wkipedia
には、オイラーによる神の存在の証明なるものがある。
以下がその内容だ。
オイラーによる神の存在証明[編集]
18世紀の数学者レオンハルト・オイラーは、ロシアに滞在していた時、エカチェリーナ2世から「ディドロが無神論を吹聴しているので何とかしてほしい」という依頼をうけた。オイラーはディドロと対決し、
- 「閣下、
故に神は存在する。何かご意見は?」
と問いかけたところ、数学の素養のないディドロは尻尾をまいて逃げた、というエピソードが語られている。無論、この数式は何の意味もない全くのデタラメである。しかし実際のところ、ディドロは数学の教養が十分にあったことから、この逸話は単に見かけ倒しの学識でいかに相手を困惑させられるかという発想に当てられただけの可能性が高い[1]。
難解な数式をもってきてなんとなく知的な雰囲気にするやり方だ。
ものみの塔的には
いざや40章26節の
dyanamic energy に注目させ
アインシュタインの相対性理論の
E = mc2 の式にやられてしまった日本人も多いことかと思う。
その式を持ち出されることで、あたかも相対性理論が少しがわかるというプレッシャーに立たせられてしまうのだ。
相対性理論をしりもしないものが
それはありうると感が受け入れてしまうのは
オイラーの数式に匹敵するものがあると思う。
もちろん宇宙の起動エネルギー=神とするのは
いささか短絡かもしれない。

何故か?それは言うまでもないですね。
この問題は地上だけの問題です。
天には「善悪を知る木」はありませんでした。
何故そう言えますか?
それは天では「善悪を知る木」は無意味だからです。
神の行われた事には総て重要な意味があります。
上のことばだけを読むと、いささか短縮なのも同意できますが、、、、
一般相対性理論の 時空・時間の概念は
神を認めてしまう。
うまく説明できないのですが。
うーーん例えば、メッチャ速く動いている人のほうが若いとか
(いろんな条件はおいといて。双子のパラドックス。)
時間は全てのものに対して同じに流れているのではなくて
操ることができる(人間には難しいけど)
かつておられ 今おられ これから来る方
というのも創造者であられるエホバ神なら時間でさえ操れるだろう、と思ってしまいます。
でも、物理得意じゃない私は、やはりやられた日本人のひとり?
やっとのことでips細胞が発見され、これからの細胞技術は見込まれても、人間を元から作るとなるとどうなるのか。
反対に恐ろしくなりそうで怖い。
中国からの大気汚染や放射能汚染。
これを人間の手でどうにかするのはなん億年かかることか。
神様がいてくれないともうどうにもならないところまできています。