札幌・北海道のレトロ建物大好きおぢさん日記

札幌(北海道)のレトロでモダンな建物を見たり撮影するのを趣味としています。

江別市の建築探訪③

2024-09-30 14:39:22 | 江別市

江別市へは2020年の9月にJR江別駅周辺を廻ってきたが
情報でいくつかの変化があるとのこと

全部ではないが改めて4年後の2024年9月に行って見た。

 

※「道南・道央の建築探訪」2004年北海道新聞社発行の掲載を参考に

 

今回の建物巡りで唯一の初見物件であり江別市最後の「道南・道央の建築探訪」掲載物件。

王子エフテックス㈱ 江別工場 倉庫旧富士製紙北海道工場変電室 道南・道央の建築探訪NO-123

 

所在地 江別市王子町1
建築年 明治42(1909)
指定等 
館時 一般公開はしていません

 

以前より岩見沢方面へ行くときに国道12号線の「新江別橋」を車で渡る時、左手にレンガの建物が見えていたので存在は知っていた。

工場正面からは当然だが部外者は立入禁止
時間のある時に橋上まで歩いて撮影に行こうかと思っていた。

ネット情報で、千歳川沿いに歩いていけば近くまで行けそうな記事があったので行ってみた。


 

ところが残念ながら工事で通行禁止とある
残念は残念だが、ここからでも見えるではないか

 



ズームで撮ったのがこちら

 

 

 

レンガ造りに腰屋根を乗せて姿がよい
以前は変電所として活用されたが現在は倉庫のようだ

明治時代から千歳川と石狩川の合流地点にあり
当時の川が交通手段であった名残り。

尚、角度的に見えないが左側にもう一棟現存しているとのことだ。

2024年9月22日撮影

 

 

 

 

「岩田家住宅道南・道央の建築探訪NO-116

   
   
       
 
所在地 江別市萩が丘17
建築年 大正5(1916)
指定等 
館時 一般公開はしていません
 

岩田家住宅は4年前と変わったところは見られなかった

居住している感じがなかったので逆に管理がしっかりされているのだろう。

蔵を持つ立派な和風建築で玄関横のベイウィンドウは洋風の香りがする
また住宅と他施設を隔てる壁に歴史を感じる
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
岩田醸造は味噌を醸造販売、酒類を販売する会社で社歴は100年以上になる。
 
2024年9月22日撮影
 
 
 
 
 
 
 
「旧岡田家住宅・倉庫道南・道央の建築探訪NO-117      
       
 
所在地 江別市2条1丁目5
建築年 昭和10(1935)
指定等 
館時 一般公開はしていません
 
 
今回のJR江別駅近辺巡りで変わったところは旧岡田家倉庫の移築である。

以前は千歳川により近い場所に倉庫が建っていたが
一度解体し、表通り側に規模を大きくして移築する工事をしている
 
すでに解体され新しい建材とともに建築中だった
結構な大きさになり、竣工後は飲食店に活用するようだ。
 
 
4年前の倉庫 「岡田」の印がある
 
 
 
 
以前倉庫があった場所 中央に旧岡田家住宅を見る
 
 
 
 
 
表通りから住宅を見る ここは変わりないようだ
 
 
 
 
 
 
 
「新倉庫」は旧岡田家住宅の隣に建つが、4年前は「うだつ」があるこれも歴史のある住宅だった。

これを解体しての建築であるので残念なことでもある。
 
 
 
「新倉庫」には新建材も混合してい
 
 
 
 
 
 
4年前この「うだつ」は隣家のものだったが解体された
 
 
2024年9月22日撮影
 
 
 
 
 
 
 
「ドラマシアターども道南・道央の建築探訪NO-119 旧江別郵便局
 
 
所在地 江別市2条2丁目7-1
建築年 大正11(1922)
指定等 
館時 店舗営業時間による
 
 
この建物は4年前と外観もテナントも変わっていないようだ。
 
JR江別駅の北側から旧江別郵便局の前の道路は旧国道12号線であった。
かつては郵便局は正面中央に大階段とジャイアントオーダーがあり軒廻りに蛇腹装飾も見られた
昭和25年頃の道路拡張に伴い削り取られ現在の姿になったようである。
 
 
 


 
側面に残る軒蛇腹にわずかに当時の面影を見ることが出来る
 
 
 
 

レンガにツタの印象的な建物はしばらくの空き家のあと、ライブハウスのJAZZハウス、後に現在は演劇、喫茶、ギャラリーの「ドラマシアターども」が使用している。
 
 
2024年9月22日撮影
 
 
 
