札幌・北海道のレトロ建物大好きおぢさん日記

札幌(北海道)のレトロでモダンな建物を見たり撮影するのを趣味としています。

共和町の建築探訪 

2023-04-17 19:34:14 | 共和町 岩内町 蘭越町 寿都町 島牧村 黒松内町

 

 

「旧幌似小学校校舎・屋内運動場」 道南・道央の建築探訪 NO85

所在地:共和町南幌似  ※現、かかし古里館
建設年:昭和8(1933)年 
指定等:なし

開館時間/4月から10月:9時から17時(入館は16時30分まで)
      11月から3月:10時から16時(入館は15時30分まで)
休館日/毎週月曜日・祝祭日の翌日・年末年始

 

岩内町へ繋がる国道276号線沿いにある古い木造校舎である。

現在は「かかし古里館」として立派な郷土館と旧木造校舎側とそれぞれ展示物がある。

入場料は100円だが、それ以上の値ある展示がされている
学芸員さんも親切なので質問をすると真摯に応えてくれるだろう。

木造校舎は旧幌似小学校で「道南・道央の建築探訪」にも記載されている。
小さめの体育館には農耕機などが展示されているが体育館自体は改築のようだ。
廊下を見ると懐かしさがこみ上げる
教室には昭和初期の造作がなされており、個人的にはもっと後の時代のほうが良いのだが(笑)

校舎は床上げし、位置を少しずらしている
外壁は数度の塗装をしているそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2023年4月撮影

 

 

 

「幌似鉄道記念公園」

所在地:共和町南幌似38-2
建設年:大正8(1919)年 ※平成19年移築 
指定等:なし

開館期間/5月1日から10月31日(月曜日休館)
開館時間/9時から17時まで

 

先の「かかし古里館」から車ですぐ近くにある記念公園で
昭和60(1985)年に廃止された岩内線の一駅舎である
場所自体は旧駅敷地内であったが平成19年に現在地に移された。


公園というより駅舎とホーム、電車(訪問時はシート)が見れるので
特に鉄道ファンにはうれしい公園だろう。

綺麗に枠塗装されたかわいらしい駅舎は窓の造りなど観るべきものがあり
往時を知っている人には懐かしい。

訪問時期は4月のため旧駅舎の内部見学は出来なかったのが残念だ。

 

 

 

 

 

 

 


2023年4月撮影

 


積丹町の建築探訪

2023-04-13 12:03:59 | 余市町 古平町 積丹町 神恵内村 泊村

 

積丹半島の先端部分を占める積丹町の特に美国町には、古くからの漁村であり昔ながらの住宅や木造の住宅も多い。

※個人名の建物はグーグルマップに載っていたのでそのまま記載します。

 

「土井家住宅」

所在地:積丹町美国町
建設年:()年 
指定等:なし


日本海追分ソーランラインである229号線を積丹町美国の町に入る
美国川に架かる橋を越えたらすぎに「土井家住宅と蔵」が目に入る。

見事な住宅と蔵だ
建物は奥行きもありそうで当時の栄華が伺えるし
旅館にもありそうな建物に見える。

玄関屋根が湾曲し庇も左右に延びる
中央の飾りも素敵だ。

 


2022年10月撮影

 

 

 

「旧ヤマシメ福井邸」 現ヤマシメ

所在地:積丹町美国町船澗39
建設年:明治末期()年 
指定等:なし


229号線から美国の港までの間には蔵や木造家屋が多い
旧福井邸はその中でも見事な姿になったようだ。

美国町は鰊漁で栄えた町
福井邸は番屋として多くの鰊漁に関わった人たちの仕事場や住居として使用された。

現在は地元の有志により修復され、1階はカフェとして見学がしやすいようになっている

今回は時間が無かったがぜひとも立ち寄るべき場所と思う
今期はもう冬季休業だが来年は5月上旬から再開予定。


 

 

 


2022年10月撮影

 

 

 

「井端家住宅」

所在地:積丹町美国町
建設年:()年 
指定等:なし

 

ヤマシメの向かいに建物の裏側が見える
なんとなく面白い建物だなと撮影し、後からマップを見ると史跡マークになっていた。

やはり正面からも見るべきであった
後で気づくこのパターンが多くて嫌になる。

2022年10月撮影


 

 

