に木骨石造り3階建ては当時の技術の高さが
伺えるのではないか
こちらも外観を見る限りではきれいに保存されているといえよう。

現在のOSA WINERYは余市のぶどうを使用し栽培、醸造から販売までを
移住された長氏が手掛けている。

1階は売店で2階はバー(休業中)として内部を見ることが出来る。


 

 


小樽 蔵めぐり ③ *5つ追加しました

2021-12-02 22:38:03 | 小樽市

 

参考図書は資料として素晴らしくかなりの軒数が記載されているが廻ったのは半分を少し超えたところ
今後、機会をもち追加していきます。

*参考図書「小樽 蔵めぐり イラスト帖」2017年6月16日発行
*一般住宅の名前・住所は略で 地図は載せません

 

「小樽オルゴール堂(旧共成倉庫)」

 

住吉町4-1
1912(明治45)年建築
木骨石造り2階建て
*小樽市指定歴史的建造物

写真では上手く撮っていないが奥につながっているのが倉庫である
共成は大正期に関東以北で取引量一位を誇る精米会社だった

倉庫は米蔵として使われかなりの量の米があったようだ
オルゴール堂はメルヘン交差点の顔として
また小樽観光の顔として有名な建物だね。

左側が倉庫


 

 

「住吉神社旧宮司邸蔵」

 

住ノ江2丁目5-8
1935(昭和10)年ころ建築
木骨石造り2階建て

母屋の一部で写真は神社の裏通りから撮ったもの
もっとも神社内からは撮りづらいかも知れない

母屋は形を変えたが蔵はそのままで
現在中には昔の神事用具や祭り用品が収められているようだ。

 

 

 

 

 

「住吉神社社務所蔵」

 

住ノ江2丁目5-8
1934(昭和9)年建築
木骨石造り2階建て
*小樽市指定歴史的建造物

宮司邸と同じく敷地外の裏通りから撮影する
この蔵と宮司邸蔵は、小樽の昔の有名な建築会社「大虎組」の施工による

蔵窓の軒送りの意匠に当時のモダンさを感じる。

 

 

 

 

 

「A家蔵」

 

住ノ江
明治時代建築
木骨石造り2階建て

初代A氏は11歳で来道。いくつかの仕事をしたのち薬局の店員となった
そこで認められ娘婿となり小樽に分家を出す。
薬局は繁盛し、現在も子孫が受け継いでいる。

この蔵は、今はポツンとしているが隣接した建物があった
オレンジ色の鉄扉が珍しく、石蔵のアクセントになっている。

 

 

 

 

「M邸蔵」

 

住ノ江
1897(明治30)年建築
木骨石造り2階建て

繋がっていた母屋は改築され独立した形になった
そのおかげで白い漆喰の引き戸が見えるようになったという

2階は半分が吹き抜けになっているそうだ
現在の施主の祖父が家と蔵を一緒に建てた。

住ノ江町のこの近辺は昔ながらの家が結構残っていたが
かなり変わったらしい
私には小樽でも古い家がまだ多く残っているほうだと思うが。

 

 

 

 

「小樽ゲストハウス・パスタクラブ蔵(旧杉森喜一郎邸蔵)」

 

緑3丁目9-5
大正時代建築
木骨石造り2階建て

旧杉森邸は小樽市の歴史的建造物
そこをパスタクラブが営業し、隣接した蔵を小樽ゲストハウスとして宿泊活用している。

珍しいのは玄関付きである
宿泊客はパスタクラブで朝食をとるようだ
また旧邸の屋上にも上がれるらしいね。

敷地に入らないと蔵は完全に見えないのでいつか食事に利用した時に
見学出来たらうれしいね。

 

 

 

 

「Y氏邸」

 

松ヶ枝1丁目
明治時代建築
木骨石造り2階建て


松ヶ枝町の住宅街の中小路にひっそりと建っている
この松ヶ枝町は港側から入船町や緑町といった歴史的建物が多い地区と続いておりこのような蔵がある住宅があっても不思議ではない

いわゆる山の手にあたる高台地区に古くから家を構えているのは
それなりの方々だったのかも知れない。

 

 

 

 

「ニチヤク倉庫(旧かねしょう倉庫)」

 

入船1丁目3-10
明治時代後期建築
木骨石造り3階建て


「かねしょう」は薬種問屋
明治38年に買い取ったとのことで正確にいつ建築されたかは不明のようだ

以前は奥に住居の洋館があったが取り壊され倉庫だけが残った。

「ニチヤク」は同じ薬問屋として薬品倉庫として利用していた。

この倉庫が面している入船通は歴史的建造物が多く、堺町通りとの交差点はメルヘン交差点と呼ばれる。

現在は「蔵宿 末広」として宿泊施設として再利用された
ちなみに末広とは隣にある「末広稲荷大明神」からとったものと思われる。

 

 

 



「森ヒロコ・スタシス美術館(旧森質店蔵)」

 

緑1丁目16-33
1931(昭和6)年建築
木骨石造り2階建て

 

ここは版画家、森ヒロコさんの実家で蔵の内部を改装した美術館です。

森さんのご主人は画廊を経営していました
東欧に洋行した際に出会ったリトアニアの画家、スタシス・エイドリゲヴィチウスなどの作品と森さんの作品を展示している。

倉庫は質蔵だけあり重厚でしっかりしているように見えた。

ご夫妻は逝去されたが運営は親族に引き継がれたようだ
中ではカフェもあり手作りのパンも販売している。

 

 

 

「オエノンホールディングス倉庫(旧石橋商店倉庫)」

 