 
 
 
「ビストロカフェスープ道南・道央の建築探訪NO-120 旧十二銀行江別支店 
 
 
 
所在地 江別市2条2丁目6
建築年 大正8(1919)
指定等 登録有形文化財
館時 店舗営業時間による
 
 
この建物も外観、テナントとも4年前と変わりはないようだ。
 
旧十二銀行の現在は北陸銀行である
昭和18年から北陸銀行江別支店となり、昭和41年まで銀行として使用された。
 
角地に建つため三方向から眺めることが出来る
飲食店なのでいつかは利用してみたい。
 
 
 
 
 
 
 
近辺は歴史的な建物が多い地域だが「登録有形文化財」に指定されているのはここだけである。
 
2024年9月22日撮影
 
 
 
 
 
 
 
「筒井産業倉庫道南・道央の建築探訪NO-121       
       
 
所在地 江別市3条1丁目12
建築年 大正期
指定等 
開館時 一般公開はしていません
 

4年前に訪れた時、筒井産業は千歳川に面した土地に事務所や倉庫があった
今回の訪問ではすべてが解体されていた
 
やむを得ないが、特に倉庫は100年を経過しただけに残念。
 
今回の倉庫群撤去・移設は、河川堤防整備計画によるものだそうで、築堤の幅は最大で30メートルほど広がると江別市のナビに出ていました。
 
 
こちらは4年前の撮影
 
 
 
 
 
 
 
現在の同じ場所
 
 
手前の建物が増えていた
 

2024年9月22日撮影
 
 
 
 
 
 
 
 
「町村農場第一牛舎・同居宅・同製酪室道南・道央の建築探訪NO-122       
       
 
所在地 江別市いずみ野25番地1
建築年 昭和4(1929)年
指定等 江別市都市景観賞
開館時 9:00~17:00 
休館日 毎週月曜日(祝休日の場合は直後の平日)年末年始(12月29日~1月3日)※第一牛舎・製酪室(11月24日~4月28日)
入館料 無料
 
 
2024年6月6日にリニューアルオープンをした

比べて変わったところを。
 
 
 
「第一牛舎」
 
 
 
 
 
 
この正面側の部分がキッズスペースになった
結構なスペースなので小さな子供は走り回って楽しいかも?

 

展示施設自体が新しくなった 展示物も刷新
 
 
 

新しく牛がいた!
 
 
 
一部天板を外してガラスにし骨組みが見えるようになった
しかもライトアップするそうだ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ウィンドミル」
 
 
 
 
 
「製酪室」
 
 
 
 
 
 
 
「町村家居宅」
 
 
 
 
 
 
 
 
カフェ「サルーンマチムラ」がオープンした
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「カフェ・売店」
 
 
町村牛乳を使用した「ソフトクリーム」がイチオシ
 
 
 
「サイロ」
 
あまり見なくなったサイロも石造りと煉瓦造りが並んで建っているのは、なおさら珍しい
 
 
 
 
室内は多目的ホールとして貸出をするようになった
邸の中で歴史を感じる「ペチカ」も健在だ。
 
歴史的なものを残して新しい活用に変えたリニューアルは
とても良いのでは?と思う

これを機会に酪農への興味が沸けばいいでしょう
また現在の町村牧場(江別市篠津)もソフトクリームや乳製品で人気だ。
 
 
2024年9月22日撮影
 
 
 
 
「気になった建物」に続く
 

木造校舎・廃校 江別市の閉校② ※旧新野幌小学校跡地を追加しました

2024-09-25 14:40:27 | 木造校舎・廃校

江別市の閉校(小学校) 赤字は訪問済  緑字は今回レポート

  • 江別市立新野幌小学校(1966年江別市立野幌小学校へ統合)
  • 江別市立八幡小学校(1971年9月篠津小へ統合)
  • 江別市立下の月小学校(1980年江別市立江別小学校へ統合)
  • 江別市立篠津小学校(1986年統合により江別市立北光小学校へ)
  • 江別市立美原小学校(同上)
  • 江別市立江北小学校(同上)
  • 江別市立江別小学校(2016年江別第三小と統合し江別市立江別第一小学校へ)
  • 江別市立江別第三小学校(2016年江別小と統合し江別第一小へ)
  • 江別市立角山小学校(2018年江別市立対雁小学校へ統合)


中学校

  • 江別市立篠津中学校(1966年11月統合により江北中へ)
  • 江別市立美原中学校(同上)
  • 江別市立八幡中学校(同上)
  • 江別市立江北中学校(2011年江別市立江別第三中学校へ統合)
  • 江別市立角山中学校(2013年江別市立中央中学校へ統合)