「電磁台」

所在地:積丹町神岬町
建設年:昭和17(1942)年 
指定等:なし


積丹半島で1.2を争う観光地である神威岬
この日も多くの車や大型バスまで来ていた。

その突端までは風の強い稜線を歩くので先までは行ったことはなく
いつも「女人禁制の門」で引き返す
少し右手を見るとコンクリートの塊が見えるので行ってみる。

これが電磁台で、元々は日露戦争のころロシア海軍が沖を通過したことで大騒ぎになり、その後昭和15年にソ連軍の北海道上陸の情報をキャッチしようと無線塔一基、レーダー三基を建設、2年後の昭和17年に完成した。
そのなごりが「電磁台(電波探知塔)」だ

ただのコンクリートの塊のようだが説明板が詳しく教えてくれているので
当時は重要な基地だったのがわかる。

ここは上部にあるので眺めがよく遊歩道が先にも伸びている。

 

 

 


2022年10月撮影

 


木造校舎・廃校 仁木町の閉校

2023-04-10 18:23:07 | 木造校舎・廃校

小学校 赤字は今回レポート

  • 仁木町立仁木小学校得志内分校(1966年)
  • 仁木町立長沢小学校(1985年)
  • 仁木町立尾根内小学校(1985年)
  • 仁木町立砥の川小学校(1988年)
  • 仁木町立然別小学校(1988年)
  • 仁木町立大江小学校(2011年

 

「旧仁木町立砥ノ川小学校」

開校:明治37(1904)年
閉校:昭和63(1988)年
校舎:()年竣工

仁木町砥の川303番地

 

今回廻った仁木町の閉校は、すべてグーグルマップの検索でルートがわかった
砥ノ川小学校跡地は道道755号線から少し山側に入ったところにある。

すぐに旧校門が目についた
小さな校庭跡をみると学校自体も大きくはなかったようだ。


以前は集会所に併設した体育館が残っていたが、すでに解体されていた
また山側にあった鉄製遊具も見当たらない。

だが校門とプレートが残っていたのは、まだいいほうだ。

 

 

 

 

 

 


2023年4月撮影

 


※仁木町史より

 

 

「旧仁木町立然別小学校」

開校:大正6(1917)年
閉校:昭和63(1988)年
校舎:()年竣工

仁木町然別

 

国道5号線と余市川を挟んで対岸側にはJR函館本線と道道755号線が走っている
然別小学校は道道755号線沿いにあった。


校門は残っていたが校名プレートは無かった
その代わり、裏側に創立60周年記念のプレートが残っている。

正面奥に石段があり、碑がある
「然別小学校跡」と刻まれていただけの簡素なものだ
だが意外と場に似合うものだと思う。

昔の写真を見ると、この石段の上に生徒玄関があり校舎が一直線に建っていた
校庭は一段下になるわけだ。

以前はパークゴルフ場に再利用されていたが
現在は未使用に見えた。

 

道路の反対側には火の見櫓があった。


 

 

 

 

 

 

 


2023年4月撮影

 


※仁木町史より

 

 

 

 

「旧仁木町立大江小学校」

開校:明治25(1892)年
閉校:平成23(2011)年
校舎:昭和()年竣工

仁木町大江1丁目


国道5号線に面している学校であった。

大江小学校は2012年まで木造校舎と体育館が現存していた
ストリートビューにはギリギリで残っており載せてみる。

すでに閉校時に記念碑が建てられたようで右ハジに写っている
校舎と体育館が直線で並び、教室の窓には閉校の際の言葉が書かれているのだろう。


訪問時に確認出来たのが、校門に校名プレート、それに記念碑もそのままだ
遠くにブランコがあったがそれは学校のだろうか?


広い校庭の向こう、校舎のあったところは現在「大江コミュニティーセンター」となっていた。

 

 

 

 

 

 


2023年4月撮影

 


※グーグルストリートビューより

 

 

 