奥沢1丁目21-5
1908(明治41)年建築
木骨石造平屋


以前はレトロな木造建築の事務所棟があった痕跡が倉庫にある

石橋商店は明治期に水田開発と米の生産奨励、醤油醸造に力を注いだ商店。

その商店に入店したのが野口氏でやがて別所で北の誉酒造を設立する
この倉庫は石橋商店から譲り受けたもので貯蔵庫として活用していた。

その後、一帯が北の誉酒造として小樽市民、道民に好まれた酒造メーカーになり
記念館が出来、天狗山の伏流水を汲める井戸などもあった。
しかし2015年にその歴史を閉じた。

事務所棟は解体され記念館は食品会社の売店になっていたがそれも閉店した
今後のオエノングループの活用に期待したいが

 

 

 

 


小樽 蔵めぐり ② *6箇所を追加しました

2021-11-11 20:11:02 | 小樽市

 

参考図書は資料として素晴らしくかなりの軒数が記載されているが廻ったのは半分を少し超えたところ
今後、機会をもち追加していきます。

*参考図書「小樽 蔵めぐり イラスト帖」2017年6月16日発行
*一般住宅の名前・住所は略で 地図は載せません

 

「北菓楼小樽本店」 「六花亭小樽運河店」

 

堺町7-22
大正時代建築
木骨石造り3階建て

堺町7-22
大正時代建築
木骨石造り2階建て

砂川市が本店の北菓楼と、帯広市が本店の六花亭はどちらも北海道を代表する菓子会社である。
その2店が並び立っているのが小樽らしい

両店ともいつも客の絶えないお店でしょう
並んでいる相乗効果もあるのかも知れない

倉庫はどちらも建て主も建築年も不明のようだが
それぞれ違うファサードが逆にいいかも知れない。

2020年10月撮影

 

 

 

「小樽大正ガラス館Mahalo 旧久保商店蔵」

 

堺町4-4
明治40(1907)年建築
木骨石造り2階建て

旧久保商店として歴史的建物の指定を受けている
元は福井県出身の久保氏が建てました。

2016年まで喫茶「さかい屋」が30年営業していたが閉店し、現在は店舗に喫茶、倉庫はMahaloの営業となっている。

人目をひく外観の店舗と違い、倉庫は全景が見えないが店舗と調和して並んでいる。

 

 

2020年10月撮影

 

 

 

「S氏邸蔵 旧上坂紙店蔵」

 

花園3丁目
昭和6.7(1931.2)年建築
木骨石造り3階建て

表通りに面しているファサードが印象的な会社であったが2010年に閉店しています
蔵は最奥にあり建物と繋がっている 面している駐車場側から見ることが出来ます。

3階建ての蔵は後から作られたようで建物の高さに合わせたかと思う。

 

2020年11月撮影


「ハンズオントーイ キンダーリーブ」

 

住吉4丁目4
大正時代建築
木骨石造り2階建て

メルヘン交差点からすぐの所にあるので運河とともに観光客が多いエリアにある
大正時代の漁家の建てたものとしかわかっていないようだ

秋にはからまるツタが紅葉していい感じだが
窓の上部はアーチ型になっており見どころだ

現在はドイツ製おもちゃが主のおもちゃ屋さんが営業している。

2020年11月撮影

 

 

 

「曹洞宗龍徳寺 蔵」

 

真栄1丁目3-8
明治26(1893)年建築
木骨石造り2階建て

龍徳寺は安政4(1857)年に開かれたお寺で明治7年に信香町からこの地に移転し現在に至る
小樽市でもっとも古い寺院である。

蔵もすでに120年を超えているが状態が良く見える
お寺の中から蔵はよく見えない?
敷地外の車道から撮影をした


 

 

 



 

「野口商店 蔵」

 

勝納町2-4
明治39(1906)年建築
木骨石造り2階建て


元の建て主は不明で野口商店は昭和45(1970)年ごろに購入した。

蔵の中には畳の材料を入れており保管状態は良好とのこと
勝納町は古い街、小樽でも最初に開けた街だが現在は静かな町だ

野口商店の前の道路を下るとウィングベイ小樽に着く

 

 

残念ながら野口商店は閉店したようです。

2021年10月撮影

 

 

 

 

「O氏邸蔵」

 

入船2丁目
大正15(1926)年建築
木骨石造り2階建て

O氏は小樽市の名士であり、住宅も高台に広い敷地を持ちお屋敷がある
門から先は私有地なので入れない 蔵は二つありいずれも敷地外から見れる。

独立した蔵と住宅と繋がっている文庫蔵があり、文庫蔵は木骨ではなく石造りと言われる
基部のレンガ積が素晴らしいらしいが、これは敷地に入らないと見ることはできない。

1軒のお宅で2棟の蔵があるのは珍しい。

 

「O氏邸文庫蔵」

 

入船2丁目
大正15(1926)年建築
石造り2階建て

2020年11月撮影

 

「K氏邸蔵」

 

松ヶ枝2丁目
昭和14(1939)年建築
木骨石造り2階建て

個性的で大きな住宅である
片流れの大きな屋根が蔵の屋根の一部にかぶさった形だ

家紋であろう石の蔵は幅があり大きめだ
昭和14年の築でも小樽市の蔵では新しいほうだ
広々とした前庭を挟み歩道から垣間見ることが出来る。

 

2021年10月撮影

 

「K氏邸蔵」

 

松ヶ枝1丁目
昭和初期 建築
木骨石造り2階建て

松ヶ枝町は色内町、稲穂町の山の手にあたる富岡町と並び
入船町の山の手にあたる

富岡町と同様に昔は名士の家や蔵付きの豪邸があったイメージだ。
K氏宅の蔵は当初、蔵として建築されたが現在は住居として使用されているようだ
住み心地はいかがなものであろうか。

 

2021年10月撮影