特別支援学校

 ● 北海道札幌盲学校(2015年)

 

「旧江別市立新野幌小学校」

 

 

開校:昭和23(1948)年
閉校:昭和41(1966)年
校舎:昭和23(1948)年竣工

江別市西野幌


かなり古い閉校であり、場所は野幌森林公園内なので校舎はとうに解体されている。

他の方のブログなどを参考に、「何もない」と分かっているが江別市で残った最後の未訪問校なので行ってみた。

 

ナビは「野幌森林公園登満別口」
道道46号線は江別市と北広島市を繋ぐだけに交通量も多く立派な道路だ

ナビに従い「登満別口駐車場」まで対向車とすれ違うのも大変な狭い道を森に向かって走らす。


やがて駐車場に着く 
日曜日の昼過ぎなのに先行車が1台だけとは寂しい


駐車場にはトイレがあるが立派な方は現在使用不可。

 

身支度と言っても熊の心配がないだけ気が楽だ
カメラとスマホだけを持って出発

通行止めは無いが一般車の通行は禁止だ。

 

人っ子一人いない歩道を歩きだす
慰めは秋の花と野鳥のさえずり

 

道は緩い登りになっており若干疲れるが気温が低いため汗はかかない

やがて正面が行き止まりになる


この行き止まりは昔は開墾されて畑が横並びにあった

現在は、左右に歩道がありT字になっている。

 


この左一角が「旧新野幌小学校」があったと思われる場所

駐車場から徒歩でちょうど15分歩いた。

 

特にそうなのかと思うのは、雑木が少なく開けていること
現在の「野幌小学校」の子供が描いた絵があること
昔の航空写真には学校のような建物があることだ

 

なんとなく草分け道のようだが この辺が入口だったかも?

 

水道仕切り弁で給水施設があった証明になる

 

いずれにしても何もないというか、その確認も出来ないくらいの藪だ
やはりこういうところは雪の降る寸前の晩秋がいいだろう

2024年9月22日撮影

 

これで「江別市の閉校巡り」は現時点で終了。

 

 

 

「旧北海道札幌盲学校」

 

開校:昭和15(1943)年
閉校:平成27(2015)年
校舎:()年竣工

江別市大麻元町

 

  • 平成27年3月31日 - 北海道札幌盲学校と北海道高等盲学校が統合のため閉校。

  • 平成27年4月1日 - 北海道有朋高等学校跡地に「北海道札幌視覚支援学校」が開校。

 

昔は盲学校と呼んでいた
現在は視覚支援学校である 

「札幌」と名が付くが、昭和15年当時は大麻は札幌だったのだろうか?

昭和10年時に江別町では「大曲」「麻畑」「樹林地」の3部落を統合し
「大」と「麻」の字をとって「大麻」となったとあるので当初から江別ではあった。

 

隣には大型施設がある「ココルクえべつ」がある
スーパー銭湯や支援型のパン屋、リハビリテーション、特別養護老人ホームなどがあり、隣接しているのでお互いから見える。

 

旧学校は門が立派で現在もプレートがある
進入路にチェーンや立入禁止の札が無いので中に歩を進める。

さすがに雑草が伸びてきている
校舎の1階は板張りをしており覗くことも出来ない。

左手の樹林帯に小さな碑が見えるが雑草に阻まれズームにて。
記念碑とある。

おそらく裏側にグラウンドなりがあったと思うが現在はパークゴルフ場に活用された。

 

上から見ると「エ」型の校舎で、真ん中の縦棒に当たるのが体育館かもしれない?

玄関の形状などデザイン性を見ることができる
もったいない建物ではあるが今後の活用はあるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2023年7月撮影

 

 


上砂川町の建築探訪 

2024-09-20 23:39:08 | 赤平市 歌志内市 上砂川町

上砂川町は赤平市、歌志内市と似ており山あいの川沿いに集落が形成されており、市街地よりそう遠くに炭鉱が無いためコンパクトな町

商店は1970年代のくらいの建物が多そうだが
住宅は古いものがあるので
ゆっくり廻ってみたい町だ。

 

「旧上砂川駅駅舎(悲別駅)」

 

所在地:上砂川町中央北3条1丁目3
建設年:? 大正15年駅開業
指定
等:なし

ナビは「旧上砂川駅駅舎(悲別駅)」


大正8年に前身の三井専用鉄道として開設され、上砂川駅は終点であった
炭鉱輸送の拠点として、また函館本線唯一の支線として住民の貴重な足となった。

昭和56年に公開の映画『駅 STATION』のロケ地、
昭和59年放送の倉本聰脚本テレビドラマ、「昨日、悲別で」の舞台となった架空の町「悲別」の多くが上砂川町で撮影され、その駅(悲別駅)として上砂川駅が使われた。