木造校舎・廃校 函館市の閉校

2023-04-03 21:11:41 | 木造校舎・廃校

函館市の閉校(小学校)  ※赤文字はレポート済

  • 函館市立幸小学校(1970年常盤小と統合し西小へ)
  • 函館市立常盤小学校(1970年幸小と統合し西小へ)
  • 函館市立銭亀小学校(1972年宇賀小と統合し函館市立東小学校へ)
  • 函館市立宇賀小学校(1972年銭亀小と統合し東小へ)
  • 函館市立新川小学校(1978年松風小と統合し函館市立中部小学校へ)
  • 函館市立松風小学校(1978年新川小と統合し中部小へ)
  • 函館市立若松小学校(1988年巴小と統合し函館市立北星小学校へ)
  • 函館市立巴小学校(1988年若松小と統合し北星小へ)
  • 函館市立谷地頭小学校(1990年函館市立青柳小学校へ統合)
  • 函館市立大森小学校(2001年東川小と統合し函館市立あさひ小学校へ)
  • 函館市立東川小学校(2001年大森小と統合しあさひ小へ)
  • 函館市立蛾眉野小学校(2003年亀尾小へ統合)
  • 函館市立西小学校(2009年函館市立弥生小学校へ統合)
  • 函館市立木直小学校(2011年函館市立磨光小学校へ統合)
  • 函館市立金堀小学校(2019年統合により函館市立大森浜小学校へ)
  • 函館市立千代ヶ岱小学校(同上)
  • 函館市立高盛小学校(同上)
  • 函館市立亀尾小学校(2019年函館市立上湯川小学校へ統合)
  • 函館市立戸井西小学校(2021年日新小・潮光中・日新中と統合し函館市立戸井学園へ)
  • 函館市立日新小学校(2021年戸井西小・潮光中・日新中と統合し戸井学園へ)
  • 函館市立磨光小学校(2022年磨光小・臼尻小・大船小と統合し函館市立南茅部小学校へ)
  • 函館市立臼尻小学校(同上)
  • 函館市立大船小学校(同上)
  • 函館市立東小学校(2022年東小・石崎小と統合し函館市立銭亀沢小学校へ)
  • 函館市立石崎小学校(同上)

(中学校)

  • 函館市立柳町中学校(1949年)
  • 函館市立愛宕中学校(1977年船見中と統合し西中へ)
  • 函館市立船見中学校(1977年愛宕中と統合し西中へ)
  • 函館市立中央中学校(1950年中島中から改称、1982年松川中と統合し凌雲中へ)
  • 函館市立松川中学校(1950年松風中から改称、1982年中央中と統合し凌雲中へ)
  • 函館市立新川中学校(1993年旭中と統合し宇賀の浦中へ)
  • 函館市立旭中学校(1993年新川中と統合し宇賀の浦中へ)
  • 函館市立蛾眉野中学校(2003年亀尾中へ統合)
  • 函館市立東光中学校(2005年尻岸内中と統合し函館市立恵山中学校へ)
  • 函館市立尻岸内中学校(2005年東光中へと統合し恵山中へ)
  • 函館市立五稜中学校(2016年統合により函館市立五稜郭中学校へ)
  • 函館市立大川中学校(同上)
  • 函館市立桐花中学校(同上)
  • 函館市立亀尾中学校(2017年函館市立戸倉中学校へ統合)
  • 函館市立西中学校(2018年統合により函館市立青柳中学校へ)
  • 函館市立潮見中学校(同上)
  • 函館市立宇賀の浦中学校(同上)
  • 函館市立凌雲中学校(2018年統合により函館市立巴中学校へ)
  • 函館市立光成中学校(同上)
  • 函館市立的場中学校(同上)
  • 函館市立潮光中学校(2021年戸井西小・日新小・日新中と統合し函館市立戸井学園へ)
  • 函館市立日新中学校(2021年戸井西小・日新小・潮光中と統合し戸井学園へ)

※wikipediaより


函館市は上記の通り、閉校の多い都市である
北海道ではいち早く拓かれ、街の歴史が古いので学校も多く閉校も多い

炭鉱町と違い2000年代に入っての閉校は人口減によるもので寂しい限りだ
また2006年出版の「北海道わが心の木造校舎」ではいくつかの木造校舎写真が載っていたが
今は残念ながら1校もなく解体、もしくは新築された。

多くの歴史的建造物を持ちながら市営の木造校舎が無いのは残念だ(遺愛学園は私立)

 

「旧函館市立西小学校」

 

開校:昭和47(1972)年
閉校:平成21(2009)年
校舎:昭和47(1972)年竣工 

函館市弥生町12-1

 

函館市は児童数の減少および建物の老朽化に伴う学校再編により,西小学校が平成21年3月,西中学校が平成30年3月に廃校となり,その跡地活用について検討を行ってきているが、
西小学校校舎は解体、中学校校舎は再活用を検討しているらしい。
 
両校の建築年は未調査だが、やはり中学校のほうが新しいので活用するらしい
弥生町のように平地で大きな敷地が少ない場所では閉校跡は貴重な再建築の場だろう。
 
小学校は3階、中学校は4階あり建設当時の函館の人口増がわかるようだ。
 

小学校はここまできたら解体でしょうね
 
 
 

