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きょうを生きて living in a moment アドラムの洞窟

できることに集中すると美しさが生まれる。

その美しさを感じて息を吸おう。

きょう いう ありがとう

2021-03-02 05:33:00 | 日記
きょうも

わたしはたくさんの

ありがとうっていうだろ。


おそらくすべての場面で。


わかれるとき

さようならっていわず


ありがとうっていってわかれるだろ。



でも


心から噴き出るようなありがとうを一回でも


いえるだろうか。





言えなかった感謝

2021-03-02 05:26:00 | 日記

他人には

thank you thank you

と安易にいえたのに


父親に対しては言えなかった。


最後に人工呼吸器にとりつけられ


父親の心臓の鼓動がたいらになり


ピーっと鳴ったとき


わたしははじめて



私の心の奥底から噴き出るかのように


目を瞑ったおとうさんに



おとうさん  ありがとう って


いえた。

美しすぎる嘘っぽさ

2021-03-02 05:18:00 | 日記
 それにくらべ


フランス語はメルシー

merci は mercy 慈しみからだ


イタリア語は

グラッツェ  グレーシー

慈しみから



英語は


thank  think おもってますよっと。


どれも軽く小綺麗にまとめてる。



ポルトガル語

オブリガード

oblige

義務ときた。




ありがとう

有難し

いえいえ滅相もない

ほんとに万に一つのありがたしです。



中国語


謝謝と


謝を2回もいう必要ある?


韓国語


カムサムニダ


カムサ 感謝 にだ  お届けしますー。


どれも簡単に口につく。


安易な感謝になりがちなのだ。


ロシア語は


まるで相手を拒絶するみたく


もうこれ以上はかかわらないでと


きこえる。


スパシーバ

スパ の


パ  と大きくくちをひろげ

拒絶してるみたいだ。

ダンネバードの違和感

2021-03-02 05:06:00 | 日記
何故引っかかる?


それは30年前にはじめて

ヒンディー語のありがとうを聞いた時からだ。


ダニワードという発音が感謝のイメージと


離れた発音だったからだ。



それを今回はダニワードをおちょくるみたいに


ダンネワード


この濁音が感謝の美しい表現を覆した。



すごく感謝したとき


真っ先に  ダ   と


濁った文字を出す感覚


そこに得体の知れない真実が含まれるかんじがしたのだ。