その後、平成6年に廃線となり駅舎は現在の地に移された
旧駅舎として時刻表など当時のまま残し、映画、ドラマの撮影風景なども展示している。


訪問時は内部補修中(今年度10月中旬予定)で中は見れなかったが
当時の雰囲気が感じられる
駅舎こそ町の歴史と住民の想いでの施設 ぜひ残して欲しいものだ。


2024年8月30日撮影

 

 

 

「旧三井砂川炭鉱中央立坑櫓

 

所在地:上砂川町本町北1丁目1-1
建設年:1967(昭和42)年
指定
等:なし

ナビは「上砂川町無重力プラザ


三井砂川炭鉱は三井資本が道内で初めて鉱区開発から採炭まで行った炭鉱。

立坑は昭和62年の閉山時まで使用された
閉山後は同鉱の廃坑を利用した「地下無重力実験センター(JAMIC)」の落下塔として使用されていたが、平成15年に廃止されている。


現地を通ったがてっきり現役施設だと思い通り過ぎてしまった
旧上砂川駅舎からズームで撮影しただけに終わった。

もっと直下から見ればよかったが遅かった・・・

 


2024年8月30日撮影

 

 

 

「旧商店」

 

所在地:上砂川町
建設年:不明 
指定
等:なし

ナビはなし


現役の一般住宅

過去の写真では10年前は商店が営業しており、右半分に自動販売機が置かれ、左側が店舗入り口だった

現在は壁はサイディングであろうか補修がされて管理状態が保たれている
2階の連続する窓、庇や持ち送りに歴史を感じる。

 

 

 

「旧幡内科医院」

 

所在地:上砂川町中央北1条4丁目
建設年:1926(大正15年)年
指定
等:なし

ナビは「ローソン上砂川店」


幡医師はこれまで往診で街に来ていたが、大正15年に上砂川町で最初の病院を建てた。

その後、何代かで院長(病院)が替わり、昭和10年まで医院 
その後は個人住宅に使われたようだが、今は誰も居ないようだ。

 

紀行中、休憩で入ったローソンから出てみると
道路を挟んで向かいに実に個性的な建物があった。

正面の印象的なハーフティンバー、3つの縦長窓などが特徴で
外壁は木造下見板張りである

帰札後に「上砂川町史」を確認するとしっかりと写真入りで説明があった。

このまま廃墟として朽ちてしまうのは実に惜しい建物だ
ただ寿命が尽きるのは近い気がするが…



2024年8月30日撮影

 

 


木造校舎・廃校 上砂川町の閉校

2024-09-19 20:07:47 | 木造校舎・廃校

赤字は今回訪問 

データはwikipediaより

<小学校>

  • 上砂川町立上砂川小学校〈初代〉(1982年新設の上砂川町立上砂川小学校〈2代目〉へ統合)
  • 上砂川町立東小学校(同上)
  • 上砂川町立若生小学校(1991年新設の上砂川町立中央小学校へ統合)
  • 上砂川町立下鶉小学校(同上)
  • 上砂川町立上砂川小学校〈2代目〉(1994年中央小へ統合)

<中学校>

  • 上砂川町立上砂川第一中学校(1971年上砂川第二中と統合し上砂川町立上砂川中学校へ)
  • 上砂川町立上砂川第二中学校(1971年上砂川第一中と統合し上砂川中へ)

<高等学校>

  • 北海道上砂川高等学校(砂川北高校の上砂川分校が独立、1979年閉校)

 

 

上砂川町の閉校に関して、スケジュール的に今回紀行では終わりの方になり時間的な余裕が無く、次の機会に譲った

いつか集中的に見て来たい。

 

 

「旧上砂川町立東小学校」

 

開校:1951(昭和26)年
閉校:1982(昭和57)年
校舎:()年

上砂川町

ナビは無し

目印は上砂川町のパン屋「カンパーニュ専門店 きまぐれパン工房」があるのでその途中の左側(原野)に記念碑がある。

スピードを出さずに注意して運転すると左側の雑草の中に黒い記念碑が見える

敷地内に車停め用の?スペースもあるので安心だがカーブなので出る時は注意を。


記念碑までは雑草が踏み固められており、どなたかが管理しているように見えた

どのような校舎があったかは不明だが、前記のパン屋さんの周りに集合住宅がたくさんあるので、そこの子供たちが通っていたのだろうか
かつての炭鉱~閉山の流れだろう 集合住宅にはあまり人が居ないように思えた。

