オーケストラの楽器において「オーケストラで演奏する時とソロで演奏する時,演奏法が違う」という考え方には抵抗がある。基本的に同じ技術を用いており,同じ習練を積まなければならないはずだから。
でも,実際には時々違うことがある。例えば,ソロでは全く使えない弱音もアンサンブルでは有用である。他にも探せばいろいろ出てくることだろう。
過日,あるオーケストラの練習を見ていて愕然ときたことがあった。ヴァイオリンが一斉に伴奏音型の8分音符を弾くところ,ほぼ全員が自分で響きを「止め」ながら弾いていた。これは恐ろしく貧しい音がする。
その演奏者には音楽の専門教育を受けた人間もかなり含まれていたのみならず,私が教えたはずの人々も何人もはいっていて,そのような弾き方をしていたことにショックを受けたのである。
ソロ曲で,そのような伴奏音型は出てこないから,チェックができなかったかもしれない。でも,私自身その技術をレッスンで覚えた記憶はなく,オーケストラを弾いている時,様々な指揮者が要求する中で覚えてきたような気がする。
だが一方,田中千香士先生からはオーケストラ奏法のチェックも受けていたことを思い出す。
「レッスンの時は,まあ良くなったけど,オケの時,相変わらずあんな弾き方をしていちゃダメ。」
などと言われたなぁ。私も時々,オーケストラでの奏法チェックをせねばならない,ということか・・・。
率直に言って,残響の多い会場では気にならないが,そのような場所で常に演奏できる訳ではないので,演奏者が作り出す響きというものに注意を払う必要は恒常的に生じる。
具体的には,音を切る(出すのを止める)時,弓を止めてしまうのではなく「止まる」,あるいは音がでないけれど,少し弓を動かしたまま余韻を作るような弾き方ができると,あの貧しい響きが豊かに変じるはずだ。
「オートマチックの車のブレーキを踏んだまま止まるとガックンとくるでしょ?でも直前にブレーキをゆるめるとスッと止まるじゃない。あの感じ。」
と,話すことができた演奏者には説明してみた。
で,その後の演奏を観察したのだが・・・相変わらずガックン,と弾いていた。
一朝一夕でできることではないかもしれない。でも10年ヴァイオリンを弾いていて,気づかない,できないという現実は,由々しき事態であろう。
「まあこんなことは,ヴァイオリンの技法書にはどこにも書いてないしな」と,一旦思ったものの,念のためガラミアンの本をのぞくと・・・ある・・・(-.-;)
「デタッシェ・ポルテ détaché porté」始めにこころもち大きな音を出し,徐々に音を軽くしていくもの。アクセントをつけるのではなく,音符の出だしにおいて注意深く選んだ圧力と速度を加えることによって弦の中へいくぶん食い込んでいくようにして弾くのである。
さすがはガラミアン,お見それしました。
ついでに,例としてプロコフィエフの協奏曲第2番第1楽章が挙げられていた。今年の学生音コン,高校生の課題曲だ。通常のデタッシェとデタッシェ・ポルテの交替の例だが,いわゆる「地味な難しさ」の典型である。そして,多分これができたからといって評価が目にみえて上がるということも,あまり期待できない。(振り返るな,審査員席,である。)
オーケストラにおいても「ここは『デタッシェ・ポルテ』で!」などと要求しても,まず通じないだろう。ジュリアード卒業生が多いと思われるニューヨーク・フィルあたりでも「何か懐かしい言葉を聞いたな。なんだっけ?」という反応かもしれない(これは単なる憶測)。
つまり,術語は必ずしも覚えなくとも良い。しかし,響きを自ら作り出すことは常に考えるべきだし,注意を喚起することも常に必要ということだ。そのためにこのデタッシェ・ポルテの練習は必須である。