紹介の順番は北海道新聞社発行の「道南・道央の建築探訪」(2004年発行)のNO順で行きます。
もはや20年前の本なので現存していない建物もあるのだが伊達市に関してはすべて現存していた。
室蘭市に宿泊し翌日に伊達市へ
室蘭市の工業の街と違い、武家の香りを出す街並みや
北海道の中でも暖かく雪の少ない街の印象がある
以前は伊達紋別岳に登山したくらいであまり馴染みのない街であったが
今回行って見て改めて山あり海ありの住みやすそうな街だと思った。
「旧浅見醸造雑蔵」 *道南・道央の建築探訪NO29
ナビ「ロコベイス」 ※2025年5月7日撮影
この土蔵は新潟から土蔵職人を呼んで建築したものだ
2階建てで建材には「桂」を使用している。
味噌醤油の醸造所として建てられた
屋号の「〇にア」がしっかり残っている。
現在活用している「ロコベイス」はカフェバーとクラフトビール酒屋だが、残念ながら10年間商売をして5月いっぱいで終了した。
後に入る契約はまだ無いようで今後の活用が注目される
「旧三戸部家住宅」 *道南・道央の建築探訪NO30
ナビ「道の駅だて歴史の杜」 ※2025年5月7日撮影
旧三戸部家住宅は、明治10年後半に当時の仙台地方の建築様式を取り入れて建てられた、北海道内に現存する最古級の開拓農家で文化的価値が非常に高い建物とのこと。
昭和44年に市内萩原町にあった三戸部家の住宅を開拓記念館庭園内に移築している。
国の重要文化財には昭和46年に指定されている。
内部見学は出来なく、外観だけの見学になる
ここの庭園はちょうど時期的に山野草が咲き、桜が綺麗であった。
シラネアオイ
サンカヨウ
カタクリ
「迎賓館・同伊達家蔵」 *道南・道央の建築探訪NO31
ナビ「道の駅だて歴史の杜」 ※2025年5月7日撮影
上記の「旧三戸部家住宅」とこの「迎賓館」「蔵」は同じ場所にあるので見て廻るのに都合が良い。
道の駅に車を停めて、門から入り左手を行く
桜がとても綺麗だった。
まず「迎賓館」と「蔵」があり、少し奥に行くと「旧三戸部家住宅」がある。
「迎賓館」は文字通り、開拓状況視察のため来道した政府高官などの接待をするために利用された。
その後は昭和10年から30年ごろまで伊達家の住居として使用し
伊達市に敷地ともども寄贈された。
木造2階建てで洋室と和室を配した構造となっており全体に数奇屋風
の書院造の建物である。
このような立派な和風の建物に縦長窓を見ると当時の富裕層の流行がわかるようだ。
北海道ではあまり見ない竹林もある
「旧伊達家蔵」は明治9年ごろの建築で随分古いものが現存しているものだ。
宮城県の亘理から移住当時に持ち込まれた伊達家の家財道具類を所蔵するために建てられた蔵だそうだ。
入り口のつくりと錠前の構造は江戸時代的なもので、和釘(角釘)を使用している歴史的古建築物として、道内でも珍しい建築となっている。
「日本聖公会バチラー夫妻記念教会堂」 *道南・道央の建築探訪NO32
ナビ「日本聖公会バチラー夫妻記念教会堂」 ※2025年5月7日撮影
イギリス人宣教師のジョン・バチラーが明治12年に来道し、布教活動の拠点のひとつとして明治 29年、有珠に木造の教会堂を建設した。バチラーは貧しい人々への経済的支援や教育にも尽力し、アイヌの父として慕われた。
現在の教会堂は、西洋風の石造の建物で構造からみて歴史的価値があり、古建築物として道内においても珍しく、貴重な建物だ。
少し小高くなった土地の入口に、養女にした「八重子」氏の歌碑がある
門を通り少し登ると石造りの教会が見える。
日本で亡くなった奥様の墓は札幌市にあり、バチラー師は第二次世界大戦時に敵国外国人とされ失意のうちにイギリスに帰り逝去された。
札幌での「バチェラー学園」の創設には若き建築家の田上義也氏が設計をしている。
訪問日は金曜日であり見学はかなわなかった
「バチェラー」と表記する場合もある
「善光寺本堂・庫裏」 *道南・道央の建築探訪NO33
ナビ「有珠善光寺」 ※2025年5月7日撮影
江戸幕府が1804年に本殿や客殿を再興した有珠善光寺(伊達市)は蝦夷地で死亡した和人の葬儀とアイヌ民族への仏教布教を目的に建てられた。
また蝦夷三官寺のひとつで、北海道遺産に選定されている由緒ある寺院である。
本堂は茅葺屋根で同じ伊達市の重要文化財「旧三戸部家住宅」と茅葺屋根は一緒だ
境内には桜やツツジ、アジサイなどが咲く花の寺として親しまれている
とりわけ桜のシーズンには善光寺と坂上にある善光寺自然公園には大勢の花見客が来る。
過去に自然公園だけは行ったことがあるが桜では自然公園の方が見事だった記憶がある
だが、歴史のある本殿と庫裏を見るとやはり絵になるのはこちらだろう。