2022年6月撮影 ※本ブログ函館市の建築探訪 弥生町、船見町編より

 

 

 

「旧函館市立西中学校」

 

開校:昭和52(1977)年
閉校:平成30(2018)年
校舎:昭和52(1977)年竣工 

函館市弥生町11-16

 

小学校側から中庭と体育館を
 
 
 

2022年6月撮影 ※本ブログ函館市の建築探訪 弥生町、船見町編より

 

 



「旧函館市立住吉尋常小学校」

 

開校:明治11(1878)年
閉校:(現役校)年
校舎:昭和10(1935)年竣工 

函館市青柳町22

 

青柳小学校の校舎が建っている場所は「旧住吉小学校」→明治44年「函館区立工業補修学校」→昭和10年「青柳小学校」と変遷した。
工業学校は碑が建てられている。
 
現在は函館市立青柳小学校として現役校である。
 
他に気づくのが門柱が多いこと
現在の正門には校名プレートがあるが、旧校舎やその前の学校の門柱だろうか
裏側にも何も無かったと思うが…
 
校舎であきらかに古い棟がありこれが昭和10年の建築だろう
ここは体育館になるようだ。
かなりの老朽化が見て取れる まだ使用し続けるのだろうか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2022年6月撮影 ※本ブログ函館市の建築探訪 青柳町編より

 

 

 

 

「函館市立弥生小学校」

 

開校:明治15(1882)年
閉校:(現役校)
校舎:平成24(2012)年竣工 改築

函館市弥生町4-16

 

初代の弥生小学校は明治15年創建で学校としての歴史を持つ
函館大火により鉄筋コンクリート造りで昭和13年再建
そして老朽化により平成22年に解体された。

現在の校舎は旧校舎の外壁を一部利用して平成24年、再建し新校舎となる。
旧校舎風に再建したので初めて見る者にとってはレトロモダンに見えるが
以前から知っている人にはどううつるだろうか。
とはいえ角を湾曲させたり丸窓があったりデザインの秀逸さがわかる
加えて4階建てという当時の函館がどれだけの人がいたのかをうかがえる。
 
残念ながら現役校ゆえ校舎内は入ることが出来ないが
階段のつくりなど内部の意匠も見てみたいものだ。
 
 
 
 
 
 
 

2022年6月撮影 ※本ブログ函館市の建築探訪 弥生町、船見町編より

 

 

 

 

「遺愛幼稚園」

 

開校:明治28(1895)年
閉校:(現役園)
校舎:大正2(1913)年竣工 

函館市元町4-1

 

この敷地にはかつて遺愛女学校があり発祥の地であった。
その後、明治40年の大火で焼失し、現在の杉並町に移転することになった。

幼稚園は大正2年に再設され現在に至る
幼稚園だけに敷地内部への進入は関係者以外は認められない
よって撮影された写真はほぼこの角度でしか見たことがない。

坂の上に上がっていくと別の角度で撮影を出来るが
やはり園の魅力はくし形ペディメントのある玄関部分であろう。

 

 


2022年6月撮影 ※本ブログ函館市の建築探訪 元町編①より

 

 

 

「遺愛女子中学校・高等学校」

 

開校:明治7(1874)年
閉校:(現役園)
校舎:明治41(1908)年

函館市杉並町23-11

 

東京以北で最初の女学校として創立された学院である
 
当初は元町にあったが大火により現在地に移転新築された
「遺愛学園本館」と「宣教師館(ホワイトハウス)」は国の重要文化財に
「講堂」と「謝恩館」は国の有形登録文化財に指定された。
 
訪問時は「本館」は全面工事中で簡易的な玄関しか見ることが出来ず残念。(2024年完成予定)
左手奥に「謝恩館」「宣教師館」があり「講堂」は本館の右横にある。
 
設計は本館と宣教師館が立教大学初代学長J.Mガーディナー、
講堂と正門が一粒社ヴォーリス建築事務所が請け負った。
 
見学は正門を入ったところにある守衛所にて必要事項を記入し、そのまま車で進入できた。
クロッカスの咲くころに宣教師館へ行って見ると素敵な光景を見れるようだ。
 
 
 
「宣教師館」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「謝恩館」
 
 
 
 
「講堂」
 
 

2022年6月撮影 ※本ブログ函館市の建築探訪 各町編より