徒然なるままに、一旅客の戯言(たわごと)
*** reminiscences ***
PAXのひとりごと
since 17 JAN 2005


(since 17 AUG 2005)

夏の風物詩

 夏の空の風物詩といえば、青空を背景にもくもくとそびえ立つ“入道雲”を思い浮かべる方も多いでしょう。

傍から見ていると表情豊かで雄大な雲ですが、航空機の運航にとっては非常に厄介者です。

「10種雲形」上は、Cb: Cumulonimbus (積乱雲)に分類されますが、この雲に突入するなどは自殺行為、近寄るのもご法度です。
このような下層から発達してきた対流雲の中やその周辺では運航に大きな障害をもたらす、Severe Turbulence(激しい乱気流)や Lightning (雷電)、Hail (ひょう)、Icing (着氷)に遭遇する危険性が極めて高いのです。

タイトルの写真は、7月23日の午後4時過ぎ、RNAV Route Y23 の IGOSO ポイントの約50km手前(四国上空;高知市の北約40km付近)、FL410 (高度約12400m)から、北方に見えた見事な積乱雲です。積乱雲がそびえている場所としては、岡山県北部の中国山地付近上空でしょうか。

この積乱雲は台風などの巨大な悪天域に伴うものではないので、“気団雷”と呼ばれるものです。日本付近で夏場に(雷を伴う)夕立をもたらすのは、ほとんどがこの“気団雷”です。

“気団雷”の特徴は、局所的に発生し悪天域の範囲が比較的狭いことです。

積乱雲のような対流雲が発達するためには強力な上昇気流が必用です。もし、広域にわたって強い上昇気流が発生したら、地上の空気がねこそぎ持っていかれてしまいます。

つまり“気団雷”では「全ての場所に積乱雲が林立することは出来ない」のです。

ここで、タイトルに用いた写真の一部を拡大してみます。

Zoomed CB image over OKAYAMA area

“気団雷”のひとつひとつはさほど大きくないことがわかります。
さらに、その一つ一つの“気団雷”も複数の Cell (雲のかたまり)から成り立っており、それらが不規則に分布しています。不規則に分布しているので、見る人によって、様々な表情に見えるのでしょうね。

“気団雷”を構成する一つの Cell に着目すると、その一生は決して長くありません。
拡大した写真には、積乱雲の一生の幾つかのフェイズが写っていますので、写真も利用して積乱雲(単純化して一つの Cell で構成されているものとする)の一生を簡単に説明します。

【第一段階】
 上昇流が発生し、雲ができかけているのですが、まだ降水粒子は存在しません。
写真でははっきりしてませんが、一番大きなかたまりの手前側にほんの少し盛り上がっている部分がこのフェイズに相当します。

【第二段階】
 第一段階から約10分、雲頂は約7000~8000m( 23,000 ~ 26,000 feet )にまで達し、降水粒子が上部に滞留しはじめます。
写真では左から2番目、3番目がこのフェイズに相当します。

【第三段階】
 さらに発達を続け、雲頂高度も約1万m( 30,000 feet )に達します。もう雲の中は上昇流だらけで、強い上昇流により大粒の過冷却水滴(降水粒子)が上層まで運ばれています。
写真では一番左と左から4番目がこの段階か少し手前のフェイズです。

【第四段階】
 最盛期です。大粒の降水粒子が多量に上層に滞留している状態ですが、このころから、流石に強い上昇気流でもそれらの滞留している大粒の降水粒子を支えることが出来なくなり、落下を始めます。落下する粒子は周囲の空気を引きずりおろすとともに、蒸発による気化潜熱を奪い取るため冷気が発生し、強い下降流となる正帰還となります。
写真ではドンピシャの段階ではありませんが、左から5番目が最も近いフェイズです。

【第五段階】
 雲が出来始めてから約30分程度、上層にあった最も強い部分は中層部よりも低い位置にさがっています。もう雲の中に上昇流は全く存在しません。第四段階で降り出した地上の雨は、この第五段階で激しいしゅう雨となっています。マイクロバースト現象もこの段階で発生します。
この段階も写真ではドンピシャのものが無いのですが、もっとも近いのは左から5番目でしょうか。

【第六段階】
 地上の降水域もだんだんと狭くなり、強度も弱まりつつあります。しかしながら Cell からの下降気流は周辺にある暖かい空気の下にもぐりこみ、隣接した付近にに新しい Cell を発達させます。→第一段階へ。
上層には、氷の結晶や雲粒が取り残されますが、それらは空気の摩擦でそう簡単には落下できないので、しばらくは“かなとこ雲”として高層を漂います。そして、しばらくすると、その雲も雲散霧消してしまいます。
写真では一番大きなかたまり(特にその右側)が、この“かなとこ雲”になりかけている状態です。



以上、機窓からみえた雄大な雲の写真を題材に、積乱雲、気団性雷雨の一生を簡単に説明しました。

この説明からもお解かりのように、気団性雷雨は上昇流と下降流が同一の場所で起こるので、Cell も自然消滅し長続きすることはありません。通常は、30分から1時間程度と、その一生はとても短いものです。
このこともあり、対地速度が時速1000kmの機窓から撮影した写真は同一地点を継続して観察したものではありませんし、さらに、客室からでは気象レーダの映像を見る術も無く、写真との対応付けは必ずしも厳密ではありません。が、おおよその雰囲気は理解していただけたと思います。

今回は“気団雷”を例にしましたが、夏の雷雨が全て“気団雷”とは限らず、 Multicell Type や Supercell Type と他にもあり、それらの場合、構造や規模、持続時間も異なってきますし、当然運航に与える危険度も異なります。

また、今回は日中で積乱雲を目視できる状況(だから写真も撮れた)でしたが、新月の夜などは、星明りだけを頼りに積乱雲を目視発見するのは不可能です。そのようなときに頼りになるのが、飛行機に搭載された WX Radar (気象レーダ)となる訳です。

WX Radar についてはまた別の機会に。
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