 

 


2024年8月30日撮影

 

 

 

 

「旧北海道上砂川高等学校」

 

開校:()年
閉校:1979(昭和54)年
校舎:1971(昭和46)年

上砂川町

ナビは「北海道上砂川高等学校閉校記念碑」

 

現在は「上砂川中学校」が利用しており、現役校の平日訪問なので
目立たないようにひっそりと撮影をした。

情報では1971年に「旧第一中学校」と「旧第二中学校」が統合した際に「旧第一中学校」のグラウンドに建てられたとあるので、校舎自体は元々中学校であったようだ。

では1979年閉校の「旧上砂川高等学校」の記念碑はなぜここにあるのか?


ネットでは中々ヒットしないので上砂川町史をじっくり調べてみよう。

 


2024年8月30日撮影

 

 


歌志内市の建築探訪 

2024-09-16 18:47:25 | 赤平市 歌志内市 上砂川町

歌志内市には2000年発行の
「旭川と道北の建築探訪 建築探訪」に2軒の記載があった

いずれも炭鉱絡みの建物である。

 

 

「こもれびの杜記念館」旭川と道北の建築探訪 建築探訪NO99

 

所在地:歌志内市本町74-4
建設年:1897(明治30)年 
指定
等:なし

ナビは「こもれびの杜記念館」


旧名は「北炭空知鉱業所倶楽部」

元々は「旧北海道炭礦鉄道」社員の合宿所として建てられ、1954年からは接待専用の施設になった。

その後、1995年の閉鉱まで空知炭礦に引き継がれ、1997年から歌志内市の所有となり「こもれびの杜記念館」として公開をしていた。

しかし老朽化が著しく、今年5月に最後の公開が終わり、今年か来年中に解体する予定だ。

 

 

閉じられた門から見えるのは洋館部分で、ハーフティンバーが印象的だ
右手に行くと柵越しに横面が見えて2階の明り取り窓も見える
逆に左側に行くと雑木の間から和風の建物が見えて、
初めてここが和洋折衷の建物だとわかる。

 


127年の歴史に終止符を打つ
保存運動があるようだが、個人的には今は保存できてもそれからどうするのだろうかと思う

歴史ある建物だからこそ廃墟のようにさせずに
いっそのこと解体してあげたほうが良いと思うのだが…

2024年8月30日撮影

 

 

 

「悲別ロマン座」旭川と道北の建築探訪 建築探訪NO100

 

所在地:歌志内市上歌
建設年:1954(昭和29)年 
指定
等:なし


ナビは「悲別ロマン座」


旧名は「住友炭礦上歌会館」

「悲別ロマン座」は「北の国から」で有名な倉本聰氏脚本によるテレビドラマ『昨日、悲別で』のロケで使用され有名になった。

 

元々は住友炭礦の福利厚生施設で、歌謡ショーや映画の放映など炭鉱全盛期には賑やかな場所だったそうだ。


炭鉱の閉山後は放置されていたがロケ舞台になってから有志の保存活動でここまで来た

数年前まではカフェ営業で中を見ることは出来たが今は閉鎖中。

同じ倉本氏の「北の国から」と比べると人気の度合いが違うが
今でも訪れるファンや観光客がいる
戦後の建物だけに、いつかカフェが復活したらぜひ利用したい。

特徴のある正面から横に廻ると、観客席が無く最奥に舞台がある。


2024年8月30日撮影

 

 

 

「旧炭鉱住宅

 

所在地:歌志内市文殊
建設年:(昭和30年代)
指定
等:なし


現役の一般住宅のため場所は差し控えます

一昔前の炭鉱住宅は木造板張りで長屋スタイルが多いと思う
実際に見たのはもう40年近く前に夕張にテレビのロケがあったとき
連れていってもらったが、その時にロケ地になっていた。

また南美唄ではそちらに近い住宅群が残っており大事に使っている

それからモルタルになったりRCになったり時代と共に変化している
集合住宅が多いイメージだ。

 

今回の歌志内市の一部に2階に明り取りだろうか、窓が印象的な住宅が立ち並んでいた。

親会社によって造りはいろいろだろうが、ギャンブレル屋根共に
今でもお洒落に感じる 味がある住宅だと思う。

空き家と居住中が混在しており、綺麗に屋根や壁を補修したが
玄関、窓に板が打ち付けられた住宅もあった。


2024年8月30日撮影